第6話「モンドレアーレ」
『さてと……勝負ありじゃな。遠くには悪魔の気配はあるが、暫くは問題無いじゃろう』
初回契約のサービスを終えた私は、イブキの心の中に帰還していた。
『アンタは実体化も出来るんだな。中にいると心を読まれて面倒だから、普段は外に出れないのか?』
プライバシーの侵害というやつか。現代人とやらはそれに随分うるさいと聞いた覚えがある。そんなに知られて困ることなど、思春期の男子以外は持っていないはず。
それにしても、いつになったらアンタ呼びから卒業してもらえるのであろうか。
『すまぬ。妾は力を一定以上使うと、実体化が保てなくて契約者の中に戻ってしまうのじゃ。まあ、一日経てば回復するから、安心せい』
契約したばかりで不慣れであることと、張り切って目一杯力を使ってしまったことが災いし、すぐに心の中に戻ってしまった。
『そんなこと契約内容には……まあいい、周りに悪魔がいないなら、俺の質問に付き合ってもらおうか?』
『構わん。好きにせい』
イブキに死なれると困るのは私なので、構わんどころか全て解説したいところである。さあ、スイッチオンとしよう。
しかし、ここは余裕を持ったレディでリードでエスコートである。我ながら何を言っているのか、皆目検討も付かない。
『いくつもあるが、まず理解したいのは三つだ。アンタが日本を知っているかどうか、ここは何の世界なのか、年数という概念があるのか、教えてほしい』
『なるほどな。一つ目は、知っておる。ただし実際に行ったことはないのう。かつての契約者から聞いた話だけじゃ。そして二つ目。この世界はモンドレアーレと呼ばれておる。最後に、今は神歴1990年じゃな』
何故この三つを選択したのであろうか。
先程まで表面上だけは聞こえていたはずの、イブキの心の声が漏れなくなってしまった。さてはコイツ、私に声が漏れないコツを掴んだな。
『俺が転生前にいた日本では、西暦2020年だった。三十年のズレというのは……まあそれは大きな問題ではないからいいか。その、モンドレアーレとかいうこの世界は具体的にはどんな世界なんだ?』
日本とやらでは2020年なのか、初めて聞いたな。
最後に契約した日本人は確か、MDプレーヤーがもうすぐ発売なんですとか言っていた気がする。
手に入る前に異世界転生したから残念でならないとも言っていたな。いやいや、それはいったい何年の話だ。
『モンドレアーレは、一つの大陸のみで構成されておる。転生者にどんな形なのかを説明するのは難しいが、地球のオーストラリアとかいう国とほぼ一緒じゃと説明すると、だいたいの者は理解してくれるな。更に契約前にも少し伝えてはおるが、この世界には、人間と天使と悪魔がおって、簡単に言えば天使は人間を救う存在で、悪魔は人間を陥れる存在じゃ。人間はどちらにも振り回される可哀想な生き物じゃな』
『大陸のことは理解した。それじゃ天使と悪魔がどんな存在か、具体的な想像が付かない』
『実際に会わんことには、説明と理解が難しい部分もあるのは理解してくれ。天使は普段は天界に住んでおるが、時折人間界に降臨して、悩める人間を救うのう。悪魔は普段から人間界に住んでいて、獲物となる人間を探しておる。人間を食らう奴もおるが、契約して強くなる奴もおる。悪魔同士で敵対することも珍しくないのう』
天使と悪魔については、イブキの世界では空想上の存在ということは知っている。見てもらった上で疑問に答えないと理解ができない存在なので、嘘は言っていない。
『もっと聞きたいところだが……まあ見たことがないからな。ひとまず実際に会った上で、色々と聞かせてもらおうか。さて、悪魔を少しだけ知った上で、改めてアンタが何者か聞きたい』
待ち望んでいた、自己紹介タイムである。ここでどれだけ好印象で点数を稼げるかが、今後のイブキ攻略のしやすさに関わってくるのである。
『我が名はルキ、財宝と富を司る悪魔界の重鎮じゃ。財宝と富とは、金銭では無くこの世における知識や知恵などの、あらゆる
ノープランで大見得を切っておいて、私はこの先の言葉を躊躇う。おいおい、大事な自己紹介のはすだぞ。私自身の語彙力を恨まざるを得ない。
これ以上の説明は弱みを見せることになり、イブキの失望を招きかねない。
『何でもいいから言え。契約している以上、嘘はつかれたくない。アンタがどうであれ、嘘が無ければ俺は常に契約を遵守する。メリットしかない契約なんて、それは詐欺と同じだ』
イブキの口調に必死さと怒りが加わり、私の言葉を急かすように早くなる。詐欺とまで言われれば、さすがに説明せざるを得ない。
『そうか……ガッカリするでないぞ。妾は悪魔界の重鎮で、それなりの立場があるのは事実。じゃが、現在は力を失っているせいで、力そのものに制限がある上、財宝と富を司る記憶も朧気じゃ。つまり本来の力には程遠いのじゃ。更に言えば、妾は人間と契約しなければ実体化を許されぬ存在であり、契約無しには人間も悪魔も物理的に襲うことはできん』
『そうか、納得したよ。本来は、さっきの異形もとい悪魔みたいに、俺を食らって強くなることも出来たはずだ。それをしなかったのは、アンタには何らかの不具合があるのではと思っていた。アンタを全部知った訳じゃないし知るつもりもないが、弱みを正直に見せる奴は多少なりとも信用できる。俺は契約上、アンタを裏切ったりはしない。だが、アンタが嘘を付けばその限りじゃない、それだけは覚えておけ』
何だか納得してもらったようで良かった。契約解除を迫られる最悪の事態は免れた。どうやらイブキという男は、私がどんな悪魔かよりも、契約内容を守れるかどうかの方が気になるみたいである。
無論、私からは裏切る気などない。むしろ逆の事態が起きないか、ビクビクしている次第である。
『それともう一つだ。さっきアンタが出した火、あれは何だ?』
日本とやらにはマジーアも無いのか。これも失念していた。
果たして転生前のイブキは、どうやって生活してきたのであろうか。
『そういえば言ってなかったのう。この世界には、マジーア【magia:魔法】が存在するのじゃ。二種類から構成されておる。まずはエレメント【elemento:要素】と呼ばれる代物で、アックア【acqua:水】、フオーコ【fuoco:火】、テッラ【terra:土】、ヴェント【vento:風】の四つから構成されておる。もう一つが、アイウート【aiuto:助】と呼ばれる代物じゃな。これは要するに補助魔法じゃ。妾が得意とするのは後者で、イブキの体を治したのもこの力じゃ。さっきフオーコを出したのは、まあ初回特典のようなものじゃ。派手な方がカッコいいじゃろう?』
マジーアの説明ついでに、余裕ありますアピールも忘れない。
『この世界には魔法があるのか。うう……それで……マジーアというのはどんなものがあるか…見せてくれるか……?』
一方のイブキに余裕は無い。マズイ、忘れてはいけないのはアピールではなく、こちらの情報であった。
『今は実体化が出来ん以上、イブキの目の前で見せることは叶わん。それと、三つ目の契約上で理を授けるのは、一度では今の量が限界じゃ』
『……確かに妙に頭が痛いが、それは何故だ?』
『いくら契約したからといっても、人間一人の器には限りがある。イブキは気付いておらんが、今は契約内容の三つ目がオンになっておる。つまりはイブキに力を与え続けるモードじゃ。普通は聞いた話なぞ、人間は無意識にほとんどを忘れるようにできておる。じゃが、オンのモードだと妾の言葉と能力全てがイブキの頭の中に入るようになっておる。単純に器を越えた水は溢れる。しかもこの水は酸になり、器を溶かすこともあり得る。過去の契約者に強欲な者がおってな。一度に全ての力を授けたみたことがある。そしたらのう……』
『いや、聞かなくても分かる。微妙に説明が遅い気がするが……アンタが話したことは、体が本当だと訴えている。理解した』
転生してきたばかりで慣れていない部分もあるからなのか、与えられる力は少なかった。そのうち増えてくるであろう。
ここからは、契約内容の三つ目はオフモードにした上で、行動に移していくことにする。
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