出会いとは偶然に、そして必然に(2)

朝になり、俺は起きた。

時刻は5時30分。農家よりは遅い。


「さて…鉄を貰いに行くか。」


俺は軽い朝食を取ってから服を着替え、自分で作った刀と財布を持って外に出た。

外はめっぽう寒く、冬の片鱗を見せていた。

田んぼを過ぎ、畑を過ぎた山の中。ここに鉱山と製鉄所がある。


「すみません。鉄を貰いに来ました。」


そういうと、奥からこれまた別の幼なじみが出てきた。


「ああ、プカクか。ちょっと待ってろ。」


彼はまた奥に消え、しばらくすると鉄を持って帰ってきた。


「こんな感じの鉄があるが、どれがいい?」

「今日は全部買い取る。どうもシモンさんが来るらしくてな。」

「ふーん。じゃ、5000エルサな。」

「おう。」


彼の名前はアプト。彼の父親はこの鉱山の管理人であり、製鉄所の社長であり、村長である。

その肩書きから見て分かるように、アプトの親は村で一番の金と権力を持っている。

しかし、決して嫌味な人でなく、むしろ村の発展のために色々な物を建設したり、交流の場を仕切ったりしている。

村長は将来、アプトを次の村長にしてやりたいと思っているが、本人は製鉄一筋でやるつもりらしい。その辺のゴタゴタもあり、アプトは今、若干の反抗期気味である。


「なあプカク。昨日カナから化物を倒した話を聞いたんだけどよ、お前ってマタギの旅人目指してんの?」

「何でそんな質問するんだ。俺は鍛冶屋の息子だぞ。」

「いや…何というか、お前も親に反抗して…こう…自分の夢を追ったりしないの?」

「生憎、自分の夢と親の意志が一致してるものでな。」

「くっそ…羨ましいな…。」

「もういっそのこと村長になれよ。何が嫌なんだ?」

「親父を見てたらさ、もう何も仕事をしてないんだぜ?一日中村の人と喋って、工場に顔を出したかと思えば椅子に座って判子を押すだけ。あれで威張り散らしてんだから、不満も溜まるっての。」

「それがお前の親父の仕事なんだよ。お前の親父は確かに人に仕事をやらせているかもしれないが、それに見合うだけの責任と対価は払ってるだろ?現に、お前の親父のお陰で村はどんどん良くなってる。」

「さぁ?本当に親父のお陰かね?」


意見を変える気はないようで、説得するのが面倒くさくなったので無理矢理話を切ることにした。


「…そろそろ行く。親父が待ってるんでな。」

「おう。」


俺は製鉄所を後にした。

山道の中、俺は来た道を帰る。

山は段々と陽射しを浴び、朝露が煌めき出す。

澄んだ空気の冷たく湿った匂いが鼻を抜ける。

鳥が鳴き始め、朝を迎える。


「…おお。」


正面には、山々に囲まれた村が朝焼けに照され、稲穂が黄金に光輝いていた。


「やっぱり、いつ見ても綺麗だな。」


すると、森の奥の方からこの景色に似合わない存在を発見する。

化物である。

見ると、普通より体格は勝るものの、まだ経験は浅いようで、山の中を警戒すらせずに歩いていた。

俺はそれを見て、木の影に隠れた。

戦えばまず負けることはないだろうが、俺は無用の殺生は好かない。争わないことが一番である。

お互いに出会わなければ、そもそも争う必要もないので、隠れてやり過ごすことにした。


しかし、様子を見ていると、どうも見過ごせない状況になった。

なんと、化物は道を歩いていた少女を見るなり少女に襲いかかろうとしたのだ。

少女は化物を見るなり逃げようとしたが、足が縺れて転け、化物に追いつかれた。

俺は急いで刀を抜き、その化物の注意を引いた。


「おい。化物。こっちだ。」


すると、化物はこちらに振り向いて俺に襲いかかってきた。

この化物はズカズカと間合いに入ってくるタイプだ。こういうタイプは冷静に対応すれば大したことはないが、一つ間違えれば致命傷を受けることになる。

俺はまず化物が間合いに入った瞬間に一発斬撃を入れ、すぐに間合いを切った。

化物は斬撃を避け、またズカズカと間合いを詰めてくる。


(やりにくい…。)


この、斬撃を避けられるというのは精神的に圧迫感を与える。

完全に見切られているんじゃないか。技を出した後、かわされて反撃されるんじゃないかと、そういう思考が脳裏を過る。

しかし、ここで退いてしまうとかえって状況は悪くなってしまう。

だからこその強気の攻めが重要だ。

俺は逆に、化物に間合いを詰めていった。

化物の足取りに変化はない。しかし、さっきの斬撃を避けたことで、明らかに油断が生まれていた。

俺は自分の間合いの半歩前。相手の間合いの外側から思いっきり踏み込み、遠間から斬撃を繰り出した。

まさか遠間から飛んでくると予想していなかった化物は対応が遅れ、避けようとしたが間に合わず、斬撃を食らった。

化物は倒れた。


「…ふぅ。」


俺は刀をしまい、少女の元に駆け寄った。


「大丈夫か。」

「…ええ。」


よく見るとその髪は金色で目は青く、明らかに村の人間ではなかった。


「…お前、旅人か。」


すると、その少女は少し俺を見つめてから答えた。


「…まぁ。そのようなところです。」

「そうか。災難だったな。この辺りでは時々化物が出るんだ。山を歩くときは鈴をつけた方がいい。」

「そうですね。次からそうします。」

「さっき転けていただろう。足を見せてみろ。」

「いえ。大丈夫です。怪我はしていません。あなたこそ、怪我はありませんか?」

「俺は大丈夫だ。」


少女の視線は刀の方に向かった。


「…その刀。あなたのですか?」

「ああ。」

「そう…。何というか…ちょっと言いにくいんですが…粗末ですね…。」

「…いい選別眼をお持ちで。」


流石に苦笑してしまった。


「…でも、そんな刀であんなに大きい化物を倒すなんて…。」


すると、少女は少し考えて言った。


「…少し時間はありますか?」

「まあ、少しなら。」

「そうですか。それなら、重ねてご迷惑をおかけしてしまうのですが、レタルという人がいる鍛冶屋まで案内してくれませんか?礼は弾みます。」

「礼はいらないが、いいぞ。俺もそこに向かうところだった。だが、少し待ってくれ。」

「…?」


俺は短刀を抜き、怪物を解体し始めた。


「あの…何をしてるんです?」

「肉を切り分けてるんだ。お前も欲しいか。」

「いえ…。」

「そうか。すぐ終わらせる。」

「…あの。それ、どうするんですか?」

「食う。」

「ヒィ…!」


少女から声にならない声が出た。

俺はいつも通り化物をさばき、臓物を切り刻んで捨て、骨を砕いて埋めた。


「待たせたな。じゃあ行こうか。」

「はい…。」


少女は精気を吸いとられたかのような顔をしていた。


「あの…いつもこんなことを?」

「ああ。」

「…胸が痛くなったりしないんですか?」

「こいつにそんな毒はない。むしろ美味だ。」

「そうじゃなくてですね、その…臓物を切り刻んだり、骨を砕いたり、倫理的にですね…。」

「あれはカラスが食べたり、土の中の生物が分解してくれたりするんだ。逆に、お前はあのまま化物を放っておいていいと思うか。化物だって生き物だ。そいつにも人生と言える何かがあっただろう。それを自分の手で終止符を打っておいて、その後は放置か。それこそ俺の倫理観に反する。」


少女は興味深そうな顔で話を聞いていた。


「…そういう発想は無かったですね。」

「お前、都会から来たのか。」

「ええ、まぁ。」

「なるほど。どうも、都会の人間は命をいただくということが分かっていないらしい。動物を殺すことが悪なんじゃない。命に感謝しないことが悪なんだ。」

「…確かに、言われてみればそうかもしれないです。自分が食べた肉のありがたさをそこまで深く考えたことはないです。」

「だろうな。その点、この村はいい。否が応でも命を奪わないと生きていけないから、生と死を痛感させられる。」

「…人が人らしく生きていけるんですね。」

「ああ。…着いたぞ。」


俺は扉を開け、少女を中に入れた。


「すみません。お邪魔します。」

「…いらっしゃい。包丁の注文か?」


すると、親父はその少女の顔を見るなり、豆鉄砲でも食らったような顔をした。


「あなたは…。」

「あの、あなたがレタルさんで間違いありませんか?」

「いかにも、私がレタルでございます。」


(ございます…?)


「いきなり押し掛けてしまい、申し訳ありません。少し頼みを聞いていただけませんか?」

「はい。なんなりと。」

「この方に、刀を打ってほしいんです。」


そういうと、少女は手を俺の方に向けた。

この少女が何を言ってるのか分からず、俺は間抜けた声を出した。


「…え。」

「ああ、あなたが気にすることはありません。これは私からのお礼です。」

「いや、そうじゃなくて…。」


すると、店の扉がもの凄い勢いで開いた。


「レタル!!姫様を見なかったか!!」


出てきたのはシモンさんだった。

顔はひどく青白くなっていて、走り回ったのか、ひどい汗と息切れをしていた。

すると、親父はシモンに向かって目でその少女を指した。


「…姫様!!」

「ああ、シモン。あなたもやっと来たのですね。」

「やっとじゃありませんよ…。急にいなくなったと思えば…。ハァ…ハァ…。良かった…。」

「すみません。ご心配をお掛けしましたね。」

「お怪我はありませんか?…このスカートの汚れ!どこかで転びましたか!」

「ええ。少し、化物に襲われそうになって。でも、そこの旅人に助けて貰ったんです。」


すると、少女は俺を指した。


「…え。」

「…。」

「…旅人…?」


少女以外はその発言に困惑していた。

しかし、この少女はそんなことを気にもせず、続けて言った。


「シモン。私はこの者が気に入りました。よって、ソフィア=スプヤの名において、この者を騎士団へ入団させることを許可します。」

「…は?」

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