第1章

俺たちのいつも

 土曜日、俺と彩雪がアニメのアフレコ現場でまさかの出会いをしてから2日後の月曜日。月曜と聞いて憂鬱になる人も少なくはないだろうか。ここから5日は学校に行くとなると、俺もかなり苦しい。


 辛いとかじゃなくて苦しい、と言っているところから、俺の苦痛を知ってもらえたとしたら嬉しいよ……


 今日はこの前のように寝坊はせずに3人の待ち合わせ場所に向かっている最中だ。待ち合わせ場所は家から歩いて数分の位置にある公園にある。それから、俺は公園でまだ来ていない2人を待つことにした。


(この公園はなにも変わらないな……)


 昔から、正確に言えば幼稚園に通っていた時ときから、この公園は本当になにも終わっていない。俺たち3人や周りを取り巻く環境、はたまた俺と彩雪はそれぞれで仕事をするようにもなっていた。


 あの砂場で昔はよく遊んでいたっけ。あのブランコを他の子と取り合ったりもした。あの滑り台で遊んでいた時に、雨乃が怖がって泣き出したりもした。


 一昨日の事があったせいで、今までは特になんてことの無かった景色が、いつも見ていたはずの景色が懐かしく感じる。


「ハルちゃん! ごめんね待った?」


 しばらく待っていたら、雨乃が声をかけてきた。隣には彩雪もいて、普段と比べて少しだけ顔が強張っていた。それに関しては一昨日の事が関係しているから、大した問題ではないだろう。


 集まった俺たちは、誰かが声を掛けることもなく自然に歩き出した。しばらくは会話がない状態だったが、3人それぞれがその状況さえも楽しんでいたようにも思う。俺たち3人にとって1番大切なものは、このありふれた日々なのかもしれない。だからこそ、それを壊さないようにも、俺と彩雪の仕事は隠し通すべきだと思う。頭のどこかで2人ともそう思っていたから、今まで仕事の事を言ってこなかったのかもしれない。


「そういえば今日ってテスト返される日だね! わたし今回は自信あるんだ!」


「「前回もそう言ってたけど……」」


 雨乃はしっかりしている所があって、勉強ができそうに思われるが実際は学年の中でも下から数えた方が早い。ちなみに、3人の中では彩雪が1番成績が良く、学年の中でも上位に必ず入っている。俺は学年の中でも中間といったところだ。


「そんなことないよ! 後でみんなで点数の見せ合いっこしようね!」


「やめとけ。結果は火を見るよりも明らかだ」


「……? どういう意味?」


 いまの雨乃の反応を見る限り、俺の失礼な反応に対して静かに怒っているわけではなく、単純に言葉の意味が分かっていないだけだ。


「もういいから。さっさと歩くわよ」


 彩雪が頭を抑える仕草をしながらそう言った。


 そうこうしている内に俺たちは学校についた。いつもより少しだけ早めの時間についたこと以外は何時も通りに過ごした。3階まで登ってロッカーで靴を履き替える。その前に彩雪と雨乃とは別れている。今日は俺の机に誰かが集まっていることなく、皆が今日返されるテストに足して愚痴っていたりとしている。


 取り敢えずポケットからワイヤレスのイヤホンを取り出してスマホと繋げる。スマホの音楽アプリを開いてプレイリストを流し始める。このプレイリストには俺自身で作った曲も入っていて、そこには先日リリースされたばかりの曲、具体的に言えば、俺が創って、彩雪が歌ったEDの事だ。


 音楽を聴きながら、SNSのアプリを開いて、俺自身のエゴサをしたり、仕事の依頼が来ていないか等の確認のためにメールアプリを開く。曲の評判は上々といったところだろうか。そして、メールには何も入っていなかった。俺は事務所に所属せずにフリーでやっている為、このような仕事の交渉も自分でやらなければいけない。


そうしているうちに、始業時刻になったようで担任が入ってきた。担任は出席簿を片手に出席状況の確認を始めた。それが終わると一緒に持って来たファイルを開き、テストの返却を始めた。出席番号で、クラスの最後の方の俺はしばらく待ってから、受け取った。


 結果は、いつも通りといったところだ。良くもなく、悪くもない。ギリギリ順位表で発表されないラインといったところだろう。これなら、両親も文句を言わないだろう。


 教壇の方を見ると、担任はテストの返却が終わったようで、これから始まる家庭学習期間の説明を始めた。この学校に歴史はないにしろ県内ではそこそこ有名な私立校である。公立校ではテストが終わった後も授業があるようだが、この学校ではそれが行われない。その家庭学習期間とは名ばかりで課題が出されるわけでもないので、半ば夏休みのようなもので、担任の説明も夏休みに向けての注意と一貫するものがある。


 その内容は交通における注意点、といったようなものだ。言ってしまうと、常識の範疇で過ごしていれば特に何の問題もないので、聞き流しても問題はない。


 その話が終わると、担任は文化祭の発表の説明を始めた。今話しているのは、体育館で行われるバンドやダンスといった有志による物の説明だ。大勢の前で発表するとか有志というよりかは勇士と言ったほうが良くないか……? いまのは笑うところだからな。


 兎にも角にも、俺がバンドやダンスをしたところで誰も注目しないだろう。そもそも俺からしてみればどうでもいい事なので、これもさっきの説明と同じように聞き流すことにした。




 10時頃には解散をした。もともと、テストの返却しか予定がなかったので早くてもおかしくはないだろう。


 俺は校門のところで彩雪と雨乃の2人を待っていた。他のクラスもやることに変わりはないので、大して待つこともなく彩雪とはすぐに集まることができた。それから、しばらく待っても雨乃は来ない。


 彩雪と、雨乃を探しに行かないかと丁度話していた時に雨乃がやってきた。雨乃はプリントを片手にしていた。


 そうしながら、大声でこういった。


「ハルちゃん! サユちゃん! 文化祭でバンド出るよ!」

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