闇の世界に祝福を

更楽茄子

序章・始まりはよくある感じでした



男は走っていた。


階段を駆け上がり、屋上へと通じる扉を抜け、今頭上には満天の星と、金に輝く大きな満月が空で煌々と輝いていた。


「おい!居たかっ!?」

「いや、こっちには居ない」

「おーい、こっちにもいないぞ」


階下で何人もの人の声が聞こえる。


ここに上がって来るまで、ほとんど時間は残ってはいないだろう。



…捕まったらおしまいだ…一体どうしたら。


男は周囲を見渡し考える。


屋上には上ってきた階段室以外何もなく、階段室の上に載っている貯水タンクくらいしか身を隠せる場所はなく、そんなところは直ぐに見つかるだろう。


男は周囲をぐるりと囲む、自分の身長の1.5倍はあるフェンスの方へと駆け寄る。


大通りに面した柵越しに見る走る自動車はまるでミニカーのように小さく見え、もしここから落ちたらただでは済まない事を物語っている。



男は大通りと逆側のフェンスに駆け寄る。


今居るビルよりも1階分ほど低い古いビル、それが小さな裏通りを挟んで建っている。


…高低差もあるし、これくらいの距離なら跳べるんじゃないか?。


男は昔見たハリウッドアクション映画を思い出す。


背後で爆発が起こり、その爆発から逃げる様に空を駆け絶体絶命の危機から逃れる、そんなシーンを何度も見ている。


映画でやれるなら、自分にだってやれるはず。


追い込まれた男性は正常な判断を見失い、そんな無根拠な自信にすがるしか出来なくなっていたのだ。



カツカツカツ…と、多数の人が階段を上る音が響く、飛ぶところを見られたら終わりだ。


男はフェンスを乗り越え、ビルの角を力一杯蹴り、空を駆けた。


現実は厳しく、隣のビルに全く届く前に失速を開始している。


…頼むっ!。オレをここから逃がしてくれ!。どこでもいいからっ!。


どんどん自分から離れていく隣のビルを端を見ながら、男はただ今まで一度も信仰した事もない神へと願う。



それは満月の夜の奇跡なのか、それともそんな良くある設定に取り込まれたのか、男の頭の中に、柔らかな女性の声が響く。


─────お願いします。私達の世界を救ってください。


男は一瞬の間も置かず、脊髄反射で答える。


「ここから逃がしてくれるなら何でもやる!。オレをどこかへ飛ばしてくれ!。はやーーーーっく!」




そして男は、金の光に包まれたかと思うと、忽然と姿を消す。


男を追って屋上まで来た男達は、突然姿を消したあの男に、顔を見合わせながら青くするのだった。

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