「でもさ、星を見てたら悩みがどうでも良くなる気持ちは、わかる」


 シュウさんはしばらくしてからボソリと言った。

 彼はおもむろに服の左袖をめくって、腕の内側を私に見せる。


「僕の左腕のここ、がオリオン座みたいに並んだほくろがあるの、見える?」

「あ、ホントだ」


 薄暗い街灯に照らされながら見ると、確かに大きめのほくろが綺麗にオリオン座のように並んでいるのがわかる。


「だけど本当の星座って、このほくろみたいに同じ平面上にあるわけじゃない。

オリオン座の右上の星、ベラトリックスは地球から約244光年。光の速さで進んでも、ベラトリックスまでは244年かかる」

「……ものすごく遠くにあるっていうのはわかります」

「うん。でも冬の大三角も構成している左上のベテルギウス、あれは約642光年。

隣に並んでいるように見える二つの星は、実は400光年ぐらい離れてる。その400光年離れた星の光を地球人は平面上にあるかのように見て、“星座”なんてものを勝手につくってる」


 シュウさんはそこで言葉を切り、ふっと笑った。初めて見る笑顔かもしれない。


「どう?スケール大きすぎて訳わかんないでしょ」

「はい……」

「そんな訳わかんないほど大きなことを考えてると、こんな小さな惑星に住む自分のことなんて、塵みたいに思えて、いつの間にか悩みが消えてる」

「ん……確かに」


 星までの距離なんて今まで考えたことなかった。

 そうか、隣同士にあるように見えるあの星とあの星も、本当はずっと遠くにあるかもしれないんだ。


 それが地球というこの惑星にいる私の目から見たら、奇跡的に隣合って見える。


「すごいなぁ」


 ずっと見ていた星空が、そう考えるだけで全然違って見える気がする。


 ずっとずっと、このまま星を見ていたい。

 そう思った矢先に、ポケットに入っているスマホのバイブ音が鳴った。確認すると、帰りがいつもより遅いのを心配する母からだった。

 私は慌てて部活が長引いたという言い訳を返信してから、シュウさんに尋ねる。


「あの、次はいつここに来ますか?」


 もっと彼と話をしてみたい。星のことを教えてもらいたい。


「最近は毎日来てるから、たぶん明日も来る」

「私も来ていいですか?また一緒に星を見たいです」


 お願いします、と両手を合わせると、シュウさんはそっぽを向いて答えた。


「別にここは僕の土地ってわけじゃないし、勝手に来たらいいんじゃないの?」

「わ!ありがとうございます!じゃあまた明日!」


 私はペコリと頭を下げ、カバンを持って空き地を出る。


 数十メートル行ったところでふと振り返ると、そこにはもう人の姿はなかった。

 シュウさんも帰ったのだろうか。ああ見えて望遠鏡の片付けに時間は大してかからないものなのか。


 まあ、明日また聞いてみれば良い。


 私はどこか高揚した気分で家まで走った。




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