夏川春樹はあの夏の日々を思い出す。
『新曲の作曲をHaRuさんにお任せしたいと思っています』
そう言ったような文書が俺のメール宛に送られてきたのは、今から1年前ほどであったはずだ。
そして、そのメールが届くまでを説明するのには、もう少し前から遡らなければいけない。
1年と半年前。
その時の俺は、卒業を目前にした中学3年生だった。
当時も、彩雪と雨乃と一緒にいて、俺はクラスの中では浮いた存在となっていた。
とは言っても、当時のクラスは3人が同じだったので、今とは違ってクラスの中で最低限の交流は持っていたが。
「春樹。先生が呼んでいたわよ」
卒業が近づいているなか、俺のクラスの担任は他のクラスとは違い、かなり教育熱心なところがあった。
しかしそれは、先生からの一方的なものではなく、生徒からも好かれるようなものだった。そして俺もそのうちの1人だった。
そんな担任は俺たちの卒業を前にして1人1人面談を行っていた。
そして彩雪は職員室に用事に行ったついでに俺を呼ぶように言われたらしい。
「伝えてくれて、ありがとな。そんじゃ行ってくるわ」
俺は彩雪にそう言い残してから教室を出た。出る際に雨乃が手を振ってくれたので、軽く頷いておいた。
それから松陰室についた俺は担任に呼ばれて面談用の小部屋と向かう。
その部屋は机を挟んで椅子が数脚置かれているだけの部屋で、今言った通りに面談の際に使われる大して大きくもない部屋だ。
「そんじゃ面談始めるか」
担任の山井先生はそう言ってからファイルを取り出す。
大方俺の3年間の成績などを見ているのだろう。
「お前はそこら辺の私立に進学ねぇ……」
「なんか文句でもあるんすか?」
「別に。お前ならもっといい場所行けるのにと思っただけだ」
「別に勉強したいとかいうわけではないんで」
始まってからでは遅いのだろうがこの人と話しているとフランクな話し方から、余計なことまで言ってしまいそうになってしまう。
そのような事態を恐れてか俺はとっさに嘘をついてしまう。実際には彩雪と雨乃が進学する予定なので俺も選んだだけなのが。
「ふーん。冬和と秋月も同じなのか」」
そんな嘘は山井にはお見通しとでも言うように簡単に看破された。
「……仕方ないじゃないすか。さすがの俺も高校3年間で誰とも話さないのは厳しいですって……」
「……なんかスマン。それはさておき、お前自身はなんかやりたいこととか無いのか?」
「さておいとかないでくださいよ。それで『なんか』って例えばどういうことです?」
「別になんだっていいんだぞ。ジョニーズに入るとか、モデルになるとか」
「煽るだけなら戻っていいですよね?」
病はしかめっ面の俺を見て笑いながら続けた。
「お前ってさ、楽器とか弾けるよな?」
「まぁ、人並みには」
「数種類の楽器を弾けるのは人並みとは言えねぇよ」
山井は呆れるようにそう言ってから、まるで少年のような顔をしながらスマホを取り出した。
この学校って教員も生徒の前で授業以外でスマホ禁止なんだけどな……
俺がわざとらしく蔑む顔をして見せたら、山井は肩をすくめながら「俺って不良だから」と言った。
本当にこの教師大丈夫なのか……
俺はそんなことを思いながらも山井がスマホの操作を終えるのを待った。
しばらくすると山井は操作の終わったスマホの画面を俺に見せてきた。
そこには、俺の名前をもじったのであろう「HaRu」の名前のアカウントと、それを使った動画投稿サイトのチャンネル。
「……なにやってくれるんすか」
「いいんじゃね。高校3年間使って何でもいいからチャレンジしてみろ。そうじゃないと俺みたいになるしな」
「それはイヤだわ」
山井は「だろ?」とだけ言って今さっき作られたメールアドレスとそのパスワード諸々が書かれたメモを渡してきた。
「俺からの最後の課題だ。パスワードを変えておけよ」
「……それと、そのチャンネルでなんかやってみろ。本当に何でもいいんだ。お前がお前らしく居られる環境をお前が作れ」
「なんで今ためたんですか……」
「俺もお前みたいにかっこつけたいお年頃だってことだ」
そうして俺は動画投稿サイトで自分のチャンネルを持つことにした。
そして俺は有名な曲のカバーを色々な楽器をセッションさせたりとしたものを投稿するようになった。
それからは早いものでチャンネル登録者数は50万を超えるようになっていて、興が乗った俺は自作で曲を作り投稿するようになっていた。
それがある音楽事務所の社長の目に留まるようになって、俺はプロの作曲家としてフリーではあるがデビューすることになった。
そして俺は山井から出された課題のことを、俺が作曲を始めた理由をただの偶然だと言うのは何か気恥ずかしさがあって、彩雪と雨乃の2人には言えないまま今日になっていた。
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