第一章 「異世界転生と貧しい悪魔の町」

第1話「謎の世界」

「ここは、どこだ……?」


 まさかいい年こいて、こんなありきたりかつ非現実的なセリフを言うことになるとは思わなかった。

 起きたら全く記憶に無い光景を見ているので、発言内容そのものは間違ってはいないのだが。


 自分自身はいつから寝てしまっていたのか思い出せない。そもそも寝る前はどこにいたのだろうか。脳内フォルダを必死に検索するが見つからない。

 どこか重要な場所にいた気がするが、どこかすら何をしたのかすらも思い出せない。ということはきっと大したことではないのだと推測される。


 今はそんな脳内話をしている場合ではない。脳外、つまり目の前の光景を推測するべきである。


 そう思い見てみると、似たような構造をした建物が並んでいる。

 石造りの建物が左右に規則正しく並んでいる。建物の形は大体が四角形で窓が規則的に並んでいる。色はクリーム色だ。

 素直に趣を感じる綺麗な建物だと思える。しかし窓は何故だか暗く中は見えない。


 この建築様式の群れは、どこかで見たことがあるような気がするな。しかしその肝心のどこかは思い出せない。

 起きてから思い出せないことが多くて困ってしまう。このままだと自分自身が何者かも忘れしまいそうだ。


 ふと足下に目をやると、形は歪ながら地面も石造りであることが分かる。つまり最低限は道の舗装が為されていることになる。


 周りを見渡してみると、自分が立っている道は大きな一本道であり、遠く見た先により大きな建物が見えている。この一本道はいわば国道のようなものであり、大きな建物は円柱みたいな形をしているので、多分この町の城主の家とかそんなところだろう。


 建物と建物の間には規則的に細い道がある。ドローンでも飛ばせばハッキリと分かりそうだが、町全体の形は田の字のようだと考えられる。

 田の真ん中の一本線は太く大きな一本道で、その他は細い道といったところだろうか。


 ふと空に目を向けてみると、澄み渡る青空が広がっている。涼しげな風が気持ちよく体を吹き抜けていく。


 一通り見渡した上で、先程ともう一度同じ言葉が出てくる。


「ここは、どこだ……?」


 少なくとも日本ではないだろう。建築物の根本的な部分が違う。日本の建物はこんなに色も形も等間隔も均一ではないはずだ。どこかは具体的に思い出せないにしても、これはヨーロッパみたいな街並みだ。

 それもビルが立ち並ぶ超近代的なレベルではなく、かなり歴史を感じるので中世とかそんな時代設定だろう。

 確信が無いのでどうしても先程から多用している「だろう」、という語尾が付いてしまうが。


 待て待て。脳内の前にもっと優秀に検索できるあの子がいるじゃないか。これを真っ先に思い出せないとか、現代人としてどうなってんだ。


 そう思い両方のポケットに手を突っ込むが、愛しのあの子はどこにもいない。というよりも、服を着ている以外に所持品が無いことに今更気付く。


 服も黒いTシャツに青いジーパンというラフな格好をしている。おかしいな、寝るときはスウェット派なんだけどな。ジーパン履いたまま寝るとか相当疲れていたのだろうか。


 これじゃあ迷い混んだIT企業の実業家みたいだ。

 大体こんな屋外で寝るわけがないということには、あまり思考が向かない。


 財布も無いとなると、身分も証明できなければ買い物もできない。よく考えれば、ストレスが溜まった時にニコチンを補充する例の棒もない。

 いわゆるないない尽くしってやつである。


 こうなると、アナログな手段で情報収集するしかない。

 目に見える看板とかで場所を推測したり、人間と話をすることによって状況を明らかにしていくのである。現代人はもう少し地道な苦労というものを知るべきである。


 そう思い再度周囲を見渡すと、ようやく自分が置かれている状況の異常さに気付いてくる。


 まず、建物の看板らしき部分に書かれている文字が全く読めない。漢字、ひらがな、カタカナのどれにも属さない。その上アルファベットでもない。アラビア語のような字体でもないので、ヒントすら与えてくれない。

 強いて言うのであれば、複合した直線の組み合わせみたいな文字である。何を言っているのか分からないかもしれないが、これ以外の表現が思い浮かばない。


 先程はヨーロッパみたいな街並みと頭に浮かんだが、文字だけ見るとそもそもここは地球のどこなのかすら理解できなくなる。気候から推測すれば、寒さの厳しい国で無いことは確かである。

 しかしそんな国はいくらでもある。


 更に異常といえるのは、周囲が無音ということである。いまいち非現実感から抜け出せないのはこのせいだ。風の微かな音は聞こえるが、物音や人の声といった生活音は全くない。

 俺という人間が、ジオラマの中にポツンと置かれているような状況である。


 そして無音となれば当然、俺を除いた人間が見当たらない。町であるにも関わらず、最も異常なのはこの点である。足音すら聞こえないということは、周囲にも人がいないということだ。

 これでは会話から情報を引き出すどころではない。まず人間を見つけなければならない。


「すいませーん、誰かいますか?」


 大きな声で何度か呼び掛けてみるものの、どこからも反応は無い。片っ端からドアを叩いてもいいのかもしれないが、文字が読めないことを踏まえると、コミュニケーションが取れない可能性がある。


 これでは八方塞がりである。

 こうなると、この辺りに留まっている意味はなさそうなので、先に見える大きな建物に向かってみるしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る