シーグラス
冬に砂浜を歩いた。友人が歩こうと言ったからだった。
小雨が降っていた。構わないと思う程度の小降りだった。
風は弱く波も穏やかだった。それでも波打ち際ギリギリを歩いている時、さぁーっと寄せる波に驚いて、友人はぎゃあぎゃあと逃げた。
先導する足跡を追うように歩いた。
砂浜に打ち上げられたものは、どれも摩耗していた。
シーグラスは稀で、ほとんどは単なる石か、単なる綺麗な石か、欠けた貝殻か、あとは全てゴミと断じてしまえるようなものたちだった。
日々移り変わる砂浜の様相を眺めに行ける距離ならば、ビーチコーミングも楽しかろうなと思った。
しかし、ゴミというのも因果なもので、ゴミとして生み出されるゴミは本来ないはずなのだ。
ゴミは観測者の価値観に依存する。資源ごみの日に積まれた本などは、つい背表紙を眺めてしまう。中には目ぼしいものとてあるのだ。
ビーチコーミングで面白かろうなと思える最たるものはシーグラスである。あれは単なるゴミが一周まわって「なんとなく綺麗で危なくない代物」に変化しているのだ。
本来の役目を終えて、あるいは本来の役目を外れたことで、モノはゴミになる。缶詰は保存に適している。だが中身を食べ終われば、残った容器はゴミになる。読み終えた本や飽きた玩具も、ことによってはゴミになる。
無論、コレクターでもない限り、飲み終えた後の瓶もゴミだ。それが道端に落ちていても、わざわざ拾って捨ててくれる人が居ただけでも善良さを称えても良いくらいだ。
それが、海で流され削られ続け、丸みを帯びることでシーグラスとなった途端に価値が生まれる。羨ましくさえある。
だが結局のところ、それを自分が拾ったところで、一時の話題の種にしかならない。
去り際、私はシーグラスを砂浜へと投げ捨てた。どうか、価値を見出してくれる何者かに出会ってくれればいいなと願いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます