第4話「初回特典異形撃破」

『どうやら、上手くいったようじゃのう』


 どこからともなくルキの声が聞こえる。しかし音源は耳元ではない。目の前にいないのに声が聞こえるという怪奇現象に驚かざるを得ない。


『――アンタはどこにいる?』

『アンタなどとつれぬことを言うのじゃな。契約相手ということは、パートナーなのじゃからルキと呼ぶのじゃ。ちなみに今の妾はイブキの心の中におる』


 随分と哲学的な表現だ。お前という存在は、俺の心の中で永遠に生き続けるつもりか。


『哲学的などではないぞ。契約できたからイブキの心の中におり、故に心の中で対話ができる、そういう仕組みじゃ』

『どういうことだ。対話どころか読心術でも使ってるのか?』

『否。対話は勿論のこと、イブキの心の声、つまり思考も読み取れる訳じゃ。もちろん全てを読み取れる訳ではないがのう』


 衝撃的な事実を告げられる。それは不法侵入であり、プライバシーの侵害に他ならない。いくら契約で力を借りなければならないとは言え、不平等極まりない立場に置かれている。


『つまり、アンタに嘘が付けないということか。そうなると……』


 自分なりの考察を言いかけて、突如気付いた事実に思考が移る。


『いや、心の中での対話か。上手く理解している訳じゃないが、アンタが心の中にいるお陰で、アンタと話すのは俺の中だけで完結する。つまり外部には内容が一切漏れないということだな?』


 そう、心の中での対話に口は必要ない。文字通り心が必要なのだ。

 心の中にもう一人の自分がいて、その自分に話しかけるイメージだ。実際にはもう一人の自分、というのはこの場合ルキになるのだが。

 普通に生きていたら他者と心の中で対話する経験なんてないと思うので、このイメージが伝わるかどうかについては責任が持てない。


『じゃからアンタではなくルキと……まあ良い、お主の気付いた通りじゃ。妾がイブキの心の中におる限り、他の者に介入できる余地などない。つまり二人だけの愛の園ということじゃ』


 随分と便利な能力だな。使い道はいくらでもある。

 最後の言葉については、心の中であるにも関わらずよく聞こえなかった気がする。


『この対話の仕組みだけは理解できた。それと……』

『イブキが妾に聞きたいことが山程あるのも理解できておる。じゃが、時間切れじゃ。後にせい』


 ルキが俺の質問を止める。聞きたいことがまるで聞けない散々な日である。それでも、この場を乗り切らないと次がないことは重々承知している。


 時間がないということは、とうとう奴が来たということである。

 そういえば満身創痍であったはずの体を起こし、左右を見渡してみる。体がすんなりと立ち上がったことには、疑問を持つ余裕がなかった。


 気付けば異形は数メートルというところまで近付いていた。ルキとの会話と対話に夢中で物音に気付けなかったのであろう。

 ようやく獲物に出会えた嬉しさからだろうか、異形は先程会った時よりも口角が上がっている。涎の量も当社比二倍増しだ。


「チョロチョロと逃げやがって、やっと見つけたぞ。お前程の絶望は見たことがない。これが城主様にバレたら俺が喰えないからな。その前にゆっくりいたぶって殺して喰ってやらないとな……」


 ちゃんと話を聞いてみると以外と饒舌だな。やはり、人を見た目で判断するのは良くない。

 いやいや、その前に何故異形の話が聞き取れる。


『何を驚いておるのじゃ。妾と契約した以上、この世界に適応できるのは自然の理よ』


 そういうことか。早速契約成立によるお得な特典を実感しているわけだ。


『まずは異形と親睦を深められることが分かったが、どう倒す? アンタとの契約内容で、アイツを殺れるのか?』

『無論。まずは契約成立の初回限定大サービスじゃ。妾が直々にあやつを始末してやろうぞ』


 余裕が出てきた俺の軽口に対し、ルキも軽口で返答する。それは随分と頼もしいことで。


 ルキが言うや否や、俺の胸から黒い渦が飛び出してきた。やがてそれは形を形成し、ルキそのものに変化し、俺の目の前に現れた。

 先程とは異なり、下半身は消えておらず黒いパンツスーツであり、完全にキャリアウーマンである。


「ヌフフ……ようやっとシャバに出られたわい。この感覚は何年ぶりじゃ? 最高じゃの、ヌハハハハハハハァ!」


 ルキはシャバとやらに出られたことが相当嬉しかったのか、目の前に敵などいないかのようなテンションで笑い続けている。


「てめえら、契約者か。しかし、いきなり出てくる契約なんて知らねえし聞いたこともねえ。てめえは誰だ?」


 異形にとっても不思議な光景だったのか、さっきまでつり上がっていた口角は下がり、表情も曇っている。獲物だったはずの存在が引き起こした想定外の事態である。


「妾の存在も知らぬ愚か者に、名乗る名などないのでな。汝の最大のミスは、この男と契約しなかったことじゃ!」


 俺の前に出ながら、腕捲りをしてルキが挑発する。


「てめえがどんな悪魔だろうと関係ねえ。二人とも喰えば結果は同じだ。ウラァッ!」


 異形は掛け声と共に飛び掛かってくる。

 ルキと契約したから一定の安心感はあるものの、その姿には本能的に背筋がゾワリとくる。嫌でも喰われる感覚に襲われてしまう。


「……マジーアの才が無いか使えても引き出す脳が無いか、まあどちらでも消し炭にすれば結果は同じじゃな」


 ルキはそう呟くと、異形に対し、開いた両手を突き出しながら聞き馴染みのない言葉を唱える。


「ブルーチョ【brucio:燃】」


 刹那、ルキの両手から大量の火の塊が飛び出した。火の塊はすぐに異形の体に移り、その体を容赦なく燃やし始める。


「ウアアアアアアア!」


 異形は体を捩らせながら、燃えていく苦痛に悶えている。

 どれだけ体を動かそうとも、可燃物と認識されているその体は燃え止まない。肉が燃える時に出る独特の異臭が、嫌でもルキの力とこの世界にいる事実を認識させる。


 やがて燃え尽きたのか、異形からは声も聞こえなくなる。かつて異形であったその塊はただの黒い炭となり、目の前に倒れた。

 あまりにも呆気なく終わったその闘いに、現代人である俺は処理能力が追い付いていない。上手くコメントもできず、ただ立ち尽くすのみであった。


「どうじゃ、契約して良かったじゃろう? 以後、よしなに」


 ルキは振り返ると、そんな俺に満面の笑みを向けた。

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