第34話「メノッティ家の和解」
祈りの日の朝まで遡る。
イブキは睡眠もそこそこに起床すると、計画を実行に移した。
本日の祈りは午後二時から開始予定であり、そこまでに下準備は済ませておかないとならない。
朝方、テーブルにはイブキとメノッティ夫妻が揃っている。レベッカは何故かいない。
ベルティーナが用意したお茶を、三人で飲みながら他愛もない会話をしている。
その最中にふと、この場にレベッカがいないことに、ベルティーナは疑問を感じたようである。
「旅人様、レベッカちゃんはどちらに?」
「所用で席を外している。それよりもベルティーナ、こんな話を知っているか?」
「それは、どのような?」
ベルティーナはイブキの話題に興味を示す。
「ある日の祈りで過ちを犯したらしくてな。それ以来、人前には姿を見せなくなった人がいるらしい」
「そ、そうですか。そんな人も、もしかしたらいたかもしれませんね」
明らかに動揺しており、落ち着きなく足を交差している。お茶が入っているカップを持つ手は微かに震えており、連動して手に持つカップもカタカタと音を立てている。
ボニートに至っては大量の汗が吹き出てきており、顔色が悪くなっている。
これらの反応からして当然だが、この両親はジュストの現状を知っている。同時に、息子の正体も隠し通そうとしている。
「ジュスト・メノッティという男を知っているか?」
「し、知りませんね。そんな人、身近にいたかしら?」
ついに耐えきれなくなったのか、ベルティーナはイブキから視線を逸らす。
「実は夜にそいつと出会ってな。俺は五年前と、その後のことを全て知っている」
「……要求は何ですか? お言葉ですが旅人様は、一泊の恩を
「いいや、そんなつもりはない。むしろその恩を返そうとすら考えている」
「それは、どのような方法で?」
「ジュストを再び司教の座へ戻す。それがどういうことか、あんたら両親には意味が分かるはずだろ?」
最初、話を聞いたベルティーナは首を傾げるが、徐々に意味を理解し驚愕から大きく目を見開く。
そこから喜びを見せたのも束の間、顔を曇らせてしまう。
「旅人様。そんなこと、できるはずがありません」
「達成できるからあんたら夫婦に話しているんだ。詳しくは言えないが、今日の祈りの途中でジュストに登場してもらう」
「旅人様。それだけは、それだけは……」
「――それだけは、何だぁ?」
ベルティーナが狼藉していると、不意に玄関のドアが開き特別ゲストが登場する。
「ジュスト!」
「おはよう、お父さん、お母さん。俺はぁ、イブキ様が言った通り、今日の祈りに出る」
「ジュスト……なの?」
メノッティ夫妻は玄関に立っているジュストを、まるで息子に変装した何かを見ているかのような反応をする。
「お父さん、お母さん。俺はぁ、まず二人に謝らないといけない」
ジュストは両親を真っ直ぐな目で見つめ、深々と礼をする。
「これまでの五年間、本当にすいませんでしたぁ」
「ジュスト……」
両親は驚きのあまり、名前を呼ぶ以上の言葉が出てこない。
「俺はぁ、イブキ様と出会って変わりましたぁ。これまでの自分がいかに愚かだったかぁ、見つめ直すことができたんです」
顔を上げながら、澄んだ瞳で両親を見つめる。
残念ながら、口調はかつての傲慢さが抜けきっていない。幼い頃から染み付いた性分というのは、なかなかに消えないのであろう。
それでも、謝罪の意は充分に伝わってくる。
「ジュスト、お母さんこそごめんね。あなたが落ち込んでいた時に、何もしてあげられなかった」
「お父さんも謝らないといけない。お前が戻りたくなった時の居場所を守らなければならなかった。それなのに、あの祈りから地位も何もかも失ってしまった。本当にすまない」
「いいんだぁ。今度は俺がぁ、二人のために頑張ってみせる」
メノッティ夫妻は玄関に駆け寄り、そこで一家の人間は互いに抱き合った。それぞれの表情には喜びの涙が流れており、再開を分かち合う笑顔が映っていた。
この場において、これまでのわだかまりが解消されたわけである。
「よかったな。親子の絆が元通りだ」
イブキはどこか他人事のようにコメントする。
お前はもう少し他人に取り入ることが出来るように努力したらどうなんだ。
その一言を聞いたボニートが、イブキの方へと向かって、深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます、旅人様。息子を救っていただいたご恩は、一生かけても返しきれるものではありません」
「そうだろう? そこでだ、ボニートに頼みがある」
「はい、旅人様。どのようなお願いでも、お聞きします」
「悪いな。そんな大したお願いじゃない。お前の出自を利用した頼みだ」
ボニートは体を前のめりにしながら頼みを聞こうとしていたが、依頼内容を最後まで聞くと、体を後ろにのけ反らせながら冷や汗を流していた。
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