第10話「レベッカ・トンマージの野望」

「――そんなわけで、宿無しレベッカちゃんは、あわれ放浪生活となってしまいましたとさ。母親の血のせいで、男を喰わなきゃ生きていけない売女は、行く市行く町行く村で、行きずりの男と一夜限りの体を重ね、後ろ指を差されて追い出されましたとさ。めでたしめでたし」


 自身のエピソードを、あっさりと淡々に説明するレベッカ。

 時折乾いた笑いを見せながら、落ちぶれていく様をコミカルに話してみせる。ただし目は一切笑っていない。


「どう、聞いて得した? それとも、放浪中のあれやこれやも根掘り葉掘り聞いちゃう? 屈辱のあまり涙が溢れてハンカチ必須の感動モノだよ? それとも、亜人ってのを隠してクレメンツァへ潜入編なんか聞く? ハラハラドキドキのサスペンスモノだよ?」

「いや、遠慮しておく。お前が村を欲しがる理由も、何となく把握できた」


 ここまでのやり取りを聞いて、私は期待する。

 さあ、あの音が聞こえてくるぞ。耳を澄まし待ち構えるのである。

 心の奥底の蓋が開き、感情経験が溢れ出てきて私はその渦に飲み込まれてしまうのだ。溺れているはずなのに、もはや一種の快楽。


 目を瞑りながら両耳に手を当て、何かを待ちわびている私をレベッカは怪しげに見つめ、イブキは黒目だけを動かしてこちらを一瞥すると、交渉に移る。


 いやいや、そもそも心の中にいないじゃん。何たる失態。

 今更衝撃の事実に気付いた私は、急いで心ではなく会話の渦に戻る。


「それで、イブキはどうなの? 私は全部話したけど」


 途端にレベッカは真剣な表情と目付きになり、イブキに問いかける。それにしても、雰囲気の変化が忙しい人物である。


「即決だ。全面的に協力する」

「あらー、意外と簡単なのね。ビックリしちゃった」


 イブキの答えを聞いたレベッカは一転、おどけた態度に切り替わる。


「俺の目的は天使を殺すことだ。その後何らかのトラブルが起こる可能性を考えれば、こちら側の事情を知っているレベッカが村を掌握してもらった方が、事後処理が簡単だ」

「そっかー、確かにそうよね」


 天使殺害予告という、クレメンツァの村人にだけは伝えてはならない情報を暴露する。レベッカは取り立てて気にする様子はなく、協力する理由に納得している。


「それに、レベッカのエピソードは村の誰かにバレたら追放では済まない。その弱みをこちらが握っている限り、お互いの利益を追及するのが最も効率的だ」

「無知ってだけじゃないのね、正直感心したわ。それにしても、天使と会うじゃなくて殺すって言ったのは敢えて?」

「そうだな。そこに反発するようだと、そもそも協力関係が成立しない」

「別に私は天使様の祝福とか信じてないしー? 殺すとかどーでもいいのよね。ま、とにかく協力してくれるってんなら、やっちゃってよね」


 心底どうでも良さそうな口調で最後を締めくくる。

 文字通り天に唾を吐きかけるような行為である。よくこんな性根であんな信心深い村人を演じられたな、とつくづく思う。


「内容の確認に入る前に、お前は共犯者だ。ルキ、レベッカを解放しろ」

「了解した」


 イブキの指示に従い、レベッカを土の手錠から解放する。

 手の掌握運動を繰り返し自由になった実感を確かめつつ、嫌らしい笑みを浮かべながら私を見てくる。


「へえー、悪魔様の名前ってルキ様なんだ。思ったより可愛い名前じゃん」

「黙れ、生意気な小娘め。汝の行為について、イブキはセーフでも妾からしたらアウトじゃからな。次に怪しい動きをしたら、即刻この手で消し炭にしてやるからのう。覚悟しておけ、混血の売女め」

「怖い怖い。ごめんなさいねー、ルキ様」


 先程の行為を思い出し、つい怒りに身を任せてしまう。レベッカは舌をチロッと出して軽い謝罪をする。

 仮にイブキが誘いに乗った場合には契約内容に抵触してしまい、契約解除になりかねない危機であった。

 あまつさえ、そんな女とイブキは手を組むつもりなので、私が警戒していなければならない。


 私の脅しを聞いても、どこかヘラヘラしている彼女を見ていると、それも無駄なような気もするが。


「そういえば、何で俺を狙った?」

「それは簡単。サックバってね、戦闘能力は劣ってるけど優れてるところもあるのよ」

「というと?」

「察知能力、それこそがサックバの強みね。私は亜人だから弱くて悪魔は分からないけど、亜人と悪魔の契約者は察知できるのよね」


 サックバは人間もしくは悪魔の男の存在が不可欠である。ただしマジーアの才はそこまでないため、悪魔よりも人間の男が交配相手になることが多い。

 そのため、察知能力を駆使して生き抜く種族としても知られている。

 契約の活用や己の力を誇示して生きる多くの悪魔からは、「らしくない」という理由から忌み嫌われてしまう。

 人間から忌み嫌われる理由については、レベッカのエピソードが良い例である。


 とにかく、その能力により村に入ってきた時点でイブキが契約者だと察知し、担当案内人として取り入ろうとしたわけである。


「成る程。それで、まずはこちらからの要求だ。祈りとやらに参加させてもらうのは当然だが、できればレベッカにも同席してほしい。それと、祈りの日より前に天使についての情報収集もしておきたい」


 イブキは言い淀むことも真顔を崩すこともなく、スラスラと要求内容を伝える。契約内容を履行するために天使を知ること、殺す手段を見つけること、実行する場を作ること、の三つを達成目標として掲げてみせた。

 その隣で何も頭に浮かばず悪い意味で真顔を崩すこともなく、私はただただ二人を見ている。


「それは構わないわ。達成できるよう協力するわ。私の要求における利益が被る部分もあるしね」


 含みのある言い方で、レベッカは承諾する。


「それで、レベッカの要求とはなんなのじゃ?」

「この村にとって、都合の悪い秘密を知ること。それを材料にして、権力を奪い取る。その協力をしてほしいの」

「確かに、情報収集をしたい俺とは利益が被るな」


 決して力の強くないレベッカが、唯一己の望みを叶えるための方法。それは、情報や渉外という別角度からの攻撃。


「私はこの村に来てたった一年。その間に色々やってみたんだけど、望みを叶える協力をしてくれそうな村人は誰一人いなかった。運悪く外部の人にも恵まれなかった」


 疲れた声色で虚しそうに呟いた後、「でもね」と繋ぎながら声に力を宿す。


「一つだけ、ヒントがあったの。それがメノッティ家よ。案内人の誰も泊めたがらないし、他の村人も近付きたがらない。あそこの家にはどうも何かありそうなんだけど、それが見えてこないの」

「明日の夜に宿泊する予定の家だったな」

「そうね。イブキが契約者だと知ってたから、仕組んであったのよ。ロレンツォも断る理由はなかったでしょうしね」


 この女は初めからイブキに取り入った上で利用し、村の秘密を知るつもりであったようだ。良いように利用されている気がしないでもないが、そこはギブアンドテイクというやつである。

 私はどちらも出来ないのでルックアンドシーである。久々に何を言っているのであろうか。


「まとめると、起床してからは情報収集に徹し、夕方はメノッティ家で秘密を探る。そんなところで良いんだな?」

「そんな感じね」


 イブキとレベッカの方針は固まったようである。

 後は詳細を詰めるだけであるが、どうやらレベッカは急な睡魔に襲われたようである。


「あーあ、話しがまとまったら、眠くなっちゃった。おやすみー」


 レベッカは一方的にそう言うと、軽く欠伸をして体を伸ばす。

 自身の寝床へと戻る前に、イブキの顔を見据える。


「私、人間も悪魔も天使も大っ嫌い。だから、この村をメチャクチャに……」


 やさぐれていた目付きや表情が、徐々に演技めいた敬虔なる信徒へと戻っていく。


「して下さいね、イブキ様。私、あなたのことは、大好きかもしれませんから」


 両手を組み首を少し傾けおねだりするような態度で、道化を演じる謙虚かつ艶やかな女に戻ってみせた。

 その顔は少しだけ赤らんでおり、告白は嘘か真か、神のみぞ知る。


 天使を殺したい男と、居場所を奪いたい女。

 二人の協力関係が生み出す結末は、果たして――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る