あの人気声優は幼馴染だった

 俺がOPとEDの作曲をしたアニメが放送されてから3日経った土曜日の昼下がり。俺はとあるスタジオに来ている。どうして俺がここに来ているかというと、この前のアニメのアフレコに監督の人に誘われたからだ。


 ちなみに、EDの評判は上々だった。これは作画によるものや、作詞家の人、声優の人達の活躍あってこそだから慢心しないようにしよう。そして今日、冬川雪という新人であるのにも関わらず人気な声優に合うことができるのだ。この人は他の声優がアイドルのようにライブなどを行っているのとは違って、声優の仕事1本だけで活躍している。それも顔出しさえしていない。その顔が見えないことが彼女の人気の理由の1つなのかもしれない。もちろん、彼女の透き通るような声が1番の理由であるのには変わらないだろうが。


 スタジオのあるビルに入ると、アニメーションスタジオの人に案内されて、スタジオの中に入る。そではスタッフの人達がアフレコの準備をしていた。今日は原作を書いた先生も来ているようだ。ラノベ持ってきてたらサインしてもらえたかな……


「どうも、HaRuさん。その節はどうもありがとうございました」


 HaRuとは俺の活動名で、「晴希」という名前から付けた。そこ、安直とか言わない。


「こちらこそありがとうございました」


 監督とそうとだけ言葉を交わして、俺は席につかせてもらった。


 それから、時間になるまで1話の感想を言い合ったりして時間を過ごした。このような場にいると、クリエイターの人たちの熱意を感じると、自分もその熱意に揺り動かされることがある。今日はそれを顕著に感じる。


 そうしていると、時間が経ったようで声優の人たちが入ってきた。中には有名な人から、そうでない人までもいる。


 その中には1人だけ知らない声優がいた。きっとその人が冬川雪なのだろう。彼女は薄いピンクのブラウスと黒色のロングスカートを組み合わせたコーディネートで、メイクは軽くしかされていない。音が鳴らないようにという配慮からかアクセサリーは少なめだ。というか胸でかいな…… さらさらとした黒髪を肩のあたりまで伸ばしている。


彼女の顔立ちは俺の近しい人で例えるとすれば彩雪だろうか。彩雪に似た少しだけ鋭い目は見る人の心を奪いそうな魅力が隠れているように思える。そんなことを持っていると、声優さんがこちら側のブースを見ながら挨拶をした。アフレコを見るのは初めてなのでかなり楽しみである。


 それから、声優の人たちはマイクの方に向かった。しかし、その中で1人だけ口を開けたまま見ている人がいる。その事に疑問を持ったのかスタジオの人が「どうしたのか」と聞いた。その人こそ冬川雪さんだったのだが、彼女はこちらを、正確に言えば俺を睨みながらも「大丈夫です」とだけ言った。


 だけど、俺はその目に見覚えがあった。あの目は3日前、寝坊した俺を叱るように見てきた彩雪の目のよう、いや彩雪の目そのものだったようだ。


 そう気付いてからは、彼女の服装からメイクの何から何まで彩雪の選びそうなものだ。昔から一緒に過ごしてきた俺が言うのだから間違いない。


 結局始めて見たアフレコ現場では彩雪と会ってしまったことに気が惹きつけられて、今回のチャンスを無駄にしてしまった。




 この日の収録は3時間ほどで終わった。どうしてそんなことが分からないかって? 彩雪にばっかり気を取られたからだよ…… あれから、1人で駅に向かって歩いている。外はジメジメして通行人を不愉快にさせてくる。まぁ、俺はそれどころじゃないんだけどな……


「ちょっと、晴希! どうしてスタジオにいたのよ!?」


 特に何も考えずに呆けた顔をしていながら歩いていた俺を誰かが叩いてきた。誰かと言ってもこの状況で彩雪以外は考えられないわけだけど。


「痛っ! 彩雪、さすがに手加減しろよ。というか打ち上げはどうした?」


「今はそれどころじゃないでしょ。それにしても晴希、なんでスタジオにいたのよ!?」


「仕事は優先しような……? そんで質問の答えは、俺は監督に誘われてせっかくの機会だからっていうことで居たんだ。これで充分か?」


「充分なわけないでしょ! そうしてアンタが監督に誘われたのよ!?」


「え? それは俺がOPとEDの作曲をしたからだよ」


「そ、そういうことだったの…… って、どういうことなの!?」


 そのままの意味だが…… しかし、彩雪には意味の分からないことだろう。だって俺にもどうして彩雪が声優をやっているのかが分からないんだから……


「そういう彩雪こそどうしたんだ? アニメとかは好きでも、そういう仕事には興味を持たなそうなのに」


「私の事はいいじゃないの! それよりも今は晴希のこと! 作曲をしていたなんて聞いていないわよ!」


「そりゃそうだ。言ってないんだもん それよりも、今日の事どうする? 雨乃に話すのか?」


「うっ、雨乃には隠しておきたいのよね…… 何だか小っ恥ずかしいし……」


「それは、俺もだ…… だけど、雨乃に何か隠しているなんて知られたら、かなり面倒くさいことになるぞ」


「確かに、あの子一度拗ねたらしばらく話も聞いてくれないし。何よりも……」


「「お弁当を作ってくれなくなる」」


 1度だけ、とはいっても中学に入ってすぐのことだ。その時は俺と彩雪が同じクラスで、雨乃だけ別のクラスだった。当時、俺と彩雪はクラスの中でもよく一緒に居たせいでクラスメートに「付き合っている」などという噂を流されたり、そのことでよくからかわれたりしていた。もちろん、そのことには否定したが雨乃がどこかからそのうわさを聞きつけ、何故か怒ったということがあった。必死にそのことは否定したが、雨乃は拗ねたままでしばらくは話を聞いてくれないうえ、お弁当を作ってくれなくなったということがあった。当時の中学校は給食がなく、生徒が全員お弁当を持っていくという決まりがあったため、雨乃が拗ねていた時期は、俺と彩雪が腹をすかせた状態で午後の授業をうける。なんていうことがあった。


 そんなことは絶対に避けたい俺と彩雪。俺たちの考えは口に出すまでも無くなった。


 雨乃には絶対に隠し通す。


 ちなみに家に帰るまでの間、俺は彩雪に仕事の事を根掘り葉掘り聞かれたとだけ言っておこう。

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