2人には雨乃が必要

「そんな理由で作曲家を始めたのね……」


「そんなとはなんだ……」


 俺がプロの作曲家の仕事を始めた理由を懇切丁寧に話すと彩雪は若干引きつった顔をしていた。


「そんなこと言われたって…… あの不良教師がそんなことをしていた驚きの一言しか出ないわよ……」


 そんなことって…… 確かにあの金髪でパーマもかけている人が教師をしていたんなんて今考えたらかなりヤバイことだと思うけど。


「あんな見た目をしていたとしても教師としてはかなりいい人だったのは認めるけどね」


「だろ? 俺のチャンネルの最初の登録者ってあの人なんだよ」


 実際に俺のチャンネルでの最初の登録者であるうえに、コメントは必ずと言っていいほどに投稿させてくれている。


 他にも有料限定のメンバーシップにも登録してくれていて、投げ銭ともいわれる機能でもかなりの金額を出してくれている。マジで愛しているぜ山井!


「それにしても色々とあるもんだなぁ。こんな近くで普段生活しているのにな」


「そうね。何が幼馴染だったのかしら。上辺だけで十数年もこんな関係を続けていたのね」


 確かにその通りだ。


 幼馴染としての関係が始まって以来、俺たちはどんなにくだらない事だって話し合ったりしていた。それは誰が何をしたかとか、今日はどんなゲームをしただとか。


 だけど本心から話したことは片手で足りるほどなのだろう。それは信頼していなかったわけではないだろう。


 きっとみんなにも家族に対しては悩み事を打ち明けにくいということがあっただろう。俺が2人に作曲や仕事の事を言わなかったのもそれに近い物だろう。


 普段から近くで一緒に居るから、というより居すぎているからこその欠点ともいえるだろう。


「そうかもな…… 俺たちももうそろそろ関係を変えていくべきなのかもな……」


「そうね。せっかくのバンドっていう機会だものね。私たちの在り方も考えていかなければいけないのかもしれないわね」


 もしかしたら雨乃もそう思ってバンドをしたがったのかもしれない。そんな事を考えたら、理由なしに雨乃が俺や彩雪を面倒事に巻き込んだことは無かったかもしれない。そのような事に巻き込まれたとしても、最後には3人で笑っていたと思うし、それが無駄だと思ったことも1度もない。


 そんな事を考えながらも俺と彩雪だけの時間は過ぎていった。


 ここに足りないものと言ったら、それは雨乃の存在だけだろう。その考えはどうやら彩雪も同じだったようで……


「いくか……」



「そうね」


 どこに行くのかと言えば、もちろん雨乃のところに決まっている。


 つい最近まで、というよりかは今も雨乃は怒っているけども、俺たちがしっかりと説明をすれば許してくれるだろう。うん、許してくれるはずだ…… 許してくれるよな……?


「早速行きましょう」


 彩雪は持っていたもの、とは言ってもハンドバッグだけなのだが、それを手に取り座っていたベンチから立ち上がった。


 彩雪はそれから下に敷いていたハンカチを畳んでロングスカートのポケットの中にしまった。


 こういう所がいちいちお嬢様っぽいんだよな…… 本当は一般家庭の出のはずなんだけど。


 俺と雨乃も似たような環境で育ったというのに、一体どこで差がついたというのか……




「じゃあ押すぞ?」


「ちょ、ちょっと待って。まだ覚悟ができていないから待って欲しいのだけど……」


「よし、じゃあ行くぞ」


「ね、ねぇ!? 今の聞いていたの!?」


「別にいいだろ。そんくらい」


「よ、良くはないわよ!」


「どんなに待っても変わんなさそうだし別にいいだろ……」


 それから俺と彩雪はしばらくの間、チャイムを押すかどうかで言い争いをしていた。


 みんなにはここで補足をしておこうと思うが、俺たちは今雨乃に謝りに来ている。そのためには雨乃に会う必要があるのだが……


「……ねぇ。2人して何してんの?」


「「あ、雨乃!?」」


「何でそんなに驚いてるの? ここ私の家なんだけど」


「彩雪? どうするか? 取り敢えず逃げておくか」


「「それはおかしいでしょ!?」」

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