2人だけの夏祭り

 5日前に彩雪と雨乃とケンカ別れをしてから、俺たちはただの一度も連絡を取っていない。


 関わったことと言うと、近所で彩雪とすれ違ったことくらいだろう。


 その時にも、俺と彩雪の間での会話は一切なかった。


 もちろん俺は彩雪とケンカをしたわけではないのだが、雨乃の怒りが収まっていない今、2人で話すのはどうなのかという考えがよぎったので、結局そのまますれ違ったので終わった。




 そして、今日は町から少し離れたところで行われた夏祭りの日だ。


 周りを見ると家族連れや友人同士での集まり、カップルでという人もいる。


 その中俺は、彩雪と雨乃との3人で、というわけではなく、ただ1人悲しく歩いていた。どうして俺は来ようと思ったんだろうか……


 そういうわけで、俺は屋台に出ている焼きそばやから揚げと言った、「お祭り」と言ったような軽食を買い食いしては腹を満たしている。


 あと数時間もすれば、この夏祭りの名物でもある花火が打ちあがる。この辺りに川とか無いんだけど、どうやって実施しているんだろうかね。なんならこの神社の近くは森ばっかなんだけどな……


 花火の時間が近づき、俺は『いつも』の所に向かうこととした。


 整備があまりされていない小道を通り、段々と森が開ける方へと向かっていく。


 しばらく歩くと、森は完全に開けて、ちょっとした広場のような場所に到着した。


 そこは地域の住民にもあまり知られていない場所で人気は少ない。


 しかし、そこには彼女がいた。


「あら。早かったわね」


「そういえばお前ってそんなキャラだったな」


「……どういうことよ」




 俺は『あの場所』で、彩雪と出会った。


 もちろんこれは、事前に待ち合わせをしていたというわけではない。


「さて。少し話でもしないかしら?」


 それから、俺と彩雪はどうして今の仕事を始めたのかを互いに話し始めた。


——彩雪——


 小学生時代、私はこれと言ってできることがなかった。それはつい最近、高校に入ってから少しの間まで続いていた。


 私は確かに勉強はできた。だけどそれだけ。


 いつも友達と朗らかに笑っている雨乃。その心から笑っている姿は、誰から見ても輝いているように見えて、私にはとてつもないほどの羨望が渦巻いていた。


 それとは対照的にいつも1人でいる春樹。春樹は私たちと一緒に居ない時以外は、笑うこともない。それでも春樹は趣味である楽器を巧みに弾いて私と雨乃を楽しませていた。


 そうは言っても、私たちが勝手に聞いていただけだけど……


 そんな2人にただ勉強ができるだけの私。


 それは確かに今後の大学受験とかには役立つだろう。だけどその後は? 社会に出てから働き始めて……


 勉強のできる人なんてごまんといる。だけど、そんな時に勉強ができるだけの人に何ができるのだろう?


 それなら、どうして今の私が声優をやっているのか?


 もともと私は春樹の影響もあって、同じところでというわけではなかったけど、同じアニメを見ては感想を言い合ったりしていた。


 それもあって、アニメに関してはかなり詳しかった。それでもアニメに関わる仕事に関しては、興味を持ってくることは無かった。


 そんなある日、私は1つのアニメに出会った。


 偶然少し早めに帰宅したときに、偶然つけたテレビから。そのアニメは放送されていた。


 私が普段見るような深夜アニメとは違って、それは幼児向けのアニメだった。それこそ、小さい子たちは絶対に見たことのあるといっても過言ではない。それは私にも言えることだ。


 だけど昔見ていた時とは違う感じ方をすることができた。


 登場するキャラクターは常に楽しそうに、子供に勇気と希望を与える。そんなありきたりの言葉だけど、私はその勇気を夢を与えるキャラクターに『命』を与えている人たちに、大きな興味を持った。


 居てもたってもいられなかった私はそのキャラクターの声優を調べた。


 調べた結果、その人は声優の中でもかなり有名な方だった。そして、その人が今の私が所属する事務所の先輩だ。


 さらにさらに調べていった結果、その人の所属する事務所でオーディションが行われることを知った。


 それからは早くて、私は母さんに頼んでそのオーディションを受けさせてもらうことにして、今や1つのアニメの主人公までさせて貰った。


 だけど、私は2人にそのことを言えずにいた。


 それは今までに何もしていなかった自分をさらけ出すのが怖かっただけなのかもしれない。


 そうやって言い訳をしてきて今に至った。


 そうして私は、そこそこ人気な声優になった代わりに、こうやって今1人の幼馴染を失いかけてしまっている。

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