第11話「演じる野望」
翌日、朝早くからイブキとレベッカは村長宅へ訪問していた。
天使殺しと略奪の筋を通すために、である。
「――天使様を知りたい、ねえ……」
とある要求を聞いたロレンツォは顎に手を当てながら悩んでいる。ちなみに私はこのセリフをもう五回は聞いている。
イブキは直立不動かつ真剣な眼差しで、村長を見据える。レベッカも直立不動であることには変わりないが、額からは汗が流れ出ており焦りが滲み出ている。
「お祈りに参加させていただくにあたり、私が無知なままでは村の皆様に申し訳が立ちません。少しでも天使様を知り、祝福のありがたみを理解した上で臨むことこそが、村長ひいては村の皆様への最大級の誠意なのです」
真剣なまでに天使を追及せんとする外部者を見つめ、さすがのロレンツォも呆れている。ちなみにこのセリフも既に五回目である。転生者から教えてもらった知識で表すと、これは俗に言う無限ループというやつである。
ロレンツォはため息をつきながら、やれやれといった様子でその視線をレベッカへと移す。
「昨日は殊勝と言ったけど、前言撤回だね。これはもはや狂信と言った方が良さそうだね。ボクも人の話を聞かないことには定評があるけど、これはすごいや。まさかレベッカはこの要求を知りながら、このボクの所へ案内したの?」
「も、申し訳ございません。旅人様がロレンツォ様に折り入って頼みがあるからと言って聞かず、家を勇敢に出発されたのでそのままお一人にするわけにもいかず、ここに来るまで私は信用できないから話さないと仰られまして……」
問われたレベッカは、困惑を隠そうとしない様子で返答する。
レベッカ側も外部者の突拍子もない態度に迷惑をしており、こちらも被害者であるというメッセージを暗に忍び込ませている。
「つまり、ここで初披露ってことだね。もう初どころか何回披露されてるか分かんないけど」
「私ごときが不用意な発言をして旅人様の怒りを買ってしまい、要らぬトラブルを招くのもどうかと思い、何も聞けずにここまで来てしまいました。度重なる失礼、本当に申し訳ございませんでした」
誠心誠意の姿勢を見せるため、レベッカはお辞儀どころか土下座をしてみせる。対するイブキはそんな様子を意にも介さず、直立不動でロレンツォを見据えている。
私は二人とも演技をしていると知っているから何とも思わず見ていられるが、予備知識無しでイブキを見たらとんだサイコパス野郎だぞ。
「ノンプロブレーマ! 問題は無いさ! だったらさ、レベッカが付きっきりで、村人達に質問させてあげなよ! ボクが一人一人に伝えておくべきなんだろうけど、それは割りと嫌だからロレンツォも許可してたよって言っておいてね!」
どこか吹っ切れたのか、いつものテンションを取り戻したロレンツォが、高らかに許可宣言する。
最後の部分で本音が漏れているが、それはもはやご愛嬌である。
「ロレンツォ様、本当に申し訳ございません。寛大なご配慮いただきありがとうございます」
「ありがとうございます、ロレンツォ様。本日は誠心誠意、天子様への理解に努めさせていただきます」
『まさに想定内じゃな』
事前の打ち合わせ通り、謝罪をしつつ心の中でほくそ笑むという展開に持ち込む。
後は適当に話しを合わせて退室するのみである。私は心の中で一息つき、イブキがドアへ向かうのを待っていた。
バタン。
扉が開き、突如来訪者が村長を呼びつつ姿を現す。
「ロレンツォ様!」
「キミは、ウンベルトか!」
これは想定外の事態である。
「実は、ロレンツォ様にご相談がありまして!」
「――それは、今すぐこの場でボクに話さないといけないのかい?」
ロレンツォが、苛つきを隠すことなくウンベルトへ問いかける。
無理もない。理解し難い狂信的な外部者への対応がやっと終わりそうな所で、これ以上厄介な相談など聞きたくもない。
「い、い、いえ、さすらいの旅人様についてのことで、後のお時間でも大丈夫です。お取り込み中に申し訳ありませんでした」
あたふたしながら、ウンベルトは謝罪する。昨日もそうであったが、この男はどうも天才的に間が悪いようである。
「マーレ! 良くないね! ご覧の通りボクは取り込み中なんだ! 今後は気を付けてね!」
「はい。申し訳ございませんでした」
もう一度謝罪すると、ウンベルトは足早にロレンツォ宅から去っていった。
「まったく、無知というのは大罪だ……」
去っていく彼を見つめながら、イブキとレベッカにギリギリ聞こえるくらいの声量で、ロレンツォはそう呟いた。
「スクーズィ! ゴメンよ! 改めてキミが村人に話しを聞くことを許可するよ! 楽しく聞いちゃってよ!」
再び仕切り直すと、ロレンツォは正式に村人への天使インタビューを許可した。
これは同時に隣で付き添う担当案内人、レベッカの企みも実行できることになる。
「フィニート! そういうことで今日はこれで終わり! レベッカにちょっと用事があるから、キミは先に外で待っててね!」
セリフを言いつつロレンツォはイブキの肩やら背中を押しながら、外へと追い出される。後は二人の話しが無事に終わるのを待つしかない。
「――さて、レベッカ。キミはどうも厄介なクジを引いちゃったみたいだね。初めて見た時からどうもおかしいとは思ってたけどね。あの男は、歪だよ、歪。姿形を保っているのがおかしいくらいさ」
外部者が外に出たことで、陽気にエクスクラメーションマークを多用する姿は鳴りを潜め、村を取り仕切る人間としての顔を覗かせる。
「旅人様をそう表現することには些か抵抗がありますが、ロレンツォ様の仰る通りかと」
抵抗という言葉を使いながらも、苦々しい顔で同意する。
「でもね、担当案内人がキミで良かったよ。これがウンベルトとか他の間抜けだったら、村が破綻しかねない」
「……」
間抜けという言葉に反応したのか、レベッカは無言になり怪訝な表情でロレンツォを見つめる。それに気付いたロレンツォは、両手を振り否定する。
「いやいや、悪口を言っている訳じゃないよ。多分キミ以外には、あの狂人を扱い切れないってこと。他の案内人なら、ボクの所に来るまでに執拗に問い質して、揉め事になってから来ただろうしね。それは一見ボクへの誠意に見えるけど、正直ただの迷惑でしかない。ここで初めてあの狂人に吐かせたことを、ボクは何より評価する。お陰でここだけの話しに出来ているしね。その方が扱いやすい。さすがだよ、レベッカ」
「ありがとうございます」
ロレンツォは身振り手振りで褒め称えた後、レベッカの両肩を肩を掴む。
「そういうことだから頼んだよ、レベッカ。何か怪しい動きがあったら、ボクに教えてね」
「承知しました」
「あの狂人は何か企んでるさ。協力するフリをして、村として奴を殺す。運の良いことに、明日は丁度祈りがある。天使様は決して、あの狂人を許しはしないだろうね。例え無事に出てこられたとしても、その先に待っているのは天界への浄化さ」
「間違いありませんね。必ずや旅人様を陥れ、始末致します」
ロレンツォの企みと、レベッカの頷きには、確かな決意があった。
「時にロレンツォ様、一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」
「なんだい、突然の愛の告白かい? 残念ながらボクは、今は亡き美しい妻を愛していたからね。ドキドキしちゃうな」
おどけながらもロレンツォは、言外に質問を許可している。
「可愛い女性と、美しい女性。ロレンツォ様はどちらがお好きなのでしょうか?」
「答えに困ることを聞いてくるね。まあ、ボクは可愛い女性が好きさ。レベッカのことも悪くは思ってないよ」
「ありがとうございます。それでは」
返事を聞いたレベッカは恭しくお辞儀をすると、ロレンツォ宅からゆっくりと去っていった。
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