躊躇のない会話

 大学の部活仲間と飲み会に行った。あっという間に一〇時を回っていた。

 割合に混雑する時間の電車だったが、幸いにも座ることができた。

 隣には三〇にはなるであろうOLの女性。無論、会話などない。

 電車が揺れていた。つまらないまとめサイトを巡り、ゲームをしているうちに、電池の残量が心許なくなっていた。

 車窓に反射する己を見る。高校時代よりは垢ぬけただろうか。大差ないように思えた。ファッションなど興味がなかったのだ。いや、己の見た目に期待がなかった、と言うべきか。

 不満のない日々だった。大学生活は程々に気の合う友人や先輩に囲まれ、華やかさはなくとも楽しかった。

 最寄り駅まで、あと二駅だった。

 斜め前の座席に、くたびれ寝ているサラリーマンがいた。様子がおかしかった。

 座る姿に理性がない。椅子に引っ掛けたシャツのように、自主性を重力に委ねているように頭が股へと下がっていた。

 男の口元から、細く絶え間のない茶色い液体が零れ、床を汚していた。

 寝ぼけていて開いた口から、コーヒーが立ち去ってゆくだけなのだと信じようかと思った。

「あれ、血ですかね……」

 俺がギョッと見ていたように、隣のOLもギョッと見ていたようで、どうもだんまりも無理な様子であった。

「どうなんですかね……コーヒーかな……」

 後にも先にも、電車で見ず知らずのOLと話をした経験は、この一度だけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る