陰キャな俺がバンドを結成!
先ほどまでの悲しげな表情から一転。顔を綻ばせながら雨乃は腕をあげて喜ぶ。
本当に今さらの事だが、元々俺が楽器を集めていることを2人は知っていた。まぁ、今でも遊びに来たり、朝に起こしてくれたりしているから、当たり前な事ではあるが。
「はぁ、仕方ないわね。文化祭まであと4ヵ月と言ったところね。練習するなら早く始めましょう。 それで、楽器の振り分けはどうするの?」
彩雪はそう言いながら歩き始める。もちろん向かう方向は俺たちの家だ。
あれ? 彩雪が乗り気になっているのは気のせいか……?
「ふふん。それについてはもう考えているんだ! 取り敢えず、歌が上手なサユちゃんがボーカルとベースね! それで、ハルちゃんにはギターを任せようと思うんだ! で、残った私はドラム!」
雨乃にしては案外まともに考えられていた。このままバンドはやることになりそうだな…… しかし、1つだけ懸念がある。
「たったの4ヵ月で楽器をマスターして、音を合わせるって相当大変だぞ」
「それは問題ないよ! だって夏休みに入るんだよ!?」
「雨乃は課題もちゃんとやりなさい」
休みが休みでなくなりそうな雨乃の宣言に対して、彩雪は冷静にツッコミを入れる。まぁ、毎日のようにやるとなれば何とかはなるだろう。
これから、始まってしまうバンドの練習の第1回をするために、2人を連れて俺は帰宅した。
それから、ジュースを俺の部屋に持って行って、何個かある楽器を2人に見せて使うものを選んでもらうことにした。
俺はしばらくの時間を要しながらも楽器の説明や特色を軽くする。2人はあまり良く分かっていないようだ。まぁ、特色とかは知らなくても、問題はないだろう。
結局俺は作曲をするときにも使っている黒色のエレキギターを使うことに。彩雪は赤色と白色のベース。雨乃は文化祭では実行委員会が準備したドラムを使うためオークのスティックを選んだ。しかし、これに関しては俺が前々から買い変えようと思っていたので、今度楽器店に3人で買いに行くことにした。ちなみに、俺の部屋に置いてあるのは電子ドラムだ。こうして見ると、俺の部屋って楽器で溢れていて生活スペースがかなり少なくなっているな……
「ヒャッほー!」
「「!?」」
雨乃がいきなり奇声をあげた。こいつって時々タカが外れることがあるんだよな…… どうしたのかと思って彩雪が「どうしたの?」とだけ聞く。話を聞くに雨乃は楽器を弾くのが待ち遠しくて奇声をあげたようだ……
それから俺は楽器の弾き方を教え始めた。雨乃はかなりの速度で吸収していく。気付いたら、当たり前のように弾けるようになっていっていた。ここまでできて練習は必要なのか……? しかし、それとは対照的に彩雪はなかなか上達しない。ベースはかなり難しいので仕方のないことだが、何でも卒なくこなす彩雪が手間取るのは意外だ。
「コードってなによ! まったく、もう!」
こういった具合だ。もとから分かっていたことではあるが、音を合わせたりするところまでには行かなかった。そもそも、音を出す段階にまで言ったことに驚きだ。
俺は時間の許す限り、彩雪にベースの弾き方を教えていた。しかし、今日のところは彩雪が音をまともに出すことはできなかった。まぁ、それが当たり前の事なんだけど…… 雨乃が異質なだけだ。
それにしても、俺も結構乗り気になってしまっているな。とそんなことを思っていると階下から声が掛かってきた。母さんが夕食を作り終えたのだろう。
3人一緒にダイニングへ向かう。そこには4人分の夕食が用意されていた。一応言っておくと、俺は一人っ子だ。つまり、この4人分の夕食は俺たち3人と母さんの分だろう。
彩雪と雨乃が家で夕食をとることはあまり珍しくない。逆に俺が2人の家でご飯を食べたりすることも良くあることだ。昔から、家族ぐるみで付き合ってきたからこそできることだ。父さんの分はどこにいった…… 母さんよ……取り置きくらいはしているよね……
今日の夕食はカレーライスだ。うちのカレーライスは野菜が大きめにカットされているうえに、それがかなり多く入っている。カレーライスと言えば今年もキャンプ行くのかな……
みんなでテレビを見たり、話しながら夕食を食べているといつの間にか時間は8時頃になっていた。ちなみに父さんはまだ帰ってきていない。倫理的に考えて、彩雪と雨乃の帰りがこれ以上遅くなるわけにもいかないので、母さんに言われて、俺は2人を家にまで送っていくことにした。
「バンド、どうなるのかしら……」
夏の夜道でゲッソリとした顔をしながら彩雪はそう言った。実のところ、夕食の後にも彩雪は雨乃に連れられて、短い間ではあるがベースの練習をさせられていた。その間、彩雪は俺の方を助けを求めるような顔で見てきていた。面白そうだったから気づいていないフリをしていたのだが。
「どうにかなるよ! 明日からもみんなで頑張ろう!」
雨乃は彩雪を鼓舞するようにそう言った。しかし、彩雪は「明日……明日も……?」と虚ろな目をしながらそう言った。
そうこうしている内に、俺の家により近い彩雪の家に着いた。彩雪は「また明日……」と先程と相も変わらない様子でそう言って、家の中に入っていった。
それを見送ったのをみて、俺と雨乃は2人で歩き始める。折角のチャンスだ。今回の事を聞いておくか。
「なぁ、雨乃」
「ん? 何かなハルちゃん?」
「今回のバンド。かなり無理矢理に言ったな。彩雪があんな顔しているのはなかなか見ないぞ」
「あはは。サユちゃんができないのは意外だったけどねー」
「そうかもな。それで? どうしてこうも無理矢理だったんだ?」
「ん~ 何となく、なのかな? あんまり私自身も良く分かっていないんだよねぇ」
雨乃は一体何を言いたいんだろうか。雨乃がこんなに思いつめるような顔をするのは珍しい。
「まぁ、いっか!」
「それはお前が決めることではないだろ……」
そうツッコミを入れていたら、雨乃の家の前についていた。しかし、雨乃にはまだ話したいことがある様子だった。
「そうかもね。私が決めることではもう無いのかも知れない。私たちは幼馴染だけど、いつか、一緒に遊んだりすることも無くなるのかなって、そう思ったの。だから今のうちに少しでも3人の思い出を作りたいって思ったの……これが私のわがままだっていうことも分かっている。だからね、これで最後にするから。」
雨乃はそうとだけ言って家の中に入っていった。
結局、俺は雨乃の言いたかったことを理解することはできなかった。
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