鍛冶屋の試し斬り

出会いと別れ編

出会いとは偶然に、そして必然に(1)

ノンノ村


ここはスプヤ王国の、街外れの山の麓にある、非常に小さな村。

人口は350人程度で大体は農家なのだが、中には鉱山労働者や、製鉄所労働者などもいる。

というのも、この村には鉱山があり、鉄、銀、少量ながら金もとれる。そうして取れる資源は、この村の特産品として街で高価に売れるのだ。

米と鉄鋼の村。それがここ、ノンノ村である。

そんな中、この村には一際異質な雰囲気を放つ職業がある。それが、鍛冶屋である。

鍛冶屋と言っても村人向けには薪を割るための鉈や草刈り鎌、包丁や奉納用の刀などを作っているのだが、鍛冶屋は鍛冶屋。実際に戦闘用の武器も作っている。

その理由として実は、この村における鍛冶屋にはもう一つ大きな役割がある。それが、化物の撃退、討伐だ。

この村では、最近になって化物がよく畑に出没するようになってきた。そこでその化物を、鍛冶屋が刀の試し斬りがてら追い払い農作物を守るという役割をすることによって、鍛冶屋は異質な職業ながらこの村で村民と共同生活を送ることができている。


そして俺、プカクはそんな鍛冶屋の息子である。


「親父。鉄を貰ってきたぞ。」

「あぁ。そこに置いておけ。」


親父はこちらを向かず、ひたすら鉄を打っていた。


「俺も何か手伝おうか。」

「いや、いい。」

「そう。」

「…暇なら化物の見張りでもしに行ってくれ。」

「分かった。」


俺は自分で作った刀を手に、村の畑に向かった。

田んぼは今、正に実りの時期を迎えており、一面が金色に染まっている。

風は段々と涼しくなり、今が一年の中で一番いい時期だ。

しかし、それは同時に冬の訪れも感じさせる。

この辺りの冬は本当に寒く、昔は冬を乗りきれるかどうかで人の生死を分けたらしい。

生き生きとした『生』を感じながら、近づいてくる『死』を感じるのがこの村の秋である。

田んぼを抜けて、山の麓まで来ると畑が見えてくる。

畑では秋茄子やさつまいも、大根などが旬を迎えており、丸々と実った野菜が連なっていた。

俺は畑の農家さんに挨拶をしに行った。


「ごめんください。畑の見張りに来ました。」

「おぉ~プカク君かい。よく来たね。よろしく頼むよ。」


俺は畑の側に座り込み、見張りをした。


「…。」


見張りをするといっても、化物もバカではない。俺が畑にいるときは大抵、気配に気付いて出てこない。

つまり、俺は今何をしているのかというと、実質的には案山子として畑にいるという仕事である。

しかし、これもれっきとした仕事。手を抜くことはできない。

俺はただ真剣に、畑を見つめていた。


「…。」

「プカクー!なーにしてんのー!」


遠くから声がした。

声の方向を見ると、麦わら帽子の幼なじみがいた。

しかし、今は仕事中。俺は見ぬふりをして畑を見つめていた。


「…。」

「そんなに畑みてても面白くないでしょー?」


いつの間にか彼女は近づいてきていて、俺の肩をユサユサと揺らしていた。


「…何だ。カナ。」

「なーにしてんのー?」

「仕事だ。」

「座ってるだけの仕事ー?つまんなさそー。」


するとカナは、よっこらせと横に座った。


カナはこの村の農家の次女で、俺とこいつと、もう一人、アプトという男の三人が幼なじみである。

カナは働き者で、毎年米の収穫の時期になるとあちこちの農家を手伝いに行っている。

性格はお転婆で、考察よりも実行を好むタイプ。ただ、時々その無計画さが仇となることがある。

麦わら帽子がトレンドマークで、日差しの少ない冬でも被っている。大切な宝物らしい。


「ねー。今日は何かつくらないのー?」

「今は親父が工房使ってるから、夜になったら少しだけやる。」

「ふーん。何時くらいから?」

「そうだな…11時から2時の間のどこかだな。」

「うへぇ!遅!プカクっていつ寝てるの?」

「打ち終わるのが早くて3時間後とかだから、4時か5時だな。」

「それ私が起きる時間じゃん!」

「農家は早いんだな。」

「鍛冶屋が遅いだけだよ!っていうかさ、プカクでそれならレタルおじさんってもっと寝てないんじゃないの?夜回りあるし。」


レタルとは、親父の本名である。


「親父か?…そういえばそうだな。」

「私、鍛冶屋の娘じゃなくて良かったー…。」

「慣れれば苦にはならない。」

「ふーん。…あ、その刀ってプカクが作ったの?」

「ああ。というか、俺が使えるのは俺が作った刀だけだ。親父の刀は、親父が絶対に触らせてくれない。」

「ふーん。こだわりが強いんだね。」

「いや、本人いわく、俺用に作ってないから渡せないらしい。」

「へー。何かよく分かんない。やっぱり刀にも違いとかあるの?」

「ある。長さとか、重心とか、反りとか。特に剣をメインに使う人は重心にうるさいんだ。重心が手元にありすぎると剣先の威力が落ちるし、だからといって先にありすぎると振りが遅くなるから。」

「へー。長さだけじゃダメなんだ。」

「そういうのも、やっぱり使ってみないと分からないんだ。俺も剣を握るまでは違いが分からなかった。」


すると、森の方から気配を感じた。


「…来るとは珍しいな。カナ、下がってろ。」

「いよっ!待ってました!」

「騒ぐな…。」


俺は脇に置いていた刀を抜刀し、剣先を相手に向けた。

奥には、茂みから様子を伺う化物の姿があった。

俺はゆっくりと、決して目を逸らさずに、少しずつ化物に間合いを詰めた。


「早くしないと逃げちゃうよ?」

「黙ってろ。それに、そうなったらそうなったでいいんだ。」


俺はジリジリと間合いを詰め、やがてお互いにあと一寸ほどで自分の間合いになるところまで近づいた。

俺は相手の動きを観察した。

相手もこちらの出方を伺っている。こちらの動きに合わせようとしている。

相手に逃げようとする素振りは無い。真っ向勝負をする姿勢だ。

今、この静止している状況は、端から見れば不毛な時間であるが、対峙している二人にとっては非常に緊迫した状況である。

一瞬でも気を抜けば、その思考の隙をついて、先に攻撃されてやられる。

しかし、だからといって今焦って無闇に攻撃すれば、その心の隙を見抜かれ、攻撃をいなされ、逆に反撃されてやられる。

そういう不安は俺自身が感じていることであり、また、相手も感じていることである。

故に起こる沈黙の時間。この沈黙の時間に集中力と気迫がお互いに溜まっていく。

そして、その集中と気迫が最高潮に達した時。お互いの呼吸が合い、お互いの気迫が五分になった瞬間、そこで勝負が始まる。

この状態になってしまえば先手必勝。いかに早くその状況になったことに気が付けるかで勝敗が決まる。

俺は刀を化物の斜め上に突き出して相手の拳を抑えた後、刀を返して振り下ろし、思いきり化物の袈裟を斬った。

化物の拳は虚空を切り裂き、化物は俺の斬撃を食らった。

化物は倒れた。


「…ふぅ。」

「…なんか呆気なかったね。」

「端から見ればそうかもな。でも、こいつは強かった。」

「えー?一撃だったじゃん。」

「弱い化物はすぐに隙を見せるから楽なんだが…こいつは五分になるまで隙を見せなかった。そして、ちゃんと勝負の瞬間も分かっていた。」

「…よく分かんないけど。そっか。で?刀の使い心地は?」

「…最悪だ。そもそも刀身が曲がってるから振ったときに剣がブレるし、それに先に重心をやりすぎて、元々の剣の重量以上に振ったときに重さを感じる。あと、単純に切れ味も悪い。」

「そっかー。良かったねーそんな刀で勝てて。」

「この反りが結構好みだったんだが…これは作り直しだな…。」


俺は腰から短剣を抜き、化物の死体を解体していった。


「…なにしてんの?」

「肉を切り分けてるんだ。お前も欲しいか?」

「うえぇぇ!?まさか食べるの!?おぞましっ!」

「こいつも生きていたんだ。せめて食べてやって、自分の血肉に変えることが供養になるだろ?」

「供養するにしても、人が食うものと食わないものがあるでしょ!…うわ。何か化物の肉を料理してる姿を想像するだけで吐き気してきた…。」

「脳味噌とか美味しいんだぞ!あと、手の肉もうまい!」

「私は野菜でいいや…。」


俺は化物を解体し終わると、その臓物を切り刻んで山に捨てた。

骨はある程度砕き、土に埋めた。


「骨を土に埋めるのは分かるんだけど、何でいちいち臓物を刻むの?」

「あの臓物はカラスや雑食の動物なんかが食べるんだ。俺が食べない分は、他の生き物に食べてもらう。一口大の方が食べやすいからな。」

「ふーん。そういうことも考えてるのね…。」

「カラスは面白い。俺が臓物をくれることを知ってるから、俺が山に入ったときには化物の位置を教えてくれるんだ。」

「カラス使いじゃん。」

「カラスの友達だ。あくまで対等。」


俺は肉を持つと、立ち上がって農家さんに挨拶をしに行った。


「すみません。そろそろ帰ります。」

「おぉ~。ご苦労さん。お礼と言ってはなんだけど、野菜持ってって。」

「いつもありがとうございます。」

「…おや?カナちゃんも一緒かい?カナちゃんも野菜持っていく?」

「いや、私は大丈夫。うちの畑も実りまくってるから。」

「あら、そうかい。じゃあ、また今度来てちょうだい。」

「はーい。じゃーねーばあちゃんー。」


俺はその農家を後にした。


「…ねーねー。やっぱりプカクは鍛冶屋になるの?」

「まあ、跡取りだしな。」

「そっかー…。あんなに強かったら、マタギの旅人にもなれそうだけどなー。」


マタギの旅人とは、一般的には冒険者と呼ばれる、化物の討伐依頼などをこなしながら各地を歩き回る人のことである。

そして、このマタギの旅人が実力をつけて名を上げると、都で市民や王族をを守る騎士団の団員として入団するための試験を受ける権利を貰える。

それで、様々な地方の人達は騎士団に入団することを夢見て一人マタギの旅人として旅立つのだ。


「興味ない。俺にとっては鍛冶屋が一番やりたい仕事だ。」

「もったいないなぁ…。強いのに…。」

「それを言ったら、俺の親父はどうなるんだ。俺より強いぞ。」

「それもそっか。」

「…それに、どうせ俺は井の中の蛙だ。都に行けば、俺より強い騎士がゴロゴロいるだろ。」

「…そういえば、たまにこの村に騎士団の人が来るよね。」

「シモンさんのことか?」

「知ってるの?」

「ああ。うちの常連さんだ。あの人は凄い。なんたって騎士団の副団長だからな。」

「え!そんなに凄い人だったの!?」

「ああ。俺は初めて見たときからただ者じゃないって思ってた。あの剣ダコ。弓ダコ。盾ダコ。それと、少しだけ見えてる手首の筋肉。あれは相当使わないとできない。」

「へぇ~。今度来たときサイン貰おうかな…。」

「また次来たときに連絡してやるよ。」

「…というか、そんな凄腕の剣士が御用達って、レタルおじさん何者?」

「俺も親父の昔の話はよく知らない。でも、シモンさんとは昔からの知り合いらしい。」

「ふーん。鍛冶屋の修行中に出会って、仲良くなったりしたのかな?」

「かもな。」


二人で歩く畦道に風が通り抜けていき、稲穂がざわめいていく。

その涼しい風が、稲穂の上で休んでいた蜻蛉を驚かし、小鳥が風に乗り、麦わら帽子を揺らす。


「秋だな。」

「秋だねぇ。」

「このくらいの日が一生続けばいいのにな。」

「四季があるから、秋がいいって思えるんだよ。」

「…そうかもな。」


俺達はそのまま話ながら歩いていき、途中でカナと別れて、俺は家に帰った。


「ただいま。」


すると、親父はまだ鉄を打っていた。

俺は荷物を置いて、親父に話しかけた。


「…まだやってるんだ。」

「ああ。明日までに仕上げておきたいんだ。シモンが来るからな。」

「久しぶりに来るのか。」

「ああ。まあ、防具や刀作りは本人が来て、打ち合わせや採寸をしてからやるんだがな。試作だ。」

「そう。」

「そういうわけで、すまないが明日の朝、また鉄を貰ってきてくれないか。少し多めに頼む。」

「わかった。」


噂をすればなんとやら。久しぶりに副団長が来るらしい。

俺は少しワクワクしながら、自分が試作する分の鉄を取り出した。


「親父。こっち借りるぞ。」

「おう。」


俺は鉄を火にかけた。

鉄は少しずつ赤くなっていき、黄色く、やがて白く光る。

俺はその鉄を叩き、叩き、不純物を飛ばしていく。

何度も折り曲げ、叩き、伸ばしていく。

刀には二つの層がある。一つは外側の硬い層。これが強靭な一撃を生み出す。

もう一つが内側のしなやかな層。これが、刀を折れにくくする。

この二つの層が刀の良し悪しを決める。

俺は刀を打ち、形を整え、また火にかけては打った。

そして打ち終わり、刀を磨ぐ。

そして土を塗り、刀を熱し、最後に水で急速に冷やす。

そうやって出来上がった俺の刀は、どこか稚拙で、粗末なものだった。


「…何か変だな。俺の刀。」

「どれ。見せてみろ。」


作業の手を止めた親父に俺の刀を手渡すと、見た瞬間に鼻で笑われた。


「…打った刀は打った奴の心がうつる。つまり、お前はまだまだガキってことだな。」

「正論は聞きたくない。」

「まあ、16歳の奴がこれほど打てるんだったら上出来だ。後はひたすら鉄を打って、戦え。」

「それ、一人前になるのに何年かかるんだ?」

「俺に聞くな。俺だってまだ半人前だ。」

「果てしない…。」


そういうと、また親父は自分の鉄を打ち始めた。

俺は今になってやっと晩御飯を食べていないことを思いだし、台所に向かった。

今日獲ってきた化物の肉を使って、簡単に野菜炒めを作った。

既に夜中の3時を回っていた。

俺は親父の分の皿を机に置き、「夕食」と書き置きを残した。


「さて…いただきます。」


俺は自分の分の野菜炒めを食べた。

今日の肉は少し固かった。どうやら相当長く生きた化物だったらしい。


「ごちそうさまでした。」


化物の血肉は俺に引き継がれ、その命を俺の体に残す。

だから、俺の家では一人の時でも必ず『いただきます』と『ごちそうさまでした』は言わないといけない決まりになっている。

俺は遅い夕食を済ませると、寝室に向かった。

工房からは、親父が鉄を打つ音が途切れ途切れに聞こえていた。


(そういえば、カナがシモンさんに会いたがってたな。明日の朝にでも教えに行ってやるか。)


そう考えていると、やがて俺は眠りについた。

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