第18話「打ち明ける希望」
森の中の陸ならぬ木々の孤島の中に、ジュストの家は存在していた。
家と呼べば聞こえはいいが、簡素な造りの小さな小屋である。屋根も染色されておらず、切られた木の色がそのまま残っている。
両親に存在がバレる可能性があるため、ジュストに特殊なマジーアを使う女性であると説明した上で、私は心の中に戻っていた。
「すいません、部屋が狭くて」
ジュストがそう呼ぶ通り、六畳一間しかない部屋は三人も入れば手狭である。
木で造られたベッドとコップが床に置いてあるだけ。これを人が住む部屋と形容するには少々戸惑いがある。
「村人のくせに、おもてなしの一つもできなくてすいません。言い訳がましいですが、五年程前から私はロクに外に出ませんし何もしていないんです」
「ジュスト様、良いのです。人とお会いするのも久しぶりでしょうし、慣れない部分は致し方ありません」
ジュストが鍵を握る存在であると認識したレベッカは、いつもの案内人に戻っている。
さっきの態度で本性がバレてると思ったりしないのか。
「さっきは本当に情けない姿を見せてしまいました。レベッカ様の姿を見るまでは正気ではなかったみたいでして……」
「安心しろ、俺のパートナーをヴェントのマジーアでぶっ飛ばしたくらいだ」
「そんな。全然思い出せません。麗しき美人様に傷を付けたとあっては私の……」
「いや、いい。俺もいつもぶっ飛ばしたいと思ってたからな。代わりにやってくれて清々した。だから気にするな」
麗しき美人兼パートナーがぶっ飛ばされてんだから、清々せずにもっと心配しろ。
心の中でそう愚痴るが、イブキがジュストへ話しを促すための詭弁であることくらいは理解しているため、黙って聞き流す。
それにしても、森の中で遭遇した時のジュストはどこに消えてしまったのであろうか。目の前にいるのは、野獣などではなくいたいけな青年である。
「そんなことよりも、ジュスト。村人であるお前が何故ここに籠っている? 俺の担当案内人のレベッカから聞いた限りでは、クレメンツァの村人は何かしらの役割を担っているはずだろ?」
「そうですね。どこから話したら良いのか……」
ジュストは頭を掻いたり顎を手でさすったりと、悩みながら言葉を探している。
「いや、その前に聞かないといけなかった。イブキ様とルキ様のお二人は、信頼に値する存在ですか?」
「ええ、ジュスト様。私の秘密を打ち明けたところ、お二方様は泣いて聞いてくれました。そして私を信頼して、快く協力して下さいました。初めて会った、ただの村人それも案内人にです。イブキ様とルキ様は、信頼に値するどころではなく、全幅の信頼を寄せることのできる方々なのです」
「その秘密というのはもしや、先程レベッカ様が仰られていたことと何か関係が?」
「逆にお聞きしますが、ジュスト様は私の全てを打ち明けるにふさわしいお方なのですか?」
「そ、それは」
「お言葉ですが、お二人をマジーアで屠ろうとされていたジュスト様は、いか程に信頼できるのでしょうか?」
レベッカはからかうようにそう聞くと、笑みを隠すためか口元を手で覆う。
おいおい、本性が少し漏れてるぞ。
ジュストはしどろもどろになり、上手く続きを話すことができない。止めを刺すかのように、イブキが増援を送る。
「更に言うが、ジュストは五年前にトラブルを起こしてこうなってるんじゃないか?」
「イブキ様、何を仰って――」
「さっきレベッカの容姿に異常に反応していたな? それと、フェデリコって男を知ってるか? 五年前に頭を打って、どうもそこからおかしくなったらしい」
「そ、それは」
ジュストは目を見開くと、そこから先は口をつぐみ黙り込む。
しかし、沈黙こそが何よりの答えになってしまっていることに気付けていない。
「フェデリコは、天使がレベッカを殺したと言っていたな。あの子が死んじゃうとうわ言のように叫んでたな。あの子って誰だ?」
「ぐ……」
歯を食い縛りながら黙り耐えていたジュストが、観念したかのように口を開く。
「――分かりました。イブキ様とルキ様、そして案内人のレベッカ様の言葉を信じます」
ジュストの口から語られたのは、自身の過去と五年前に起きたクレメンツァにおける事件であった。
―――――――――――――――――――――――
ジュスト・メノッティは、父親であるボニートと母親ベルティーナの一人息子である。
現在は十九歳であり、レベッカと同い年ということになる。
ジュストは、生まれた時から特別であった。
物心付く前から天使より直々に、クレメンツァの希望と評されたためである。その資質については、成長と共に明らかになる。
ある日の祈りのこと。
「あの天使様は……」
中等位三位である、ポデスターディが降臨した。
これは、ジュストが祈りに参加するまでは成し得なかった功績だそうだ。
やはりこの子は特別だと、村の誰もがそう確信した。ジュスト自身も、この村では自分以外はちっぽけな存在なのだと確信した。
然るべきタイミングでジュストが司教になることは、もはや既定路線であった。
その特別さは、彼の人格形成に大きな影響を与える。
幼少期の頃から、子供の生意気さだけでは説明の付かない傲慢さを持ち合わせていた。
話している人との場面は次々と変わる。
「――ジュスト様、先日の件ですが……」
「うるさいなぁ、デ・パルマ家は。ただの案内人のくせにぃ、司教最有力の俺に楯突くつもりかぁ? それは、村の総意である天使様が許さねえよなぁ」
「そんなつもりは……申し訳ありません」
「分かればいい。分かればさぁ」
デ・パルマ家の冴えない妻ごときが、将来の司教候補に偉そうに口出しするとは驚きだ。
身分制度の枠外がほざくな、俺は天使に選ばれた特別だぞ。口答えした罰として、いつも通り娘に嫌がらせをしてやる。あの生意気なてめえの夫も除け者にしてやるからな。
「――ジュストくん! キミはとんでもない才能を持っているね! でも、その使い方を誤れば……」
「ロレンツォさん、村主任か何だか知らないけどよぉ、司教はあなたよりも上なんですよぉ?」
「ジュストくん! ボクの話しを聞いてくれ!」
「うるさいなぁ。聞くわけがねえだろぉ」
ロレンツォは村主任だ。俺の父親と立場は対等で、もう一人含めて村主任は三人しかいない。
それでも、最後まで話しを聞く理由にはならない。俺より上の人間がいないんだから、聞いたところで俺の価値が上がるわけじゃない。
誰も俺には逆らえないし、俺もこいつらに従う意味がない。
村を歩けば天使の次に崇められ、家に帰れば両親からは特別特別とちやほやされる。
つまらない、特別すぎるが故に。
こんな村に俺を閉じ込めておくなんて、モンドレアーレの損失だ。
場面は自宅の中へと移る。
「――おい、ボニート」
「何だい? それとね、私はボニートじゃなくてお父さんと呼びなさい」
「黙れよ凡人。それで、なんでお前ら村人共は天使様の言いなりなんだぁ? お前らは疑ったことはねえのかよぉ?」
我が父親ボニート。俺は本当にこの男の子供なのか疑問に感じている。誰に対してもへりくだる態度と物腰の柔らかさは見ていて虫酸が走る。
いつも周りに対して怯えている様子は見るに耐えない。何の才能も無いから仕方ないが、息子である俺にさえ怯えている。
「それはね、天使様がこの村にお恵みを与えて下さっているんだよ」
「だから、それを疑ったことはねえのかって言ってんだよぉ!」
話しにならねえ。
腹が立ちテーブルをバンッと音を立てて叩くと、ボニートは肩をすくめる。そのまま小動物のように怯えると、何も言わなくなった。
「色々考えてて、ジュストちゃんは頭が良いのね。お母さんはそういうことはよく分からないけど、お父さんはもっと勉強しなきゃね」
話しにならねえ奴が一人増える。
我が母親ベルティーナ。俺に対してはいつも優しく甘やかすが、頭は足りないくせにプライドだけは異様に高いことを知っている。
息子評としては、中身のないヒステリック母だ。
「でも、お母さん。天使様への御心はキチンと教えないと」
「うるさいわね! そんなことはあんたが考えることでしょ!」
恐る恐る返したボニートに対し、ベルティーナはピシャリと一喝する。
またこれだよ。
先程の発言も子供に寄り添っているようで、具体的な内容は話していない。今の発言も自身の無知さを棚に上げプライドの高さから無能ぶりを隠し、夫に責任転嫁をしているだけだ。
俺より何年も生きててこれかよ。まるで虫けらのようで、心底軽蔑する。
「――じゃ、俺もう寝るから」
まだガミガミとボニートを叱るベルティーナを尻目に、俺は家を出る。
こんな二人と同じ空間で眠るのは精神的苦痛だ。そう思いながら、村の雑務人に作らせた離れの家に移動する。
一刻も早く一人の空間が欲しかったため、一ヶ月で作らせた突貫工事の家だ。一人でいられることには満足しているが、部屋の狭さは不満が残る。
今度はもっと大きな家を村総出で作らせてやるか――。
頭の中でそんな当然のことを思いながら、夢の世界へと旅立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます