運命の歯車(2)

「…遅い。」

「遅いですね…。」

「昼飯って言ってましたよね。」

「そのはずですが…。」


俺達は家に戻ってから、米を洗ってひたすらカナが来るを待っていた。

しかし、カナが来る様子は全くなく、そのまま日が傾いてきたのである。


「もう夕食の時間だぞ…。」

「大丈夫でしょうか…。」


最早この時間帯になってくると、山を歩くこと自体危険になってくる。

なので、俺はカナの様子を見に行きたいところなのだが、あいにく今は姫様の監視という仕事がある。

親父とシモンさんも、甲冑の採寸や武器の設計などの打ち合わせで一向に作業場から戻って来る気配もないので、大人しくここで待つしかないのだ。


「…とりあえず、軽く何か作りますね。えっと…今は何があったか…。」


棚を開けるとそこには、さばいて熟成させた化物の肉が大量に残っていた。

ここ二日、ハイペースで化物を斬っているので、肉がいよいよ余ってきたのである。

だからと言って本当に化物の肉を姫様に出すわけにもいかないので、俺は他のものを探した。


「…何もないな…。」


昨日の野菜炒めで野菜を使いきってしまい、化物肉と米以外何もなかった。

野菜をもらいに行こうにも、姫様の監視がある。


「…姫様。化物の肉、食べますか。」

「えっ」

「いや、食べたくないならいいですが。」

「あの…化物の肉はさすがに勇気が…。事前に言ってもらえれば覚悟をしておいたんですけど…。」

「そうですよね。」


俺は化物の肉をゆっくりしまった。


「…どうしましょうか。やることもないですね。」

「じゃあ、村を…」

「却下です。」

「…まだ何も言ってないじゃないですか。」

「外に出てはいけませんよ。仕事なので。」

「むぅぅぅー…。じゃあ、この村のことについて教えてください。」

「この村のことについてですか。」

「例えばこの村の特産品とか、観光地とか、魅力とか。」

「特産品は米と鉄鋼です。この辺りの山には非常に質の良い鉄鉱石が取れる鉱山がありまして、そこで取れる鉄で俺の家では刀や甲冑を作っています。」

「なるほど。だからこの土地で鍛冶屋をされているんですね。」

「はい。…観光地は特にありませんが、収穫の時期の田んぼの風景は絶景です。村が金色に染まり、風が穂を撫でる。それがこの村の魅力でもあります。」

「…いいですね。この村は都とは違って、やはり人々が非常に生き生きとしています。」

「都の人々は死んでるんですか。」

「いや、死んでいるわけではないですが…。これほどまでに一日一日を大切に生きている人は少ないように感じます。」

「そうですか。」


そう話していると、親父がシモンさんと一緒に戻って来た。


「おお。待たせたな。」

「親父。もういいのか。」

「ああ。今日のところはな。それよりも話すことがあってな。プカク。お前、都に行け。」

「…え」

「言った通りだ。都に行って、暫く姫様に仕えて奉公しろ。」


急な言いつけに、俺は一瞬思考が止まった。


「俺は…鍛冶屋になりたいんだが…。」

「色々考えたんだがな。お前、この村から出たことが無いだろう。」

「まあ…。」

「それではどちらにしても良い刀鍛冶にはなれない。お前はいつも、おもちゃのような刀しか打てないだろう。何故か分かるか?」

「…技術が足りないから…。」

「違うな。お前は曲がりなりにも8年ほど刀を打ってきているし、俺も時々教えたりしている。それなりの技術は既にお前に備わっている。」

「…。」


親父は椅子にもたれ掛かった。


「つまりだ、お前に足りないのは意識の方だ。」

「意識…。」

「お前、自分の刀を他の奴に使わせたことがあるか?」

「いや…。」

「だからダメなんだ。お前は、刀が命を握っていることを知らないんだ。普通、鍛冶屋はその武器や防具が、依頼者の命を守るものだと思って作っている。『もし、少しでもダメなところがあれば依頼者は死ぬ。』という意識を持って武器を打っている。しかし、お前にはそれがない。…いや、あったはずなのだが、その不安は剣術を磨くことによって解決されてしまった。『どんなオモチャのような刀でも、俺は化物を倒せる。』という自信を持ってしまった。だから、刀が歪になるんだ。」

「…つまり、都で刀鍛冶として働いてその意識を養え、と…。」

「そうだ。そうだな…5年は都で姫様に仕えろ。それとその間、剣術の鍛練を怠らないように化物の討伐にも参加しろ。話はシモンにつけておいて貰う。いいな?」

「…。」

「分かったのか?」

「…はい。」


すると、シモンさんが恐る恐る聞いてきた。


「いいのか?レタル。プカクの意見も聞いてやれば…。」

「聞いている。プカクは刀鍛冶になって、俺の跡取りになりたいと言っているんだ。それなら、俺が与えた修行をこなすことは、こいつのやりたいことだ。そうだろ?」

「…。」

「…まあ、そういうことだ。プカクをよろしく頼む。」

「却下です。」


急に、姫様が口を開いた。


「…姫様。今、何と?」

「却下すると言ったのです。彼を都に連れていくことは許可しません。」

「…何故ですか?」

「それは、彼が望んでいないからです。」

「望んでいない…?」

「ええ。私は先程、彼からこの村について話をしてもらったんです。…その時の彼は微笑んでいました。」

「姫様、大丈夫ですから…。」

「いえ。私が許しません。これ程までに村のことを愛している人間を、村から引き離させることはあってはなりません。これは、王女としての命令です。」

「…最初とは話が逆ではないですか。」

「ええ…。私、最初は彼の境遇を全く理解していませんでしたから。…でも、彼のことを知った今、彼を無理に都に連れていくことはできません。」



少し長い沈黙の後、親父が口を開いた。



「…では、本人にどうしたいか聞きましょう。…どうなんだ?プカク。」

「俺は…。」



俺の頭の中で色々な思考が走り回り、やがてその思考はまとまらず、白くなって消えた。



「…少し考えさせてください。」

「…いいだろう。だが、三日以内に決めろ。都に行くなら、姫様とシモンが都に戻るタイミングで行くからな。準備も必要になる。」

「分かった…。」


俺は席を立ち、玄関へ向かった。


「どこへ行く?」

「…カナを探しに行ってくる。山菜を取りに行ったきりなんだ。姫様は親父が視ててくれ。」

「そうか。」


俺は靴を履き、扉を開けた。

すると、扉のすぐ傍に麦わら帽子が落ちていた。


(…カナの麦わら帽子…?)


そのすぐ傍に、ひっくり返った山菜の籠が落ちていた。


「…あいつ、帰って来てたのか。どこいったんだ?」



その日、カナが家に来ることはなかった。

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