緑の中の練習は
俺が全身をずぶ濡れにしてテントのある場所にまで戻ると、そこにはお酒を飲んだ大人たちが酔った状態で出迎えた。
「春樹がめちゃくちゃ濡れてるわー」
大人たちはずぶ濡れの俺を見てゲラゲラ笑いながら言ってきた。な、なんとなくイラつくな……
この後は何かをするわけでもないので夕食までの時間は自由時間だ。彩雪と雨乃はまだ散策をしているので、それが終わり次第バンドの練習になるだろう。
2人が帰ってくるまでに着替えて待っておくか。そう思った俺はテントの中に置いたバッグから着替えを取り出しテントの中で着替える。
濡れた着替えは適当に外で干しておくとして、ドラムセットをいつ持ってこようか…… どう考えても大人たちにドラムセットを運ぶのを手伝ってもらうのは危険すぎる。
適当にネットニュースでも見て時間を潰そうかとスマホを取り出す。ここで決して俺1人でドラムセットを運ぼうと思わないのが俺クオリティーだ。
『人気声優がストーカー被害か』
過去にはそのような記事が流れていたこともあった。
彩雪はあのストーカー被害にあった際に事務所には報告していたようだ。もちろんあの犯人は捕まった。あの時の店員さんが機転を利かせて営業妨害として警察に通報したらしい。その後犯人は余罪として彩雪に対するストーカーは発覚して再逮捕したそうだ。
そういえばお礼とかできてないな…… 今度彩雪と食べにでも行こうかな。
今日のネットニュースは日常的なもので俺がアプリで設定した音楽界、アニメといったサブカルチャーに関する話題でもこれといったものはない。
そんなこんなで時間を潰していたら2人が散策用のコースを1周してきたようで戻ってきた。
雨乃はまだ元気があるように見えるが、元から体力が多いわけではない彩雪の顔はかなりゲッソリとしている。体力的な問題だけではなく雨乃のお守りからくる精神的な疲れもあるとは思うが……
2人はクーラーボックスで冷やされていたペットボトルの麦茶を飲み一息ついている。もうしばらくしたら雨乃が「練習しよう!」と言い出すことだろう。
「よし! 練習しよう!」
ほらね。俺はこうなるのだと容易に想像していてので、あらかじめ雨乃のお父さんから預かった車の鍵を持って2人と一緒に車の所まで行く。
「春樹ってどうしてこういう時だけ準備がいいのよ……」
彩雪は俺にそのような文句を言ってくる。でも仕方ないじゃないか。この中で一番音楽を愛しているのは俺だっておもっているからな。
というわけで俺と雨乃は意気揚々とドラムセットやギターを取りに向かう。彩雪は雨乃に逃げられないように手を掴まれて引っ張られている。
それから俺たち手分けをしてテントの場所にまで道具を持って行く。大人たちは煽るようにはしゃぎ始めて、他のお客さんたちは何かが始まるのかと少しだけ騒いでいる。
ドラムセットを組み立て、ギターやベースのチューニングも終わったのでいつでも演奏ができる状態となった。他のお客さんも準備している時からチラチラと見てきている。
彩雪は人に見られることに気が付き挙動不審になっている。雨乃に関しては気が付いているのかどうかも分からない。単純に気にしていないということもあり得るが。
「サユちゃんとハルちゃんは準備できた?」
ここ最近よく聞くセリフが雨乃の口から出てきた。俺はそれに頷くことで返答し、彩雪は何の反応もしない。しかし雨乃は「そんなの知ったこっちゃない」とでも言わんばかりに「1,2,3」とカウントを始める。
それから俺たちは昨日の練習で合わせた部分を演奏した。演奏したのは流行りの曲で多くの人が知っているだろう。それもあってかキャンプに来ている他のお客さんたちに見られていた。そして練習が一段落ついた時には見ていた人たちから拍手まで貰った。
「お姉ちゃんの何かすごいね!」
俺たちが謎の優越感に浸っていると大きめのグループで来ていた小学校低学年くらいの女の子が雨乃に話しかけていた。
その女の子の純粋な誉め言葉に雨乃は目に見えるほど浮かれている。それから女の子はそんな雨乃の気持ちをいざ知らず持ち上げ続ける。雨乃はさらに調子に乗ってついには「私がドラムの叩き方教えてあげよう!」と言い出した。
練習をしようと言い出したはずの雨乃本人が女の子を膝にのせて教え始めた。
「どうするよ? これ……」
「今日はもう終わりでいいんじゃないかしら?」
「そうだな……」
俺と彩雪は浮かれている雨乃を尻目に、今日の練習の行方をそう結論付ける。そう思っていたのだが……
「お姉ちゃん! お歌、すっごく上手だった!」
「……!? そ、そう!? 本当かしら!?」
「…………彩雪さん? ちょっと……!?」
彩雪は雨乃に絡んだ女の子と一緒に来ていた別の女の子にスカートを軽く摘ままれながらそう言われた。それに彩雪は普段では考えられないほどの反応をしてみせた。
それからは早いもので彩雪は雨乃の時と同じように女の子に歌い方を教えることになっていた。それは発声方法から歌うときの技術といった本格的な事までだ。ちょっとガチすぎないか……?
それから2人は女の子に付きっきりで教え始めた。
…………? 俺は? 俺のところには誰か来ないの? ほら、そこにいる女の子たちと同じグループで来ているそこの男の子とか……
ちょ、ちょっと!? なんで目を逸らすの!?
はぁ…… 俺は何しに来たんだろうか……
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