第5話「望まれぬ祝福」
個性の塊である村長であるロレンツォへの挨拶を終えた後、何人かの村人とも挨拶を交わしながら、レベッカ宅へと戻る。
「こんにちは、旅人様」
出会う村人全員がこちらに気が付くと、手を振り挨拶をしてくれた。非常に気さくで接しやすいが、違和感を覚えながら挨拶をしていた。
どこかよそよそしい、そんな雰囲気である。
「こんにちは。そこで何をされて……?」
「旅人様、申し訳ございません。私は仕事がありますので……」
イブキが村人の詳細を聞こうとすると、どこかに去っていってしまう。どの村人で試しても同じような反応である。
レベッカはその様子を、表情をピクリとも変えることなくただ見ている。
『なんじゃなんじゃ、相当忙しくしているのかのう。村長の様子から見ても、外部の人間は歓迎されているような気がしたが』
『ロレンツォとレベッカの会話を聞いてたら、歓迎どころか厄介者だろ。勝手にやってきてタダ飯食らって人様の家に泊まって出ていく奴らのどこが祝福だ。関わり合いになりたくない村人の気持ちはよく理解できる』
そう表現されると、確かに祝福ではなく災厄をもたらす者の方が的を得ている。
天使が祝福しろと命じているから仕方なく従っていると見方を変えれば、本心では図々しい余所者だと思われても不思議ではない。
それでもイブキはめげずに、別の村人にも挨拶と会話を試みる。
「こんにちは」
「あら、こんにちは、旅人様。私は宿泊人のテーア・シルベストリっていうの。よろしくね」
返答を期待せず挨拶すると、律儀に名前と肩書きまで含めて挨拶を返してくる。
長身で細身ではあるが、顔付きなどからは華奢な印象は受けない。
とはいえレベッカと同じように修道服を纏っているため、切れ長で黒色の瞳を携えた一重の目と、薄い唇で凛とした顔しか見えてこない。
にこやかな笑顔を見せながらも、二人をしっかりと捉える目付きとその佇まいからはどこか落ち着いた雰囲気は感じられる。
「こんにちは、テーア様。ロレンツォ様に先程ご挨拶した際、ご事情をお伺いしました。外部の方を三組も泊めていらっしゃるとか。いつも村のために貢献されるそのお姿には、敬服するばかりです」
「あらあら、レベッカちゃんったら、一年たらずでお世辞が上手くなったものね。どうせ私は村人以外のおもてなししか能がないもの」
案内人と宿泊人の役割を考えれば、お互いの連携は密に取っているはずである。それを踏まえると、このような会話のやり取りは日常場面の一つなのであろう。
「それとレベッカちゃん、隣の方は旅人様でしょ? 良ければ私の家で泊めましょうか? 三組しかいないから、まだまだおもてなしする余裕はあるわよ」
「ありがたいご提案、ありがとうございます。ロレンツォ様ともご相談いたしましたが、こちらの旅人様にはメノッティ家をご用意する予定です」
恐らくレベッカは、三組も泊めているシルベストリ家への遠慮と配慮もあり、やんわりと断りつつ別の手立てを考えていることを説明したはずである。
それを聞いたテーアは、予想に反し眉間に皺を寄せるがすぐに笑顔を取り戻し、優しい口調で口を開く。
「あら、残念ね。また機会があれば、是非お会いして泊まっていただきたいものね。そういえば関係ない話なんだけど、ベルティーナさんがまた癇癪起こしちゃったんだって。デ・パルマ家の長女さんが収めに行ったらしいわ。もしも、あそこの家に行く用事があったらくれぐれも気を付けてね、レベッカちゃん」
「ご忠告、ありがとうございます」
世間話というやつか。
私とイブキには、本当に全然関係ない話である。どうやら天使様が治める村であっても、色々と大変なことが起きるようである。
村の日常の一部に頭を巡らせていると、何者かが走る音が聞こえてくる。
「テーア様!」
「あら、ウンベルトくんじゃない。どうしたの?」
気付けば、テーアにウンベルトと呼ばれた少年が猛ダッシュで駆け寄り、テーアとレベッカとイブキが話をしている間に割り込んでいた。
相当な走り込みをしたのか、両膝に手を付き息を整えている。少し経つとそのままの姿勢で顔だけを上げ、本題に入る。
「実は、さすらいの旅人様と名乗る方が急に村へお越しになられてまして。それが、ただならぬ雰囲気で――」
「あら、そうなの。ウンベルトくんも大変ね。担当案内人として、健闘を祈っているわ」
ウンベルトの話の途中であっさりとテーアは話を切り。立ち去る。
言葉を失ったウンベルトをそのままにして、テーアは振り向いた後に手を振りながら、家に戻っていった。
さすらいの旅人の話題については、どこか不都合だと感じたのであろうか。その様子からは、どこか打算的な印象を受ける。
「――難儀でしたね、ウンベルト」
「ええ。でも、あまりに急なことで村長様に許可を取っていなかったので、急いた私に非があります」
レベッカからの労いの言葉に対し、呼吸時の痛みを和らげるため、胸部を手で抑えながらウンベルトはそう答える。
「話は変わりますがレベッカ様、クレメンツァの仕組みについてはお話しされたんですか?」
「いいえ、帰宅した後にご説明するつもりです」
「そうですか」
そう言うと、レベッカの隣にいたイブキへようやく自己紹介を始める。
「レベッカ様の隣にいらっしゃったのにも関わらず、ご挨拶が遅くなり申し訳ありませんでした。私はクレメンツァで案内人をしております、ウンベルト・デ・パルマと申します」
時折息を切らしながらも、ウンベルトは律儀に挨拶をしてくる。背丈はイブキよりも低く、小柄である。
女性用と同様に黒と白から成る男性用の修道服を身に纏う。頭部には何も被り物がないため、薄緑のスポーツ刈りといった髪型であることが分かる。あどけない爽やかな少年、といった面持ちである。
そういえば、さっきテーアがデ・パルマ家の長女がどうのこうの言っていたな。
「ああ、よろしくな。それと、さすらいの旅人というのは?」
「それがですね……」
イブキはウンベルトがチラリと出した内容に気になったようである。
ウンベルトは質問に答えかけて、ハッとする。レベッカがこれまでには見せなかった鋭い視線を向けていたからである。
「ウンベルト、そこまでですよ。外部の方の身上をみだりにお話しするのは、村の掟に反します」
「はいっ、申し訳ございませんでした」
ウンベルトは直ぐ様レベッカへ謝罪する。これまでの様子を見るに、この男はどうも要領と間が悪いような印象を受ける。
野次馬根性丸出しであった私は、思わず『ちぇっ、つまらんのう』と心の中で思わず毒づいてしまう。
『案内人は担当って付くぐらいだから、各々が外部者を管理する。つまり、何か起きてもそれぞれでどうにかしろってことだろうな。良く言えば裁量権を持った仕事ができるし、悪く言えば不干渉。互いの困りごとなんて聞きたくもないだろうしな』
毒が聞こえてたのか、イブキは心の中でそう呟く。
「それでは、私はこれにて失礼いたします」
「ウンベルトにも、天子様の祝福があらんことを」
さすらいの旅人とやらの件もあるのか、ウンベルトは足早に去っていった。
見送りながらレベッカは、テンプレセリフを別れの言葉として添えた。
「それでは、私の家まで再度ご案内いたします」
ウンベルトが視界から消えたことを確認すると、レベッカはこれまでのことがなかったかのように、柔らかな笑みで案内再開を告げた。
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