失恋したあの夜からも、私は毎日未練がましくあの空き地へ通っていた。

 だけどもちろん、そこにシュウさんが現れることはない。


 冬休みに入り学校がなくなると、昼間からずっと空き地にいた。去年だったら部活で忙しかったはずだけど、辞めてしまった今は何もやることがない。


「……てか今日クリスマスじゃん。世間は幸せムードなのに、私はいったい何してるんだろ」


 口に出すと寂しさがいっそう増す。

 いつまでもこの場所に執着していたって意味はないのに……。


 あの日、彼が消えたのを見て、そもそもシュウという青年は、私が勝手に作り出した幻だったんじゃないかという気がしてきた。


「もう全部忘れちゃおうかな」


 ポツリと呟いたその時だった。


「佐山さん?」


 どこかで聞いたことがあるような声に苗字を呼ばれた。

 その声の方を見ると──


「シュウ、さん……?」


 長めの前髪に、筋の通った高めの鼻。

 今まで暗いところでしか見たことがなかった好きな人が、そこにいた。


 何で?もう来ないって言ってたのに……


 だけど私は、すぐに自分の間違いに気がついた。今目の前にいる彼は、顔の感じや全体の雰囲気、声などがシュウさんそのものだけど、どう見ても年齢は私と同じぐらいだ。


 それに、シュウさんは私の苗字なんて知らないはずだ。

 私に見つめられる彼は、驚いたように目を見開いて言った。


「佐山さん、僕の名前知ってるの?」

「え?あ、ごめんなさい、人違い。えっと、そっちこそどうして私の名前を?」

「そりゃ知らないか。学校同じなんだ。2年2組の保科ほしなしゅうです。3組の佐山さやまりんさん、だよね?」

「ほしな、しゅう……」


 “しゅう”

 同じ名前だ。


 そう思った時、私の頭中で唐突に、シュウさんとの会話が蘇ってきた。


 星を好きになったきっかけは、名前が星みたいだから。“シュウ”という名前のどこが星みたいなんだろうかと不思議にだったけど、名前というのが下の名前のことではなく、苗字のことだったら。


 例えば、“ホシナ”みたいに。


「2組なら、化学の先生は沢野先生よね?」

「……?そうだけど」


 シュウさんも、化学の担当は沢野先生だったと言っていた。モノマネが通じたのだから、間違いなく同じ先生のはずだ。


 だけど、それはありえないのだ。

 沢野先生は、3年前に初めて、私たちの通う東高に転任してきたのだと授業中に言っていた。10年近く前に東高を卒業したシュウさんが、沢野先生の授業を受けていたはずがない。


「保科くん、ちょっと左手貸して」


 私は保科くんの返事を聞く前に彼の左手をとり、躊躇なく袖をめくった。


 その腕には──


 オリオン座のように並ぶほくろがあった。



 ……ねえ、やっぱりあなたは──


「さ、佐山さん?」


 顔を赤くしながら少し慌てる保科くんに、私は涙を堪えて微笑みかける。


「ねえ、ここすごく星が綺麗に見えるの。今夜一緒に見ない?保科秀くん」


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