スランプに陥ってしまった……

 俺は今現在、仕事である作曲をしている。今日のクライアントはここ最近で有名になってきたアーティストからの依頼だ。正確に言えば彼の事務所からの依頼であるが、大した違いではないだろう。そのこともあって、今日のバンドの練習は休みだ。2人もそれぞれの友人から遊びに誘われていたりもしているから仕方ないだろう。バンド結成2日目で練習を休んでも大丈夫なのだろうか。


 打ち合わせは既に済んでいて、そこから生まれた方向性や要望に沿って作曲を進めていくというのが俺の仕事だ。これに関しては自分1人の力が完全に発揮される上に、後から作詞家の人が考える作詞の事も考えなければいけない。それもあって作曲の仕事は意外と人の事を考えなければいけないので大変だ。詩先(作詞家が考えた詩に作曲家がメロディーを乗せること)の場合はまた違った難しさがあるが、それについては今はいいだろう。


 そんなこんなで俺は自室でシンセサイザーやギターを鳴らしながら、音をとったりしている。それでいいメロディーが浮かんだら、パソコンにインストールされた専用のソフトを使い楽譜を作っていく。


 今回の曲のテーマはラブソングだ。いつも、その手の曲やアニソンの作曲をしていることもあってか、テーマについてはやりやすい部分が多い。とはいっても、その曲と歌うアーティストの為にも、ほかの曲や過去に作った曲の二番煎じにならないようにしなければいけない。それが一番難しいといったところだ……


 とは言いつつ、恋愛をしたことのない俺が作曲をしていいのかという不安が一番多いのだが…… まぁ、それでも有名になって来たんだから、それでも良いかな!(開き直り)


 そんな冗談はさておき、とりあえず全力で作曲をする。俺が音楽に対してできることはそれだけだ。恋愛をしたことがないのは冗談じゃないけど……


 だけど、俺には昨日の帰り道で雨乃が言ったことに気を取られてしまっている。そのおかげで、仕事の進みは普段を比べて、格段に作曲のスピードが落ちている。


 雨乃は昨日「私のわがままは最後にする」というようなことが言っていた。それと、俺が作曲の仕事を隠していることを薄々察しているようなことも言っていた。俺たちは幼馴染を10年間以上は続けている。


 もちろんやりたいからと言ってできるものでもないのだが…… そして、10年間は幼馴染をしている俺たちでさえ互いのことが完全にわかるわけではない。


 なにが言いたいかっていうと、俺には雨乃の言ったことの真意が分かるわけではなく、雨乃は俺が何を隠しているのかは正確には分かっていないということだ。


 それでも、俺には1つだけ確かに言えることがある。


 それは、雨乃がバンドで、文化祭で何かをしでかそうとしているということだけだ。




 作曲を初めてから、昼休憩も挟み6時間程が経った。あまりにもペースが遅いことと、どんな曲にするかの明確なビジョンが見えないため、気分転換として散歩に行くことにした。


 これは先輩の作曲家に教わったことで、気分転換するなら、ゲームなどではなく散歩などをした方が曲のイマージも浮かびやすいそうだ。実際に何度かやっていて、効果はあるのだと思う。


 そんなわけで、俺は近所に少し大きめの公園に来ている。この公園は通学路にある公園ではなく、むしろ正反対側にある公園だ。公園の中にはアスレチックをする施設があったり、バーベキューや花火をするための火器の使用が許可されたエリアもついている。


 日本の公園ではなくテレビで出てくるような、海外の公園をイメージしてくれた方が早いと思う。


 俺と同じように散歩をしている人もいれば、ランニングをしている人もいる。作曲に行き詰った時にはこの公園でよくこのようにしているのだが、この季節でも木が生い茂っていることで影が生まれていて暑くは感じない。むしろ木々の間から吹いてくる風が気持ちよくて涼しく感じるくらいだ。




 3㎞ほどある散歩道を歩いてきた俺は家に帰って来ていた。いつものように散歩道を歩けば、何かしら思いつくだろう。そう思っていたのだが、結局何もイメージを掴まないままだった。思い浮かばないことは仕方ない。幸い明日までは学校は休みで、それ以降も夏休みにちゃんと入るまで登校日も少ない。クライアントの期限ギリギリになってでも作曲は丁寧にしよう。


 とりあえず、今日の作業は終わりにすることにした俺は玄関で靴を脱いできた。玄関からはリビングからの音が聞こえてきて、普段だったら、夕食を作り終えた母さんが撮り貯めしておいたドラマを消化しているくらいだろう。


 しかし、今日はテレビから流れてくる音は一切しなく、人同士で話す声が聞こえてくる。1人は母さんであることは間違いないだろう。そしてもう1人は10年間以上聞いてきた声だ。この人を落ち着かせるような柔らかい声をするのは雨乃だろう。柔らかい、といっても普段から慌ただしい話し方をするから、そんな印象を持つことは少ないのだが……


 リビングに入ると母さんと雨乃が「おかえりー」と言ってくれた。どうして雨乃がここにいるんだよ……? ハッ! もしかして、友達がいないのか!? 


 はぁ…… 自虐ネタはやっちゃ駄目だな……


「それで? 雨乃は何で居るの? 遊びに行ったんじゃなかったの?」


「ん~ 最初はそうだったんだけど、かなり早くに解散しちゃったから帰ってきた! それでね! 楽器店に行ってスティックを見てきたんだけどね、よく分かんなかった!」


「分かんなかったんだ…… てっきり買ってきたんだと思った……」


「あんたたち本当にバンドやるんだねぇ」


「そうだよ! オバちゃんも見に来てね!」


「っていうことで、ハルちゃん! 明日はスティックを買いに行くよ!」


 雨乃は上目遣いをしながらそう言ってきた。雨乃にそのように尋ねられたら、断ることはどうやってもできない。昨日か手玉に取られている気がしてならないな…… でも、俺は1つだけ言いたいことがある。


「雨乃、明日は学校だぞ」


「は? そんなの分かってるけど? それよりも、明日は彩雪も連れて行くからね!」


 明日が登校日だということを覚えていたことを自慢げに言うと、雨乃はそれが当たり前だと言わんばかりの蔑むような目で見てきながら言ってきた。一瞬声が普段の雨乃からは想像できないほどに冷たくなったのは気のせいにしておこう。


 それにしても、昨日から雨乃に手玉に取られてばっかりだな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る