第1章・世界はかなり危機に瀕していた



男が気付くと、知らない森に倒れていた。


空は黒い霧に覆われており、夜でもなさそうなのに薄暗く、太陽の光の暖かさを感じる事もない。



慌てて自分の体を見るが、出血や骨折等の肉体的な被害は全く無い様に見えた。


…あの高さから落ちた筈なのに、怪我ひとつない?。


落ちたと言えば、落ちた先が森というのもおかしな話である。


なぜならさっきまで、自分は都会のビル街に居たのだから。



そんな風に現状を不思議がっているところに、どこかで聞いた事のある柔らかい女性の声がする。


─────召喚に応じてくれて感謝します。ありがとうございます、勇者よ。


突然響く意味不明な発言だったが、ラノベを嗜む男にはそれが何を意味するのかはある程度理解できたし、そんなものと受け入れる覚悟も直ぐに決まっていた。


「…つまりオレは、この世界を救う為にあんた…女神さまでいいのか?…に呼ばれたって事でいいのか?」


─────おぉ!。話が早くて助かります。私の名は月の女神ルナテミス。異世界より来てくれた勇者よその通りです、この世界を救ってください。


男はとりあえず納得するが、今の自分の姿を見て頭を捻る。


「…まぁ助けてもらったし、こーゆー話も好きだし全然いいんだけど、オレの恰好が異世界あっちのままなんだが?」


男が言う様に、男は少し前まで逃げまどっていた、あの時の恰好のままで、良く異世界にある武器の1つも手にしていない状態だったのだ。



─────勇者よ、この世界においては精霊の力のみが勝敗を決します。なので、武器等は全く意味を成さないのです。


「いやいや、精霊の力とか言われても、そんなのオレにはどうすればいいか分からんし」


男は焦りながら女神へと説明を求める。


─────勇者よ、この世界の精霊はすべての人に強さの差はあれど、宿っています。そして、その精霊の力は『聖服』でコントロールする事が出来るのです。


「コントロールとか言われても、そもそもその聖服?ってやつ持ってないんだが?」


─────それは大丈夫です。この世界に召喚するにあたり、あなたの身に着けていたもの全てを聖服へと変えておきました。


「おぉ!。それはつまり、既に伝説の鎧と剣を貰ってるって事でいいのか?」


─────すいません、勇者の言っている事が理解できないのですが。ただ、精霊の力は、その…肌の露出度によって決まるのです。キャっ。


なんか最後の方で照れる女性の声を聴いて、男性の顔は少し緩むが、言われてる意味がさっぱり分からなかった。


…肌の露出度?。脱げば強くなるって事か?。それなのに服が伝説の装備??。


「すまん、意味が分からん。もう少し説明を─────」

「なんだキサマ!。さては反乱軍だなっ!」


上下セパレートの水着の様な鎧…俗にいう『ビキニアーマー』を身に着けた褐色の肌の女性が数名目の前に現れる。


その女性達はスラっと、出るところは出て、引っ込むところはひっこむ、まるでモデルの様なスタイルをしていた。


特徴的なのは、耳が横に長く伸び、その先端が尖っていたのだった。


「えるふ…だとっ!?」


ガタッと効果音が出そうな勢いで男は立ち上がる。


─────いえ、えるふではありません、エリュフです。この世界の人々は全て、精霊の血を受け継ぐエリュフの民なのです。


エルフでもエリュフでも、どっちでもいいわと正直思いながらも、女神に質問を続ける。


「あの目の前の…そのエリュフは、お前の言う世界の敵なのか?」


─────その通りです。彼女達は闇の力に侵されたエリュフ…ダークエリュフなのです。


「ん?。ってことは、ダークじゃないエルフもいるって事か?」


─────エルフじゃありませんエリュフです。そして、もう既にほぼ全てのエリュフは闇に侵され、残りはほんの一握りしか残っていないのです。


男は「エリュフエリュフって面倒くさいな!」と思いながらも、想像以上に崖っぷちな世界設定に閉口する。



「おいおい、お前。そんな格好でアタシたちと戦う気かい?。それとも楽になりたくて死にに来たのか?」


正面のエリュフが男をあざ笑い、それに同調する様に周りのエリュフも笑い声をあげる。


未だに色々理解できない男は、どーやったら戦えるかすら分からず呆然としている。


「んじゃ、サクッとってやんよっ!」


エリュフ達が一斉に男めがけて飛び掛かってくる。


その跳躍力は凄まじく、かなり開いていたはずの男との距離を一気に詰め、上から襲い掛かってくる。


─────ドゴーン


「うおっ!?」


男は横に跳び、転げながらなんとかそれを回避する。


エリュフ達に殴られた地面は大きく抉れており、まるでクレーターの様になっていた。


よく見たらエリュフ達の手と脚がぼんやり光っているのも気付く。


─────精霊の力を体に宿し、それによって強化しているのです。力を攻撃部位に宿せば、その威力を上げる事も出来ます。


「そんな、いきなり言われたって、宿し方とかさっぱりなんだぞっ!?」


男は女神に何とかしろと猛抗議をするが、女神も答えに困っている様だった。




エリュフ達がこちらを見る。


「次は外さねぇ!。いくぞっ!!」


そしてまた地面を抉りかねない勢いで蹴り、男へと殴りかかってくる。


…と、とにかく。服を脱がないとっ!!


男が慌てて、上着に手を掛け、勢いよく大きく開く。


そんな男を見て、血走った眼をして飛び掛かって来たはずのエリュフ達が、赤面をして顔を覆う。


その瞬間、周囲を真っ白にするくらいに強烈な光が、男の開けた服からあふれ出す。


─────くぱぁ


そして光は不穏な効果音を放ち、まるでレーザーの様に跳ねたエリュフ達を捉え、その全てを一瞬で塵と化した。



1人飛び掛かるのが遅れたエリュフが、目の前で塵となり消えた仲間を見て「ひいっ!?」と腰をぬかす。


「精霊力をそんな風に放つなんて、そんな奴見た事ない!。ひいぃぃぃぃぃっ」


そして慌てて走り、また来た方へと逃げ帰っていく。


余りに焦り過ぎているのか、何度もコケては起き上がり、命からがら逃げている様だった。





男はどこか満足気で、清々しい顔をしてそこに立っていた。


とはいえ、サングラスに口許を覆うマスクで表情などは全く見えないのだが。



開いた上着はそのままに、息も荒くしている風に見える。


その上着は土色のロングコートで、脛が隠れるほどに長いものだった。


手には黒い皮手袋、足元は赤い靴下と、走りやすい使い古したスニーカー。


開けられた服から見える光の治まったその体には、シャツズボンどころか下着と呼ばれるモノすら身に着けられてなかった。




─────男は、露出狂の変態さんだったのだ。



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