黒い雨乃、再び

 昨日までの2日間のキャンプは例年通り成功した。したのだが……その帰り道は悲惨なものだった。


 俺と彩雪、雨乃が乗る車を運転する綾おばさんは終始「寝てもいい?」や「二日酔いで頭いてぇ」などと言っていた。


 それを聞いた綾おばさんの娘である彩雪は心配が絶えないようだった。


 また、帰り道は助手席に座っていた雨乃が疲れていたということで、代わりに彩雪が座り、綾おばさんにコーヒーを飲ませ続けていた。


 帰宅したのは昨日の昼過ぎだったが、その後は全員が夜まで泥のように眠っていた。


 それが昨日までで起こったことだ。そして、今日はと言うとそれぞれで予定があるそうで、俺は新しい仕事の打ち合わせ。場所は前の事務所と同じ場所だ。救いは担当の人が前とは違うということだ。


 彩雪に関しては、前回俺たちが会った時と同じようにレッスンがあるらしい。


 ちなみに、彩雪の初主演となったアニメはクライマックスが近づいているが、いまだ人気はある。元々ビックタイトルのライトノベルが原作だったというのもあるだろう。もちろん、その大役を任された彩雪がすごかったというのもあるが。


 俺の打ち合わせは午前中の早い時間。彩雪も今日は午前だけとのことだったので、以前2人で行ったラーメン店へ一緒に行くことにした。




 9時になってから、相手の事務所で打ち合わせが始まった。


 打ち合わせは順調に進んだ。次の歌い手は新人で、俺の作る曲がデビューとなる。俺がそんな大役を……と不安を募らせていたら、俺以上に不安になってそうな(歌い手さん)がいたので冷静になった。


 それからは順調に打ち合わせは進んでいき、10時過ぎには無事終了した。


 打ち合わせの結果、歌い手さんが歌いたいのは曲調が少し早めのラブソングだ。


 その歌い手さんは元々、有名な動画投稿サイトでいろいろな楽曲のカバーををしていたところスカウトされたという女性だ。


 それがデビューがラブソングとなった1番の理由だろう。




 さて、俺は事務所近くの楽器店に来ている。理由は至極簡単。彩雪との待ち合わせまでに時間があるからだ。


 適当に楽器を見ていた時だった。


「あれぇ~? 陰キャ君がこんなトコで何やってんのかなぁ?」


 俺に声を掛けてきたのはクラスでもかなり目立つほうのメンバーだ。奴らは男女数名のグループで、全員が騒がしい配色の装いをしている。


「そーいえば、コイツもバンドやるそうだぞ」


「マジで!? こんなヤツが!? ウケるわー」


 何がだよ…… ここに彩雪や雨乃が居たらこいつらは絡まなかったんだろうが、残念ながら2人はいないので俺はこのメンバーからの威圧に耐えるしかない。


 ちなみに、雨乃がいた場合は立場が逆になって、雨乃の方から絡みに行っていた。


「そーいえばコイツってー冬和と秋月とやるらしいよ~」


「マジで!? こんなヤツが!? ウケるわー」


 おい、作者。セリフ考えるのをサボってんじゃねぇ。


「あの2人もバカなんじゃない。こんなヤツとやっても時間の無駄だろ」


「それなー!」


 2人をバカにされるのは流石に黙ってはいられないので何か言ってやろうかと思ったとき…… え? 俺が言われていたら? そんなの我慢するしかないじゃん。


「春樹。なにやってんのよ」


「彩雪か。なんか知らない人から話しかけられちゃってさ」


 俺がリア充メンバーを煽るように言うと、奴らは「あぁ!?」と言うように凄んできたが俺には関係ない。なんて言ったって俺には最強のサユキがいるからな!


「そうだったの…… 知らない人に付いていったらダメよ」


「彩雪さん? 雨乃と一緒にしないでくんない?」


 俺が彩雪と下の名前で呼び合っているのを見たリア充共は何を勘違いしたのか知らないが、「なんでこんな奴が……」と言い出した。


 ここで段々と口が悪くなっているの大事だからな?


 しばらく彩雪と煽っていたら、耐えられなくなった奴らは店から出ていった。ここからクラスで広めたりしたら、こちらの思う壺だ。なんでかって? 奴らは他の人に信じられないで恥ずかしい思いをするだけだからな!


「さすが春樹ね。何もやっていないのに舐められまくってるじゃないの。どうやったらそうなるのよ?」


「なにもやっていないからじゃね? まぁ、とにかく助けてくれてありがとな。何も知らなかったのに、いきなり意図を読んでくるとかエスパーかよ」


「私が何年あなたのこもr…… 幼馴染やっていると思っているの?」


「今子守って言いかけたよな?」


「…………早くお昼食べに行きましょう?」


「おいこら。無視すんな」




 俺たちは楽器店から出て、ラーメン店と向かった。


「いらっしゃいまっせー!」


 前回彩雪と2人で来たのと同じラーメン店。そして、この特徴的な挨拶をする店員さんは、前回来た時に助けてもらった人だろう。そうでなきゃ、この店終わってるよな……


「あ! 御2人様ですねー! どこにでも座っちゃってくだせぇ!」


 この人にネタ詰め込みすぎじゃない? 一応この人ってモブキャラなんだよね? な? 作者さん。


 そんなことはさておき、俺たちは取り敢えずカウンター席にと座ることにした。


「彩雪、前と同じでいいか?」


「そうね。春樹はともかく、私は最後まで食べられなかったから、前と同じでお願いするわ」


「じゃあ店員さん呼ぶからな。すみませーん」


「旦那! 少々お待ちくだせぇ!」


「「……もう突っ込まなくていいよな」」


 店員さんは「お待ちください」とは言ったものの、すぐにやってきた。


「ご注文はいかがしやしょう!」


「から揚げセットとAセットおねがいします」


「……? あなた1人でですか…… そちらは?」


「「違うそうじゃない」」


「分かってますってー!!」


 突っ込まないと決めたのだが、なんだかイラついてくるな…… 隣を見ると彩雪もイラつき始めている。


「じゃあすぐお待ちしますねー!」


 そういった店員さんは周りを見渡して、聞き耳を立てているような人がいないのを確認してから、話を切り出した。


「あの後は大丈夫でしたか? 一応こちらの方でも警察に営業妨害として突き出したのですが」


「その話は聞いています。その節は本当にありがとうございました」


 店員さんと彩雪は軽くだが、前回の来店時に起こった事の情報交換を始めた。


 その話を2,3分で終えたら店員さんは厨房にメニューを伝えに行った。そこそこ混んでくる時間だというのに、こちらに気を使ってくるので、言動からは想像もできないが心優しい人なのかもしれない。


「それじゃあ、なんかあったら言え! ください!」


 最後の一言は余分だったと思うけど。




 それから、注文した料理が届き、食べ始めた。前回できなかった明太子ご飯にラーメンのスープを掛けるという食べ方を彩雪に教えた。


 その際に『あーん』をしたのだが、キャンプに行く途中でソフトクリームを食べた時にもやったのであまり気にならなかった。


 俺の感性もだいぶヤバくなってきたな……




 昼食を食べてから電車で自宅の最寄り駅にまで来たとき、彩雪が口を開いた。


「ねぇ…… さっきから視線を感じないかしら?」


「ん? そうか? 俺は全然感じないし、気にする必要もないと思うが?」


 俺はそう言ったものの、以前の事もあるので心の隅に留めておこうと思う。


 しかし、それは意味がなかったようで……


「サユちゃーん! ハルちゃーん! 何やってんのー!?」


「雨乃!? どうしてここにいたの!?」


「いやぁ…… みんなで遊んでいたら、お腹すいてきてさー ハルちゃんママのご飯を食べたくてねー! そしたら、電車に乗ってる2人を見かけたんだー!」


「お前はどうして人の母親に食べさせて貰おうとしているんだよ……」


 俺は雨乃にそう突っ込んでから彩雪にコソッと話しかけた。


「さっきまでのは勘違いだったようだな」


「そう、ね……」


 雨乃が来てから安心した顔をしたと思っていたのだが、彩雪はどうやら浮かない顔をしている。


 それから、折角の事だし練習でもしようかという話をしながら、俺の家にまで着いた時に事は起こった。


「どうして雪ちゃんがお前と一緒に居るんだよ!」


「っ! 春樹、助けて……」


「ん? サユちゃんの知り合い?」


「サユちゃん? 何のことを言っているんだ! 雪ちゃんの名前は冬和雪だ! 間違えるんじゃない!」


「冬和? 雪? 何のことを言っているの?」


 雨乃は何のことを言っているのか理解していなかった。しかし、こういう時に限って雨乃の察しの良いモードとヤンデレモードが発動される。


「んー? 何のことかはいまいち分かんないけど……」


 雨乃はそう前置きをしてから、男に向けていた目線を俺たちの方に向けてこう言った。


「2人が何か隠しているのは分かったよ?」

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