第35話「レベッカ・トンマージの奔走」
祈りの日の朝方。
レベッカはというと、ロレンツォ宅にいた。
「グラツィエ! ありがとう! レベッカ! キミは本当に優秀だ!」
ロレンツォはレベッカの両手を握りしめ、ブンブンと激しく振りながら感謝の意を示している。
話しの流れはこうだ。
レベッカはロレンツォからの言いつけ通り、イブキを監視していた。
ロレンツォへ交渉した通り、イブキは執拗に天使を聞き回っていること、祈りの場で天使に何らかの交渉を持ちかけようとしていること。
更にはメノッティ家でジュストた出会い引き込むことに成功し、今日の祈りの途中で登場する予定であること。
レベッカはイブキから協力しないかと持ちかけられ承諾したが、それを拒否してロレンツォに情報を売っていること。
レベッカがつらつらと話す内容に、ロレンツォは歓喜していた。
そしてロレンツォにとって何よりも重要だったのは――。
「旅人様は、ジュスト様の登場を皮切りにロレンツォ様を裏切り者に仕立てあげて、村を乗っ取るおつもりです。私はそれを防ぎたいと思っております」
レベッカは平然と話す。
それは事実であって、事実ではない。全くの嘘であれば疑われるのかもしれないが、大方は真実が混じっている内容に、ロレンツォは疑問を持たず話を進める。
「コメ? どのようにだい?」
「私が旅人様の計画に乗りつつ、最後に裏切ります。つまり、結果としてジュスト様とイブキ様を裏切り者として告発します。その後は、ロレンツォ様主導のもとで始末をしてください」
実際には、レベッカが裏切り者として告発して始末されるのはロレンツォである。
もうひとつ付け加えると、テーアとフェデリコの登場を伏せている。ジュストの登場までは焦ったフリを装うことはできると思うが、二人が乱入してきた時には本心から驚くのではないか。
「ベニッシモ! とってもいいね! 最高だ!」
そうとは知らず、ロレンツォは上機嫌に両腕を振り回している。
最後に裏切り者は自分であると告げられた時、果たしてどんな表情を見せるのであろうか。
「ええ、その通りですね。ロレンツォ様」
「グラツィエミッレ! 本当にありがとう! どれだけ感謝しても足りないくらいさ!」
レベッカが内に秘めた興味はいざ知らず、信じ甲斐のある部下を演じ切る。
「では、お話もまとまったことですし、お忙しいかと思いますので失礼します」
「チヴェディアーモ! また会おう!」
話しも終わり退室するところで、レベッカは思わず胸元のペンダントに視線が目移りする。
ピーマンを半分に切ったペンダントトップには傷や劣化が見受けられ、年季が入っていることが分かる。少なくとも、一、二年程度で手に入れた物ではないだろう。
それが何を意味するのか、レベッカは村に来た時から知っていた。妖しげな笑みは、果たして誰の為に浮かべたのか。
―――――――――――――――――――――――
レベッカが次に訪ねたのは、テーアの所であった。
テーアは突然の訪問にも関わらず、迎え入れてくれた。昨日の案内されたテーブルに、再び案内される。
「それで、今日はどうしたの?」
レベッカに着席を促しベネ茶を出しながら、テーアは声をかけてくる。その表情はやや皮肉めいた笑みを含むものだ。
テーアは立ったまま話しを聞こうとしているところから察するに、全面的に迎え入れている訳ではないようだ。
「これから祈りよ。レベッカちゃんもその意味は分かってるわよね? 祈りに参加できない村人にも、果たさないといけない役割があるの」
「無論、理解しております。その上で、テーア様にしかお話できないことをお伝えしに参りました」
「そう、聞かせて」
テーアは一瞬で真剣な目付きに変わる。一重の切れ長な瞳からは、冗談を許す隙を与えない。
そこからレベッカは、ロレンツォへ話したことと同様の内容を説明する。ただし異なるのは、計画の全てを包み隠さず伝えている点だ。
イブキは計画の立案の中で、テーアは信用に足る重要な協力人と判断していた。
「ふうん、面白いわね。レベッカちゃんはそれが、この村への反逆行為と知ってのことかしら? それに、ジュストくんが祈りに参加するなんて、ねえ」
中腰になり視線を合わせたテーアはレベッカに顔を近づけると、試すような目で見つめてくる。
ここでレベッカがどう返すかが、ターニングポイントに違いない。この計画においてテーアの協力は不可欠だ。
そしてイブキは言っていた。恐らくテーアは――。
「もちろんです。私はクレメンツァを村長から奪い取るつもりです」
「あら。そんなことを村人の、それも宿泊人ごときの私に言うなんてね」
「私とイブキ様は、テーア様からの助言をもとに、ジュスト様とお会いすることができました」
「!」
――自身に利益があると判断すれば、間違いなく協力するであろうと。
その推察に大きな間違いはなかったようで、テーアの目に驚きの色が浮かぶ。
「ジュスト様が、テーア様をどう評価されているかは存じております。あのお方が司教になられた暁には、テーア様にどれ程の利益がもたらされるかについても同様です」
「――私は、レベッカちゃんが命令するなら、道化であろうとも演じてあげる」
テーアの目付きは柔らかなものとなり、フッと鼻で笑うと薄い唇の口角を上げ着席する。それはつまり、交渉に成功したことの証だ。
レベッカは思わず息を吐きながら安堵する。
「ありがとうございます。テーア様のご協力があれば、計画の成功は間違いないものになるでしょう」
「お世辞はいいわ。それで、改めて私はどう動いたらいいのかしら?」
レベッカは、テーアの役割や動きについて説明する。
ひとしきり聞いたテーアは一度大きく頷くと、両腕を組みながら宙を向き目を瞑る。しばらくして目を開けると、レベッカに視線を戻す。
「それにしても、あのロレンツォを蹴落とすなんて、ね」
「もしかして、テーア様はまだ計画の全てに……」
「違うわ、レベッカちゃん。感慨深い方よ」
テーアはにこやかに手をひらひらと振る。
「私はね、五年前にジュストくんがロレンツォに貶められることは知っていたの」
「テーア様、いきなり何を仰って……」
「年増女の独り言。レベッカちゃんは何も聞いていないでしょうね」
テーアはそう言うと、レベッカから視線を逸らし、宙へと向ける。それはまるで、遠い過去を見据えるように。
「当時、そのままジュストくんが堕ちていくのは、我慢ならなかったの。さすがにそのまま言う訳にはいかないから、間接的に警告したけどね。でも、あろうことかロレンツォに見られていたのよ。多分、私とジュストくんが懇意であることを警戒してたのよね」
宙を向いた視線は俯き、憂いを帯びる。
「そこからは、地獄のような日々だったわ。もちろん今もね。これでも私はモンドレアーレ西側にある最大都市、ベンヴェヌーティの王族、ダルボレーア家の娘よ。それが、一介の宿泊人として粛々と仕事をこなすなんて、ね」
その目には静かな怒りが宿っている。
「トリパルデッリ家のボニートは、恵まれた才能があったくせに相当な無能だった。一方で、息子のジュストくんには才能があったわ。でも、駄目だった」
そう言って落ち込んだのは一瞬。「それなのに」と呟くと、押し殺すような笑いを見せる。
「まさかこんな機会が訪れるなんてね。レベッカちゃんには感謝してもしきれないわ」
「いえ。私の力など、微々たるものです」
「謙遜しないの。ここまで漕ぎ着けたのは、間違いなくレベッカちゃんの力なんだから」
テーアは、レベッカの肩を手で撫でながら微笑む。
「さて、そうと決まればレベッカちゃんも私も準備が必要ね。そろそろ時間じゃないかしら?」
「はい、そうですね。私はそろそろ、別の準備に取りかからせていただきたいと思います」
レベッカはそう言うと席から立ち上がり、シルベストリ家から出ることにした。
玄関の扉まで差し掛かったところで、「レベッカちゃん」と柔らかな声色でテーアが背後から呼び止める。レベッカは振りむくと、言葉を失いその場で硬直した。
テーアは後ろに手を組ながら、立っていた。
顔の下半分は間違いなく笑っている。そのはずなのに、目は一切笑っていない。まばたきもせず、こちらを睨み付けている。
一重の瞳から伝わるのは、冷静沈着な彼女には似合わない怒り。それはレベッカの瞳から入り込み、心を鷲掴みにする。
嘘もごまかしも通用しないことを本能的に理解し、こちらはあくまで協力していただいている立場なのだと察する。
本当に私は亜人なのか。これはまるで悪魔だ。魔性の女とはまさしくこういう――。
「私ね、屈辱が大嫌いなの。ロレンツォはそれを知った上でこんな仕打ちをした。ジュストくんが落ちぶれている限り、私は抗えないと知ってね。レベッカちゃんはこの意味が分かる?」
「い、いえ」
「私が協力する以上、失敗なんて許さない。もし私を使い捨ての駒だと考えてるようなら……分かるわよね?」
「テーア様は、私達にとって大切な存在です。ジュスト様が司教になれば、村の中心を担っていただくべきだと考えております!」
「そう、ならよかったわ」
テーアは一転して目尻を下げると、踵を返し別の部屋へと向かっていた。
正気を取り戻したレベッカは、最終作業へと移るために急いで家を出た。
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