第2話 先輩の秘密

 水沢優が猫神様に遭遇した翌日は、優の学校はちょうど一週間に一度ある委員会の日だった。

 

 月に一度発行する図書委員会からのお知らせを作っていたが、幸運なことに優は例の片想いをしている先輩の藤堂綾と同じ班である。

 

 一年生二人、二年生二人の少人数で構成されているこの班は、綾が中心となって今月のおすすめの本やお知らせを広報に書くことになっていた。

 三年生は受験間近のため、ほとんど学校にこないし、実質一年生と二年生だけで活動している委員会は、二年生が中心となって進めていくことが多い。


「それではみなさん、今月のおすすめの本の名前と、印象に残ったところや良かったところを挙げてください」


 綾に促されると、優以外の生徒たちがそれぞれにおすすめの本を挙げていき、綾はノートにメモを取りながらそれを聞く。まっすぐでサラサラの長い黒髪、整った横顔、ノートにメモを取る姿も美しく絵になる。


「水沢くん、お願いします。……水沢くん?」


 美しい綾に優は見惚れてしまっていたが、綾から名前を呼ばれてアワアワと口を開く。


「え、え、と、あの……僕は、……、恋する猫が住む街、がよかったかな、とおもいま、す……。こ、この本は、その……、たくさんの猫たちの視点から書いた本で……」


「水沢くんもその本読んだの?

私もお気に入りの一冊よ。面白い本よね。

水沢くんは、どの猫が一番好き?」


 おすすめの本を言うだけでしどろもどろになっている優にも綾は優しく微笑み、そんな質問を投げかける。しかし、まさかそんな質問をされるとは思ってもみなかった優は、ますますパニックになってしまった。


「え、ぼ、僕はとくに、その好きな猫というのは……」


 ああ、またやらかしてしまった。またかっこわるいところを見せてしまった。

 せっかく先輩が話題を振ってくれたのに、速攻で話を終わらせてしまった。


「そうなの。特定の好きな猫はいなくても、楽しめる本だものね」


 情けない返ししかできなかったのに、優しく返してくれる綾に、優はますますいたたまれなくなる。


 それぞれがおすすめの本を挙げおわり、まとまるための話し合いの最中も、凹んでいる優はろくに話し合いにも参加できなかった。


 綾のことが大好きだから、綾の前ではなるべく良いところを見せたいのに、緊張してしまって、良いところどころかダメなところばかりを見せてしまう。せっかく猫神様に会えたのに、相変わらずヘタレな自分に優は頭を抱えずにはいられなかった。


 *


 委員会が終わり、優はトボトボといつもの神社に向かう。


 (猫神さま、本当にいるのかな……)


 猫神様に今日もくるように言われていたが、家に帰って冷静になってみると、やっぱりあれは自分の夢か妄想だったのではないかという気がしてきたのだ。


 夢なのかも。いや、現実かも。

 二つの思いがせめぎ合うなか、優は一段ずつ石段を登り、社殿の近くまで行くと、やはりそこには誰にもいなかった。


「やっぱり……。猫神さまなんて、いなかったんだ」


 分かっていたことではあるが、ほんの少しだけ期待してしまっていた優はショックを隠しきれず、大げさにため息をつく。日課になっているお祈りをすることも忘れ、きびすを返した途端、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「神社に来ておいて、何もせずに帰るとは不信心者め」


「……えっ?」


 ハッとして優が後ろを振り返ると、そこにいたのは、平安時代の男性貴族のような衣を身につけ二本足で立っている猫。そう、猫神様だった。


「せっかくお主の願いを叶えてやろうと思ったが、……」


 腕を組み、冷ややかな目で優を見つめる猫神様に優はあわててすがりつく。


「あわわ! ちが、違うんです!

猫神様を疑っていたわけじゃなくて、自分のヘタレ具合に落ち込んでいたっていうか、……」


 いや、本当は猫神様の存在には半信半疑だったが、どうにか猫神様のご機嫌をとろうと、優は矢継ぎ早に学校でのことを告げる。


 猫神様に見捨てられたら、自分はもう終わりだ。筋金入れのヘタレが、自分だけの力で先輩と仲良くなるなんて絶対に無理だ。


 なんとも情けない理由ではあるが、借りれるものなら猫の手でも借りたい優は、必死に猫神様に訴えた。


「好いたおなごとまともに話せぬとは、情けないやつじゃのぅ。しかし、わしにすがりつく根性があるならばなんでも出来そうなものじゃが」


 晴れの日も雨の日も暑い日も寒い日も、毎日神社の石段を登り、未知なる猫神様にもすがりつく根性を他のところにはいかせないものなのか……。猫神様は、呆れながらも首をかしげるが、まあよいと小さくつぶやいた。


「そんなお主に朗報じゃ。藤堂綾の情報が分かったぞ」


 猫神様のお言葉に、優がパッと顔を上げる。しかし、次に続いた言葉を聞いて思わず顔をしかめる羽目になってしまった。


「藤堂綾は、猫が大好きなのじゃ」


「え、……へ?」


「なんじゃ、聞こえなかったのか。では、もう一度だけ言うぞ。藤堂綾は、猫が大好きなのじゃ」


「いやいやいや、それは聞こえましたけど。

猫って……、そんなことか……」


 どうやって調べたのか分からないが、もっと有効な情報を期待してしまった優は、大変失礼なことを口走ってしまった。


 優が自分の発した言葉を後悔した時は、時すでに遅し。


「そんな態度なら、もう協力してやらぬぞ」


 また、猫神様の機嫌を損ねてしまった。


「わわっ! あ、ありがとうございます!!

藤堂先輩は猫が大好きなんですね!

貴重な情報ありがとうございます!」


 毎度おなじみのやりとりをした後、優はふとあることが頭によぎった。


 同じ図書委員会の先輩のことが好きだとは猫神様にも言ったけど、名前までは言っていないはず。だけど、猫神様は確かに彼女の名前を言い当てた。それに、よくよく考えてみたら、猫が好きというのも真実なのかもしれない。先輩は、今日の委員会の時に猫に関する本に特別興味を示していた。


 やっぱり猫神様は、言い伝えられている通りにすごい力を持っているのでは……?


「あのぅ……、猫神様ってやっぱりすごいんですね。そのすごいお力で、僕のヘタレをパパッと治したりできませんか?」


「たわけ。そんなことできるか。

わしとて万能ではないわ」


「で、ですよね~……」


 なんとなく予想はしていたが、冷たい猫神様の答えに優はガックリと肩を落とす。


「優、人間というものはお主の思うより複雑なのじゃ。人の心を無理矢理変えることは、神でさえも不可能ぞ。

わしに出来ることは、人間が前に一歩踏み出す勇気を与えるだけ」


「前に、踏み出す勇気……」


 諭すように言われた猫神様の言葉を優は噛みしめるように繰り返す。


「まあ、要はわしが面白いと思うことしか協力せんと言うことじゃ」


 感銘を受けていた優も、さすがに次に続いた言葉にはずっこけずにはいられなかった。

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