第四走 そのパターンね
ゴブリン達が完全に見えなくなったところで、ユウマは馬車に近づく。
「あの、君、大丈夫……?」
「だ、大丈夫です……ご助力、感謝します」
声を掛けると、よほど恐ろしかったのだろう、少女はかすれた声で言った。端正な顔立ち、艶やかな金髪を肩口でそろえたボーイッシュな髪型、こちらを見詰める瞳は宝石のような鮮やかな碧眼。
息を飲む。ユウマはこの世界にいる神様に感謝をした。チュートリアルで助けられた女の子は八割がた主人公に惚れる。
胸が高鳴る。目の前の少女は、正にヒロインと呼ぶに相応しい美貌の持ち主だった。これがハーレムものなら、後から仲間になる個性豊かな美少女達のせいで徐々に影が薄くなっていくかもしれない。しかし、今は何の関係ない。彼女こそがメインヒロインだ。
「私はウィンザーク伯爵家の長子でフィンと申します。このほど領地の父が危篤で――」
美少女フィンは胸に手を当て、自己紹介をする。
「……長子、なあ、いま、長子っていったよな」
何やら事情を説明してくれているようだが、ユウマはまるで聞いていなかった。
『言ったわね』
長子とは長男の事を指す言葉である。
「つまり、女子《ヒロイン》じゃない……ッ!?」
『いや、そりゃそうでしょうよ』
クロエが鼻で笑う。
言われてみれば、フィンの服装は典型的な貴族令息のそれである。濃紺のコート、白いシャツ、ベスト、ハーフパンツ。髪だって女性にしては短すぎるし、身長も高すぎる。
「ちっ、野郎かよ」
『舌打ちしないの。相手はどう見ても偉い人なんだから』
思わず舌打ちをするユウマを、相棒がそっとたしなめる。
「――のため、護衛も付けずに旅をしていたのです。貴殿は命の恩人です。是非、一緒に我が家へ来て欲しい。きちんとした謝礼を……いかがなされた?」
「……えっと、どういう状況?」
あまりのショックに放心状態だったユウマは、フィンの話をすっかり聞き流していた。
『要約すると私たちと一緒に来てってことらしいわ』
「なるほど……あー、そのパターンね……」
異世界あるあるの二大勢力がひとつ、助けた相手が偉い人のパターンだったようだ。近隣の町の有力者で、上手く友好関係を結べば街に入ってから色々と便宜を図ってもらえるという特典付き。
フィンは、声を潜めて相談し合う人馬の様子を奇異の目で眺めていた。どうもクロエの言葉は、他の人には伝わらないようだ。
ユウマは咳払いを一つすると、声をかけた。
「えっと、フィンさん」
「はい」
「年頃の妹さんとかおられますか?」
「いえ、我が家は男ばかりですが……それが、なにか?」
「なるほど。お助けたことに関しては気にしないでください。すいませんが、先を急ぎますので、これで……行こう、クロエ」
『ちょっと、ユウマ?』
ユウマは馬首を巡らせて先に進もうとする。
正直、フィンがヒロインでない以上、しかも妹もいないのであれば、この場に留まるメリットは少ない。権力者パターンの場合、初期は何かと助けてもらえるものの、関係が深まるにつれて権力闘争に巻き込まれるなんて展開になりがちだ。
――イケメンお貴族様のために、命とか絶対張りたくないわぁー。
クソイケメンのためにそんな面倒くさいことに関わるなんてまっぴらごめんである。生活基盤が整うまでは仕方ないとして、いずれフィンの手の届かない場所に拠点することも視野にいれなければなるまい。
――まあ、俺にお貴族様が利用したいって思うくらいのチートが宿ればの話だけどな!
それより何より、今はクロエのことが心配だった。
先ほどの戦いでクロエを長時間走らせてしまった。かなりの負担だったに違いない。汗だって掻いているのだ。早く水場を見つけてやらなければ、ユウマはともかく、クロエが干上がってしまう。
申し訳ないとは思うが、こちらもかなり切迫した状況なのだ。大したメリットもないのに付き合ってやることは出来ない。
「お、お待ちくだされ」
すると目の前に壮年男性が立ち塞がった。先ほどの戦いで腹を刺されて倒れていた人物である。手当ては受けているようだが、まだ痛むのだろう、引きつったような動きだった。
「ハルク、大人しくしていろ! まだ治っていないんだ」
フィンがハルクを座らせる。相当無理をしたのだろう。シャツから滲み出た血痕が僅かに広がったように思う。
「私の事はよいのです。旅の方、どうか若様を、若様だけでも、街へ連れて行ってくださいませ。もちろん、報酬は弾みます。前金でローラン金貨五〇枚、無事、街まで連れて行ってくださったなら更に五〇枚をお支払いします」
勘弁してくれ、とユウマは思った。貴族の依頼を断った場合、街に戻ってから何らかの報復措置を取られる可能性がある。だって、相手は権力者だから。言う事を聞かない平民なんてプチっと潰したくなるに違いないから。
――だから、謝礼も受け取らずに立ち去ろうとしたのに!
「本当にすいません! 同行したくても出来ないんです! 着の身着のままこの草原に放り出されてしまったせいで、水もないし、このままじゃクロエが倒れちゃうから」
『あ、バカ』
追い詰められたユウマは、馬鹿正直に断る理由を喋ってしまう。
「水や飼い葉なら馬車にあるものをお使いください。たくさん用意してございます」
ハルクはそう言って、幌馬車を指し示す。
「馬車移動なの忘れてたーっ!」
『バカねえ……』
ユウマは頭を抱え、クロエは小さく鼻を鳴らす。
『ユウマ、ここまで来たら乗るしかないわよ。どうせ逃げ道なんてないんだから』
何とか打開策を見出そうと頭をフル回転させるものの、優しくクロエに諭されて断念する。
「……それでは、遠慮なく……」
そう言って、ユウマは大きく肩を落とすのだった。
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