第4話「村の長の祝福」

 村長の家まで到着するまでの間、歩きながら村全体の様子を見ていた。


 村の規模はそれほど大きくはなく、レベッカ曰く約三十世帯程度しかいないそうである。

 誰でも村人になれるわけではなく、選ばれた者しか村人になれない仕組みがあり、自由恋愛が許されていないことからお見合い結婚が常識だそうである。


 聞く限りでは、閉鎖的な村という印象が強い。

 これはもしかすると、村長は礼儀作法にうるさいかもしれない。富と財宝を司る私の知識を活かす場面のはずであるが、生憎クレメンツァに関する知識はゼロなのである。

 それというのも、悪魔は入れないらしいから仕方がない。


 レベッカが村長宅のドアをノックした瞬間、どんな堅物が出てくるのかと緊張する。

 待っていたのは開放的な歓迎であった。


「ブオンジョールノ! こんにちは! 旅人様! ここへ来たくれたこと、村長であるロレンツォ・コンカートが激しく歓迎しようじゃないか!」


 玄関の扉を開けた瞬間、目にも止まらぬ早さで強烈な抱擁がイブキを襲う。

 イブキよりも背の高い筋骨隆々な男が、慈愛を込めて旅人を思い切り抱き締めてくる。肺を押し潰されたイブキは口をパクパクさせながら、必死に酸素を求めている。


「スクーズィ! ごめんね! ボクとしたことが、旅人様に出会う嬉しさで、殺しちゃうところだったね! さあ、中へどうぞ!」


 うっかり殺人の罪を犯すところであったロレンツォは、イブキを解放しながら適当な謝罪をしつつ、中へと招く。


 中は平屋建てのワンルームである。必要最低限の物しか置かれておらず、なかなかに殺風景である。

 築年数が経過しているせいなのか、不自然なまでに木の床には高低差がある。

 村長の家にしては随分質素な印象を受ける。いや、むしろ天使の信徒を束ねる立場だからこそ、そうしているのかもしれない。


「ロレンツォ様、いつにも増してお元気なようで」


 イブキとロレンツォのそんな様子を見たレベッカは一ミリたりとも動じることなく、今日は天気が良いですね程度の挨拶をする。

 隣でイブキは肩を大きく上下動させながら、酸素という酸素を吸収している。


「ハハハ! レベッカも、いつも通り案内人の仕事をこなしてくれて、ボクは嬉しいよ!」


 対するロレンツォも挨拶代わりの言葉を元気に繰り出す。

 それにしても、語尾にエクスクラメーションマークしかない村長である。語尾に落ち着けて丸を付けた会話はできないのであろうか。


「そうそう、旅人様への挨拶が遅れたね! ボクはロレンツォ・コンカート! クレメンツァの村長さ! ……ってさっきも名前は言ったね! ゴメンゴメン! まあ、ボクのことは気にしないでさ、村でゆっくりしていってよ! 天使様も祝福してくれるからさ! よろしくね!」


 イブキの肩を強めに叩き豪快に笑いながら、ロレンツォは強引な挨拶をする。

 会って間もないが、間違いなく細かいことは気にしなさそうな男である。


 改めてロレンツォを観察してみる。

 焼けた褐色の肌に短めの金髪、上裸にピンク色のハーフパンツに黒色のサンダル。胸元には天使のタトゥーに果実らしき物を輪切りにした形のペンダントトップが付いているペンダント。

 両腕には、葉っぱらしき形をした物が繋がり輪を成しているブレスレットを、何個も装着している。


 以前に会った転生者が教えてくれた名称を思い出す。

 これはまさか、ギャル男とかいう存在に違いない。確か記憶によると、海を好みサーフィンという板に乗る奇妙な戯れをしているらしい。

 その上ビーチとかいう暑さ極まりない苛烈な環境で、パツキンのチャンネーとやらをナンパというマジーアで討伐しているらしい。


「それで……」

「もう一つ言い忘れてた! ここにいるレベッカはとっても優秀な案内人なんだ! まだここに来て一年しか経ってないけど、すごい頑張り屋さんなんだ! 結婚して旦那さんがすぐ死んじゃったのに、めげずに張り切ってくれてるんだ! 何の縁もないこの村にそうやって尽くしてくれてるんだから、村の皆も一目置いているんだよ!」


 言いかけたイブキを遮って、唐突なレベッカ自慢を始める。

 真ん中辺りでさらっと重たい話をしているが、全体的に勢い溢れる言葉の数々のせいで、良い具合にマスキングされてしまっている。


「私が新参者であろうと、この村が私へ施して下さったご恩を忘れることなど生涯できません。それはロレンツォ様をはじめとする村の皆様と、ここにいらっしゃる旅人様方々へ、一生をかけてお返しすべき恩なのですから」

「ペルフェット! 相変わらず完璧だね! その調子で頑張ってよ!」


 今度はレベッカの肩を強く叩きながら労う。

 そうそう、と何か思い浮かんだような口調で話題を変えてくる。


「旅人様は、どこに泊めるんだい?」

「旅人様はお昼寝を所望されていたので、私の家を提供いたしました。本日はそのまま私の家に宿泊していただき、明日以降も宿泊が必要でしたら、メノッティ家を利用する予定です」

「メノッティか……うん! あそこならいつでも泊まれるね! そしたらさ! ボクからも明日までにメノッティ家へ声をかけておくよ!」


 一瞬顎に手を当て難しそうな表情を浮かべるが、すぐに最初から見せている陽気な雰囲気に戻った。


「ロレンツォ様のお手を煩わせてしまい、大変申し訳ございません」

「ベーネ! いいともいいとも! あそこ以外となると、レベッカも手配が面倒だろうからね! 特にシルベストリ家なんか三組同時に泊めてたくらいだしね!」


 どうやら余所者をどこに泊めるかの相談である。善意でタダで泊めてくれるとはいえ、宿の確保は面倒事のようである。


「おっと! そういえば、デ・パルマ家に行かなきゃいけなかったんだ! レベッカ! 宿泊の話もまとまったし、ボクはそろそろ出掛けるよ!」

「かしこまりました、ロレンツォ様。旅人様と私は、これにて失礼いたします」


 レベッカはそう言うと丁寧に一礼し、ロレンツォに背を向けて外へ出ようとした。


「あっゴメンゴメン! そういえば、一つだけ旅人様に聞かなきゃいけないことがあってさ! 旅人様は、天使様の祝福を信じているかい?」

「ええ、信じております。直接お会いしたことはありませんが、こうして無事に旅ができることや、人との巡り合わせに出会う度に、天使様のお導きを感じております」


 問いに対し、イブキは澄み切った表情でテンプレ的な正解をさらりと答える。


『んな訳ねえだろ。天使様が一ミリでも俺を祝福してたら、あんな人生送ってねえよ』


 などと心の中で私に愚痴をこぼすことも忘れていない。


「殊勝な心掛けだね! ここの村人にならないかオファーしたいくらいだ! 明後日は天使様とお会いできるがあるし、旅人様も折角だから天使様を見ていきなよ!」


 答えを聞いたロレンツォは、天使を信仰する村の長とは思えないぐらいの気軽さで、天使見学に勧誘する。


「光栄です。是非ともよろしくお願いします」


 まさか天使を間近で見れるとは。

 異世界転生者かつ天使を討ち滅ぼす契約があるイブキにとっては願ったり叶ったりのイベントである。どこにも断る理由がない。


「そっか! それじゃあ、天使様を実際に見て、同じことを思うかまた教えてね!」


 ロレンツォはお茶目に片目をウインクさせながら、ドアへ向かうと強烈な動作でこじ開け、外へ出ていった。

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