スティックを買いに行っていたハズだった
今日は登校日で、1学期の最終日であるため終業式である。終業式は午前中で終わるので、午後は彩雪と雨乃と一緒に行きつけの楽器店に行って、雨乃が使うスティックを買いに行く予定だ。俺自身も何か良いものがあったら買うつもりだ。
取り敢えずはいつも通りに教室に向かう。そこで出欠をとった後、体育館に移動する。そこでクラスごとに並んで終業式を行う、というのはどの学校でも共通なのではないだろうか。
ちなみに、去年までは季節関係なくグラウンドでやっていたのだが、生徒からの批判が相次いだため、今年からは体育館で行われることになった。
このように、生徒の意見が反映されやすいのが、この学校の良いところである。
しかし、今の俺は体育館という居心地いい場所にいるはずなのに、そうではない状態を迎えていた。当たり前のように10分は超える校長のありがたい話。そして、それを普段話すことのない、級友に挟まれながら聞かなければいけない。
その級友たちは俺と目が合うとヒソヒソと話をする。その話の最中にも俺の容姿を見ながら小馬鹿にするような発言もしている。前髪を目の前にまで伸ばしていて、清潔感が少し足りないので仕方のないことだとは晴希自身でも自覚はしていることではあるが、精神的にショックは受けてしまうものである。
他の級友には気になる女子は誰か? といった会話をしている者もいて、その女子の中に度々彩雪と雨乃の名前が挙がる。そのような発言をしている者は、2人と晴希が幼馴染だということを知っていて、それが気に食わないがために、わざとらしく大声で話す者もいる。大声と言っても、教師に注意されない程度にうまく誤魔化しているが。
そんなこんなで、1時間とはいかなくとも、それに匹敵するほどに長い終業式を終えることができた。幸いなことに、俺がバンドをするということは広まっていなかったので、いつも通りのイジリに済むことができた。
そのバンドで使うスティックを買いに行くことになっているが、それを見られないかがとても心配だ。なぜなら、俺の行きつけの楽器店はこの学校の生徒にも人気のある複合商業施設の中にあるからだ。
それから、HRで成績表を配られて、正式に前期の課程は修了した。
それから、約束通りに3人で楽器店に向かうために集合していたのだが…… 今俺と彩雪は炎天下の中で延々と雨乃を待っていた。
「なぁ、雨乃が何かやらかしていそうじゃないか……?」
「次は文化祭でお笑いをやろう! って言いだしたり」
おぉ、さすが声優。声真似がとてつもなくうまい。 なんてことは本当にどうでも良くて、雨乃は何をしているんだ……?
このようなことは中学校に通っていた時期から何度かあった。それは雨乃だけでなく彩雪にも言えることだ。何があるのかというと生徒からの告白だ。ちなみに2人とも女子に告白されたことは何度かあるらしい。うん、尊い。
仮に告白だったとしたら、連絡をしてきて「先に行ってて」なんてことを言ってもおかしくないのだが…… 雨乃が来るのがあまりにも遅かったのでおれと彩雪が心配し始めた時だった。
「2人とも、ごめん…… 先生に呼び出しを食らっちゃった……」
目の前を見ると、普段の雨乃からは想像もできないほどの憔悴しきった顔で雨乃はそこにいた。気配が全く感じれなかったんだけど……
「もしかして、成績のこと?」
「さすがサユちゃん…… よく分かったね」
「そりゃそうよ。雨乃、テスト返された時に見せあうって言いながら隠していたし。よっぽど酷い点数だったのね」
彩雪の最後の一言で雨乃はノックアウトした。それから顔を俯かせながら「テストが難しかった。私は悪くない……」とブツブツと言っていたと思ったら、パッと顔を上げてこう言い放った。
「ひどいのはサユちゃんだよ! テスト前に勉強教えてって言ったのに!」
実際に雨乃はテスト前日になってから、彩雪に教えを乞い始めた。しかし、前日に言われてもどうにもならないと彩雪は断った。そんなことがあったために、雨乃は彩雪に責任転嫁しようとしたのだ。
しかし、その言い訳は本人に聞かれることがなかった。
「あれ? サユちゃんは?」
「アイツなら『くだらない』って言いながら先に言ったぞ」
「え…… サユちゃんごめんって! 私が悪かったからぁ~」
それから彩雪に追いついた雨乃は「そうね。あなたが悪いわね」と言いながら歩き続けた。それから、彩雪が機嫌を戻すのは楽器店に着くころだった。
学校の最寄りの駅から数駅離れた位置に存在するショッピングモール。その中に楽器店は存在している。ショッピングモールの中で1店舗しかない個人経営のその店は黄色の看板で彩られている。隣にはゲームセンターが隣接されており、防音されているとはいえ試奏するのにも、一苦労するという悪立地だ。
彩雪と雨乃は初めて来る(雨乃は一度だけ来ているが)楽器店に興奮を抑えきれない様子だ。店内の見たこともない楽器を見るその目はまるで子犬のようで普段は落ち着きのある彩雪までもが楽しそうにはしゃいでいる。
「ちょっと晴希! 私も買っていいのかしら!?」
その証拠に彩雪にしては珍しいテンションで俺に聞いてきた。そんな彩雪が持っていたのは、ピンク色のピックで中心には星柄が書かれている。たいして値段の張る物ではないが、自分専用の道具を持てるということだけで嬉しいのだろう。
「サユちゃん、買うからには練習しなきゃだね!」
「今後一切、勉強を教えないわよ」
「え!? ちょっと待ってよ 悪かったから!」
雨乃が何気なく言ったことが、彩雪の逆鱗に触れてしまったらしい。雨乃にとって彩雪は生命線であるため、雨乃はすぐに怒りを鎮めようと動き出した。
そんな2人を見ていたら、俺に肩をトントンと叩きながら話しかけてきた人がいた。
「やぁ、そこのお兄さんは何してるのかなぁ? もしかして、盗撮だったりしてね~」
こんなウザ絡みをしてくる人は俺の知り合いには1人しかいない。いまだに肩をたたき続けている手を払いのけて、声の持ち主を見るとそこには金色に染められたボブカットを肩をたたいていた方とは逆の右手でいじりながらニヤケている女の人がいる。
彼女はスタイルの良さを見せびらかすかのように、スキニージーンズと丈が短い白色のシャツを着ていて、お腹のあたりは完全に露出されている。
その長身とスタイル、ファッションという大人な雰囲気には似合わなくてもおかしくない童顔は、彼女の巧みなメイクの技術で大人の雰囲気と童顔の両方のイメージを両立させている。
「こんなところで奇遇ですね。舞花さん」
一応はお世話になっている人なのでキチンと挨拶をしておく。そう、この人こそが、「スランプに陥ったときに散歩をした方が良い」と教えてくれたり、業界についても教えてくれた先輩だ。
普段は飄々とした姿だが、バンドでギター&ボーカルをやっていて、かなり人気が高い。舞花さんの所属するバンドは基本的に作曲から作詞までのすべてをやっていることから、関わりを持ち始めた。
「ウチはねピックを新調したくて、ここまで買いに来たってわよ」
「そうなんですか、何かいいのは見つかりましたか?」
「モチ! この店って大きさの割に品ぞろえがいいじゃん? だからやろうと思えば何時間でもいられるから困っちゃうよねー」
舞花さんは生粋の音楽バカだ。その片鱗を見せつけながらも続けてこう言った。
「それでさ、あの2人ってHaRuの知り合いなわけ?」
「そうですよ。2人とも幼稚園の頃からの幼馴染です」
「つまり、HaRuは美少女2人を幼稚園の頃から侍らせているってこと!?」
{っな! 違いますよ! 2人は正真正銘、ただの幼馴染です!」
「はいはい、そうですね~ それにしてもHaRuの反応は可愛いからいくらでも見れるね~」
「いい年して何をいってるんですか!」
「残念でした~ まだピッチピチの20代前半でーす」
はたから見ると下らない言い争いをしていると、雨乃に呼ばれた。どうやらついにスティックを選ぶらしい。それが理由で舞花さんに一言挨拶をして、雨乃のもとへ向かった。
(舞花さんと話すと絶対にあっちのペースに持ってかれるな…… なんでいつも構ってくるんだろう……)
結果的にその店でマイカントは分かれ、2人の道具を選んで終わった。雨乃が選んだのは俺がいつも使っているのとかなり似ているオークのスティックで、彩雪はさっき見ていたピンクのピックを買ったらしい。
2人の顔は上機嫌で先ほどまでの言い争いもすでに終わっていたらしい。2人はよっぽど待ちきれないのか明日の朝早くから練習をすることとなった。
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