第7話「城内突入」

 三つ目の契約内容を実行したところで、次は実際の行動へ移ることにする。

 イブキにとっては慣れない世界であるため、行動については私が手を引くことができなければ、待っているのは破滅である。この世界の理を知るものとしての、威厳を見せておかなければならない。


『では、妾との契約も済んだとなれば、真っ先に魔王城へ行き悪魔王に挨拶せねばな』


 そう、イブキは契約者である。しかもそれなりの地位を持つ悪魔と。その条件を生かさない手はない。アテもなく世界を放浪していくよりも、まずは悪魔王と会った上で、指針を決めた上で行動をしていく方が危険が少ないはず。


 私は今度こそ失敗せずに、この世界を生き抜いていかなければならないのだから。


『却下だ』


 私の温情溢れる素晴らしい提案に対して、冷めた声でイブキは即答する。


『な、何故じゃ!? まずは悪魔王に顔を覚えてもらい、直属の部下として仕事でも貰って、それから……』


 どうにかしてイブキに納得してもらわなければ。そう思い焦る私は次々に具体案を出そうとする。


『アンタは本当に、財宝と富を司るそれなりの地位の悪魔なのか? 今のまま行ったところで、まともに取り合ってもらえるのか? 俺は無名で無力だし、アンタは所詮制約付きの雑魚だぞ? もし会えたとしても、いいように使い潰されて死ぬのがオチだ』


 散々な言い様ではあるが、一方で真実でもあることを告げる。確かに現状では、二人とも悪魔側にとっては大した戦力にはならない。

 それでも、である。


『し、しかしだのう……そこは妾が上手く交渉してだな……』

『無理だ。もしかしたらアンタは何らかの実績を証明できるかもしれないが、俺は何も証明できやしない。契約者である以上、俺自身が使える人間であることを証明する必要がある。現時点でそれは無理だ』


 どう説得しても駄目なようだ。現状自分達二人が無能であることは明らかであり、イブキの発言に反論する論拠がない。


 そもそもそれなりとはいうものの、名ばかりの地位しか持っていないので、今の悪魔王は私のことをどこまで覚えているのか不安になってしまった。私が手を引いてあげなければならないというのに。


 考えろ私。イブキも驚くような名案を出さなければならない。今こそ全ての理を解放する時である。


『じゃ、じゃあ、イブキはどうするというのじゃ?』


 解放した末たどり着いたのは、ヤケクソ気味にパートナーへ丸投げするという、愚策極まりない答えであった。


『決まってるだろ。この土地の城主様とやらをぶっ殺す。あの悪魔は城主様と言っていた以上、理不尽に襲われた復讐をさせてもらう。俺が悪魔王に会うのは、証明できる準備ができてからだ』


 いや、それは危険である。そもそも悪魔を殺すのは、契約違反な気がする。しかし違反条項の警告が表示されない以上、ここの町の悪魔を殺すことが結果的に悪魔の覇権へとつながると判断されているのだろうか。

 スピード重視であり仕方なかったとは言え、さすがに杜撰な契約内容であったことに、人知れず頭を抱えていた。



―――――――――――――――――――――――



 時と場面は移り、眼前には城がある。町中にいた頃には、遠くに見えていた城である。


 それは一本の円柱であり、細長い形をしている。頂上には王冠のような形が見えるため、城であると認識できる。

 近くで見るとかなりの箇所でヒビ割れが起きており、歪んでいる。思っているよりも築年数が経過しているのか、それとも別の理由で劣化しているのかは分からない。


 城の周りに城壁は無く、街と分断するかのような森に囲まれているだけである。入り口も縦横3メートル程度の扉が二つ付いているだけである。


 扉の前に、イブキと私は立っている。まあ私は心の中で待機中なのであるが。その横に一人、見慣れない女も立っている。

 身長は、イブキの顔一つ分くらい小さい。真っ赤なショートボブの髪が特徴的であり、パッチリ二重であるが垂れ目という、これまた特徴的な目をしている。スレンダー体系であり、総合的な評価をまとめると可愛い女性である。

 もしイブキがグラマーな体系よりも、スレンダーな体系の方が好みであった場合、契約違反になりかねない容姿である。


 しかし、その女の表情はどこか冴えない。体は小刻みに震えており、顔も少し青白い。目線も緊張からか照準が定まっていない。


「アンナ、そんな緊張するな。手筈通りで頼む」


 アンナと呼ばれた女は、イブキの顔を見てぎこちなく微笑む。無理をしているのが明らかであり、これからのことを考えるとできる限り、自然な笑顔を見せてほしい。

 何故アンナが隣にいるのかについては、後で説明しなければならないが、ひとまず目的を達成するためとだけ説明をしておく。

 現在はそんなことよりも、この城の主を討つことが先決である。


「あの、イブキ様……こんな所まで来て申し上げることではないのかもしれませんが、これが正しい行いだとは思えません。もう少し思い直してみても……」


 ぎこちない微笑みのまま、アンナはイブキに訴えかける。

 ほんの少しの台詞だけで善人と分かる彼女は、イブキに対する心配と、自分自身への疑問から、未だ決心が付かない部分があるようだ。


「正しいかどうかは関係ない。俺はこの城の主に、理由無き絶望を強いられた。そして、アンナは裏切られた。だから復讐する。復讐こそ人生における苦渋なる美徳の一つだ。俺はその考えを一片たりとも変えるつもりはない。アンナが復讐そのものから裏切るというのなら、俺は決して許さない」


 ごぼり、と。イブキの心の中に、どす黒い渦が溢れだす。それはやがて大きな濁流となって、私の心すら呑み込み、もはや流れに抗うことは許されない。

 復讐と裏切り、それはイブキの中に巣くう強烈な感情の源流。少し前に感情経験の一片を垣間見た私からすれば、泥のように苦く汚ならしいはずのこの渦を、どこまでも飲み干したくなる。


「わ、分かりました。ですがイブキ様、くれぐれもご無理はなさらないで下さい。本来は、私達町の民どもが解決しなければならなかったのですから」


 目線の焦点が定まらないながらも、アンナがイブキに申し訳なさそうにそう告げる。


「アンナ達のことはついでだ。この街の仕組みを利用する訳だから、気にするな」


 イブキがそう言うと、ついにアンナは決心したようだ。目線が定まり、扉の前の一点に集約される。


 その扉を空け、二人と心の中にいる一匹は城の中へと入っていく。

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