アルバム
あれから、昼飯を食べたのを挟んで、時刻は午後の3時ほど。朝からやっていたその練習には、疲労の色が見え始めていた。また、舞花さんとのチャットによって、2人が怒ったこともあって、気分は最悪である。
2人とも言葉では許しているが、実のところ納得がいかないようで、さっきも俺をコンビニまでジュースを買いにパシリにも使った。俺は悪いことしていないんだけどな…… 責任はすべて舞花さんになるんだと思うんだが……
そんなことを言ってしまったら2人が怒るのは目に見えているので自重するが。決してビビっているわけではない。いや、マジで。
というわけで、3人で何か話すという雰囲気じゃないので別のことでも考えようか……
例えば……そう、作曲の終わっていない仕事のこととか。そういえば、あれって明日までの依頼だったような……?
うん。完全に忘れていたな…… まぁ、いま思い出しても、2人が居るから作業はできないんだけど……
他に、暇つぶしができるようなものはないかと探していたら、机の上に置いてあるものが目についた。あ、パソコンじゃないからな?
そこに置いてあるのは赤色のアルバム。大きく『4歳~6歳』と書かれている。どうして、そこにアルバムが置いてあるのかというと、舞花さんの写真が見つかったあと、確認という名目で家探しが始まった。その時に棚から出てきて、彩雪と雨乃の2人が見ていた。
せっかくだし、その時のことでもご紹介しよう。
「サユちゃん! 見てよこれ! 小っちゃくて可愛い~!」
雨乃は彩雪にそう言った。決して、雨乃とは違って、彩雪の一切成長していない胸をバカにしたわけではない。
「そうね。いつのころの写真?」
「えっとね…… 幼稚園の頃の写真みたい!」
そこには、雨乃の言う通り、幼稚園生だったころの俺たちの写真が載っていた。遊戯会のとき。運動会のとき。3人で遊んでいたとき。夏祭りのとき。様々な写真がアルバムを彩っている。
そういえば、俺たち3人が出会ったのは、このアルバムの初めの頃だった。俺たちの母親はこの町で育った幼馴染だったらしい。そんな3人は高校卒業後、この町から出ていき大学、就職と道をそれぞれ歩んだ。
そして、その3人が疎遠になりつつあった頃。3人が別の町で結婚して、しばらくしてから子供を産んだ。
それか何かの偶然か、3人ともこの町に戻ってくることになった。そして、その時に幼稚園に入園した俺たちが、運命的な出会いを果たし、母親たちは再開を果たした。
それから、おれと彩雪、雨乃を含めた3世帯は家族ぐるみの付き合いが始まった。
「サユちゃんが転んで泣いてる! 可愛いなぁ~」
「ちょっと! それは恥ずかしいからやめなさい!」
2人が見ている写真は幼稚園の運動会のときの物だった。かけっこで転んだミニ彩雪がその場で泣いている。そういえば、あの時から、彩雪の運動神経は悪かったな……
当時、外で走り回っていた俺と雨乃に反して、彩雪は運動神経が悪かった。それは今も変わらずなのだが。俺も同年代の中ではかなり運動神経は良かったのだが、小学校、中学校と過ごしていくにつれ、家で過ごすことを好むようになり、結果的には運動神経が悪い方に分類されるようになっていた。
現在のパワーバランスで言えば、雨乃、俺、彩雪だ。ちなみに、雨乃と俺、おれと彩雪の間にはかなりの差がある。
「あ! みんなで流しそうめんをした時だ! みんなで食べたら美味しかったよね~」
「そ、そうね。今でも明確に覚えているわ」
雨乃は運動会の写真を見た時よりも、はしゃいでそう言った。彩雪がそれに対して、顔を引きつらせて反応した。彩雪が渋い反応をしたのには理由がある。その反応は彩雪だけでなく、俺を含めた3世帯の家族全員が同じ反応をするだろう。
それには、ちゃんとした理由がある。
ある日、どこかで知ったのか雨乃が流しそうめんをやりたいと言い出した。。それに対して、良識のある大人たちは反対した。その反応をみた雨乃は駄々をこね始めた。それだけだったら、幼稚園児の可愛いお願いですんだのだろう。
結局、雨乃に負けて流しそうめんをやることになった俺たち。母親組は品薄だったそうめんを見つけるためにスーパーをハシゴして、父親組は流しそうめんの準備をした。
その翌日何とか準備をした俺たちは、流しそうめんを始めた。そこには見るからに楽しそうに……していない大人たちの顔と彩雪のおびえる表情があった。
そして、みんながコートを着て、完全防寒をしていた。
そう。雨乃が流しそうめんをやりたいと言ったのは12月の入り。雪が降っていた日だった。
おれと彩雪は初めて食べる「冷たすぎる」そうめんに、大人たちは1人無邪気にそうめんを食べる雨乃と地域住民の冷たい目に怯えていた。
翌日、彩雪は高熱を出して寝込んでしまった。それは確実に彩雪のトラウマとなっている。
そんなことを思い出しつつアルバムの鑑賞会は終わった。その間、俺の発言権は一切なかったことをここに書き残しておこうと思う。
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