「そう、そんな夢を……」


 僕の話を聞いた凛は、小さな声で呟いた。よく見ると、何故か彼女の手は小刻みに震えている。


「どうした?震えてるみたいだけど」

「ううん、ちょっと思い出したことがあって。そっか、うん……そっか」


 凛は繰り返しうなずく。震えていると思った彼女の顔には、笑顔が浮かんでいた。


「ねえ、高校生ってことは、きっと秀くんが初めて話しかけてくれた頃だよね」

「そうかも。こっそり片想いしてた隣のクラスの女の子が、偶然通った空き地に一人でいるんだから。神様がチャンスをくれたんだと思ったな」

「あはは。それで話しかけてきたんだ」

「笑い事じゃないから。あれは人生で3番目に緊張した」

「3番目?」


 僕は凛を抱きしめる手を緩め、こっこりポケットに手を入れる。


「2番目は卒業式の日。告白したとき」

「ああそっか。でもそんなに緊張してるように見えなかったけどな」

「そんな事ない。ダメだったらどうしようって手汗すごかった」

「ふふ、じゃあ1番は?」

「今」

「今?」


 大きく息を吸って、ポケットの中の物を取り出し、彼女の目を見る。


「佐山凛さん、保科凛になりませんか」


 ああだめだ、声が震えてる。だけど、もう止めるわけにはいかない。


「結婚、してくれませんか」


 これを言う勇気がなかなか出なかった。彼女を本当に幸せにできるか自信がなかったから。


 だから思い出の場所で星を見ることで、勇気をもらおうとした。

 そこで思いがけず、高校生時代の彼女に出会う夢を見た。愛おしくて仕方がなかった。


 彼女のことを幸せにできる自信が突然湧いてきたわけではなかったけれど、今も昔も、本当に彼女のことが好きだと実感できた。これからも凛と一緒にいたい。そう思えて、ようやく決心できたのだ。


 自分で言った通り、これまでの人生で1番の緊張を感じながら彼女を見る。


 こちらを見つめる彼女の瞳からは、涙が溢れていた。


「っ……!はいっ……!よろしくお願いします」

「頑張って幸せにします」

「うん!」



 安心感、それから大きな大きな喜びで凛をまた力強く抱きしめた。



 そうだ、明日もう一度だけあの空き地に行こう。

 また夢の中で、高校生の凛に会えたらお礼を言わなければ。



-fin-

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アステリズムの夜 町川 未沙 @sasame_yuki

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