第19話「傲慢と嫉妬」

 何故、凡人は疑わないのか。

 少ない人生経験の中で、頭を悩ませ続ける難問だ。


 どうして天使を信仰しているのか、恩恵を授けてくれるのか、言うことに全て従わなければならないのか。


「なんで不思議に思わねえのかぁ!」

「なんで考えようとはしねえのかぁ!」

「お前らぁ――」


 必死に叫んで誰に聞いても答えは帰ってこない。

 俺を理解できない存在として認識し、ひたすらに拝まれる。拝むということは、同じ人間として扱ってないことと同意義だ。

 これは特別という差別だ。


 更に場面は移る。


「――ジュストくん。いくら子供だからって何でも許されると思わないの。それとも、そんなことも分からないくらい子供なの? それで、何を不思議に思っちゃいけないの?」


 テーアは、ババアらしく相変わらず嫌みったらしい。それでも俺への配慮であることは分かってる。

 農業人ではあるが取締役としての役割を果たしており、次の村主任候補の一人だ。

 面倒見の良さを考えれば、俺の愚かな父親よりも遥かに適任だ。俺が司教になった後も村主任をお願いしてやってもいい存在だ。


「うるせえなぁ、テーアおばさんはぁ。無駄に年喰ってくるくせに、疑う中身も分からねえのかよぉ」

「ジュストくん、そういう所が……」


 そして何よりテーアは、村の中で唯一凝り固まっていない価値観を持っている。軽口を叩きながらも、誰も耳を傾けてくれなかったその中身を話そうとする。


 そう思った瞬間、俺の背後から声がした。


「――テーアさん、人様の息子に難癖つけるなんてどういうつもり!?」


 後ろを振り向くと、ベルティーナが仁王立ちしていた。

 目はつり上がっており、怒気が立ち込めている。どうやらヒステリックモード全開のようだ。

 面倒くせえな。


「いい!? 私達村人はね、欲張っちゃ駄目なの。無心で無欲に天使様の祝福を受け入れて、謙虚に慎ましく生きていくべきなの。人様の子供をどうにかしようって、何ておこがましい思考回路なのっ!」

「あのね、ベルティーナさん……」

「やかましいっ! 私の息子はクレメンツァの希望なのよ? それを汚すような真似をして。ウチと比べてテーアさんの息子は何よ、アレ」

「それとこれとは話しが別でしょ」

「とにかくっ! 村主任の皆様に報告しますからね!」


 しかめっ面のままで俺の腕を掴むと、その場から連れ去られた。


 ――ロレンツォ宅に、ベルティーナが怒鳴り込む。


「あのね! ロレンツォ! ちょっと聞いてちょうだい!」

「ベルティーナ! 急にどうしたんだい!?」


 突然の訪問に、ロレンツォは驚く。

 どうやら他の場所から贈られて来た野菜を処理していたようだ。特別嫌いな野菜であるピーマンをこっそり廃棄処理にしていたが、ロレンツォはそそくさと隠した。


「テーアがね、私の大事な息子にケチを付けてたのよ! 信じられないでしょう? 子どもがいないロレンツォは分からないと思うけれど、とても辛いことなの!」


 うぜえな。俺は辛くねえよ。


「ベルティーナ! だからってシルベストリ家をどうこうはできないんだよ! 今は村長がいない大変な時期なんだから、皆で力を合わせて――」

「そんな悠長なこと言ってる場合!? 未来の司教にケチを付けるなんて、追放レベルの侮辱だわ。王族の娘だかなんだか知らないけどね、あんな馬鹿女はこの村に必要ないわ!」

「だから、ベルティーナ!」

「口答えしないで!」


 ベルティーナは怒りが最高潮に達しているようで、ロレンツォの言うことに対し、まるで聞く耳を持たない。


「――」

「聞いてくれ、ベルティーナ!」


 鬼の形相でヒステリックに叫び続け、怒りが収まるまでロレンツォを罵倒し続けた。


「それじゃ、私帰るから」


 一通り収まったベルティーナは俺の手を引くと、もう片方の手ドアに手を掛ける。


「どうしてこう、メノッティ家の人間は話を聞かないのかな……」


 ロレンツォ宅から出る瞬間に、ロレンツォがふと呟く。

 ベルティーナには聞こえなかったみたいだが、俺の耳にはハッキリと聞こえていた。



 ――――――――――――――――――――



 ある日の夜。

 いつものように、村主任や他の役職を含む村人共と会議などという大したことのないイベントに参加していた。

 俺はというと、次期司教確定者として参加している。


 主題は村長を誰にするか。

 俺には関係ないからほとんど聞いていなかったが、どうやらそれぞれの主義主張が平行線を辿り決着に至らないらしい。


 どうでもいいな。

 耳障りだから俺の喋りたいことを勝手に喋らせてもらおう。


「村長が誰だかなんていくら話したって決まらねえしさぁ、てめえらは黙って司教の俺の話しを聞けよぉ」


 参加者全員から、無言の視線が集まる。


「村長云々の前にさぁ、この村そのものとか、天使に疑問とか抱かないのかよぉ?」


 無言は続く。どう答えたら良いのか分かりかねるようだ。

 無能どもめ。これじゃ天使の操り人形以下だ。


「村の重役どもがこのザマかよぉ。俺が司教になったらてめえら全員首だからなぁ」

「おい、クソガキ。てめえ生意気なんだよ」


 そう言うとフランチェスコ・デ・パルマが立ち上がる。それは明らかに挑発的な口調であり、俺も思わず立ち上がる。


「何が疑え疑えだ。大人を舐めてんじゃねえぞ。ガキが一丁前に才能があるからって、調子に乗るなよ」

「なんだとコラぁ。俺とやるかぁ?」

「上等だよ。大人に力を……ぐぇっ、がぁっ」


 フランチェスコが言い切る前に、堪忍袋の緒が切れた俺は顔面を殴り、続けて鳩尾も殴り付ける。フランチェスコはギラつかれた目はそのままに、うずくまる。


「フィニート! ここは建設的に話し合う場だ!」


 すかさずロレンツォが、俺とフランチェスコを強引に引き剥がしにかかる。

 周りがざわついている。


「ロレンツォさんだって、良い人ぶらないで下さいよ! こいつに不平不満があるのは一緒じゃないですか!」

「ヴィ・フェルマーテ! 何度も言わせるな! ここは建設的な場だ! とにかく止めろ!」


 引き剥がした後、ロレンツォは必死の形相でフランチェスコを押さえ込む。何とか抜け出そうともがきながら叫んでいる。


「クソッ、離して下さいよ! この前も俺の娘にちょっかい出しやがって、このクソガキが!」

「てめえぇ、もう一発構してやるよぉ。次はマジーアで殺すからなぁ!」

「ジュストくん! それにフランチェスコもやめるんだ! お前がガキガキ言うなら、お前こそ大人げないだろ!」


 ロレンツォの言うことは全くもって正論だ。ガキ扱いしておいて、幼稚なのはてめえの方だ、フランチェスコ。


「ハイハイ、分かりましたよ、村主任様。それでも一言だけ言わせて下さいよ!」


 フランチェスコは顔を殴られたせいで鼻血を垂らし、歯と敵意を剥き出しにしている。


「このガキは、疑ってばかりで実行しやしねえ。とんでもねえ口だけ野郎だ」

「なんだとぉ!?」


 この期に及んで負け組野郎は何をほざいてるんだ。

 比喩でも何でもなく、消し炭にしてやる。


「そこまで言うなら禁忌の一つくらい侵してみろってんだ。どうせできねえだろ?」

「んだとコラぁ! やってやるよ! 楽勝だぁ!」


 売り言葉に買い言葉。フランチェスコは最後の一言と前置きしておきながら、お互い引くに引けない状況となる。


「おい、ジュストくん! それにフランチェスコもいい加減にしないか!」

「ハイハイ、やめときますよ」

「ぐぅ……」


 ロレンツォの一言で、その場は一旦収まる。フランチェスコは口を尖らせながらも、渋々従う。


 お前は疑うばかりだ――。

 その言葉が頭の中で響き渡り、その日の会議はいつもの調子とはいかなかった。これ以上この場にいるのは無理だと判断し、無言で外に出ていた。

 会議が終わるまで、無能な父親を外で待つことにした。何故そんな判断をしたのかは、自分にも分からなかった。


 会議が終わると、背後からテーアに呼び止められた。


「ジュストくん、ちょっといい?」


 そう言うと、そのまま俺の肩を掴んでくる。

 振り向くと、テーアの表情は真剣そのものだ。疑問系ではあるが、どうやら俺に拒否権はないようだ。


「なんだぁ?」

「あなたは特別、それは誰も疑いようのない事実よ。でも、その特別さについていける人間がそうそういないことも事実なの」

「あぁ?」

「私はあのベルティーナとは違うから忠告しておくわ。その特別さと傲慢さはね、尊敬を生むの。同時に嫉妬も生むの」

「何が言いてえんだぁ?」


 だからどうした、という内容だ。嫉妬されたところで痛くも痒くもない。

 俺の返答に、テーアは珍しく髪を掻きながら言葉を続ける。


「えーっと……だからね、誰しもがあなたのレベルに合わせた疑問や悩みを感じられると思わないこと」


 どういう意味だ。言ってることがさっぱり理解できない。


「私だって、天使様の仰ること全てが正解とは思ってない。それでもね、謙虚に生きるべきだとは思うわ。どこで誰が聞き、誰が見てるかなんて分からないもの」

「だからぁ、何が言いてえんだぁ?」

「――因果応報、という言葉を噛み締めなさい。嫉妬の力を侮ってはいけないわ。自分にも他人にも。それだけよ」


 言い切るといつもの平穏な表情に戻り、俺から去っていった。


「なんなんだよぉ……」


 どうも調子を狂わされる日だ。

 どこからか視線を感じるような気がしたが、それを気にしている余裕などなかった。

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