お願い!猫神さま

春音優月

第1話 猫神さま登場

 日本の各地には、ほとんどの人が知らない一風変わった神社があるという。


 たとえば、一生懸命な人が大好きで誰かの願いを叶えることが生きがいの犬神様が祀られている神社だったり、寂しさを抱えている人を放っておけない兎神様が祀られている神社が日本のどこかに存在するらしい。


 そして、風変わりな神社の中でも特に癖が強いと噂されている神社が……


 *


「猫神さま、猫神さま、お願いします。

どうか僕の願いを叶えてください」


 猫神様が祀られている神社の近くの高校に通っている水沢優は、毎日この神社にきて熱心に手を合わせていた。


 よほど叶えたい願いがあるのだろうか。

 今年の夏頃から姿を見せるようになったが、季節が変わり、手がかじかむくらいに冷え込む朝が続いても、優はこうして毎日登校する前か学校帰りにここにきている。


 熱心に通っているにも関わらず、この神社に祀られているとされる猫神様は一向に優の願いを叶えてはくれなかった。


 この神社には、どんな願いも叶えてくれる猫神様がいらっしゃるという噂があり、優もそれを聞きつけてきたうちの一人だ。

 なんでも、はるか昔この地方に流行ったひどい疫病から人々を救ったと噂されているようだが、実際にそれを心から信じているものは数少ないだろう。


 こうして毎日拝みにきている優でさえ半信半疑ではあったが、優はもうワラにでもすがりたい気分でここまでしていた。


 神頼みでも何でもいい、この際借りられるのなら猫の手でも借りたい。

 そんな罰当たりなことを頭の片隅でこっそり考えながら、優は今日のお賽銭を終えてから手を合わせる。


「猫神さま、僕はこの近くの高校に通う水沢優です。いつも僕たちをお守り頂きありがとうございます」


 作法にのっとり、猫神様に挨拶をしていた時だった。


「しつこいのぅ、おぬし。もうおぬしの名前はとうに覚えておるわ。面倒だから無視しておったが、こうも毎日こられるとうるさくてかなわん」


 社殿から突然声が聞こえてきたかと思ったら、優の目の前に猫と人間の間のような生き物が現れたのだ。


 その生き物は真っ白な毛並みの猫のようでもあるが、眉毛は平安貴族のようなマロ眉毛であり、これまた平安時代の男性貴族が着ていたような衣を身につけ、二本の足で立っている。背丈はちょうど三歳児くらいの大きさであった。


「な、な……!?」


 見たこともないような生き物が目の前に立っている。しかも、今、しゃべったか!?


 信じられない事態に優は目を大きく見開き、口をパクパクさせて猫のような生き物を凝視している。


「何を驚いておるのじゃ。おぬしがわしを呼んだのであろう。おぬしの願いはなんじゃ?ほれ、ゆうてみよ」


 猫のような生き物は、声も出ないと言った様子の優に面倒くさそうに再び声をかける。


 おぬしがわしを呼んだ、ということは、この猫のような生き物が噂の猫神様ということだろうか?


 信じられないし、理解が追いついていかない。声に出さなくても、神通力がなくても、誰でも分かってしまうくらいに優は考えていることが顔に出てしまっていたが、こんなチャンスを逃すわけにはいかないと思ったのだろうか。


 優はどうにか息を整えると、ようやく口を開いた。


「え、あ……、ぼ、僕はその、実は同じ図書委員会の一つ年上の先輩のことが好きなんですけど、先輩はめちゃ美人で可愛くて頭も良くて優しいから憧れてるやつもたくさんいて、僕なんか絶対無理だって思うんですけど、でも僕先輩のことがすっごく好きで、だからあの僕、先輩と少しでも、な、仲良くなりたいんです……っ!」


 よほど緊張しているのか興奮しているのか分からないが、早口でそう言い終えた優は息を荒くしている。


 気になる女の子ぐらいは今までもいたが、優がこんなにも誰かを好きになるのは初めてだった。だから、暑い日も寒い日も晴れの日も雨の日もかかさず神社に足を運び、いるのかどうかも分からない猫神様に毎日祈っていたのである。


 しかし、先輩と付き合いたい、ではなく、仲良くなりたいと言うのが、彼の性格と人柄をよく示していた。


 学年は違うが、同じ委員会なので定期的に関わる機会はあるのに、優は緊張して先輩と話すことさえまともにできない。

 特別勉強も運動もできるわけでもなく、外見もどこにでもいそうな中肉中背平凡な容姿、それに加えてどちらかと言うと気が弱い優にとって、彼が恋をしている先輩は高嶺の花のような存在だったのだ。


「毎日毎日うるさいから来てやったら、そんなことか。そんなのでーとにでも誘って、さっさと想いを伝えればよかろう。そんなどうでもいいことでわしの手を煩わせるでないわ」


 優の願いを知った猫神様は大げさにため息をつき、社殿に引き返そうとしたが、優がざざっと砂利の音を立てながら駆け寄る。


「そんなぁ! そんなこと言わないで、そこをなんとか! もう僕どうしたらいいのか分からないんです」


 情けないこと極まりないが、足元にすがりつかれてはさすがに無視できないのか、猫神様はしぶしぶながらに足を止めた。


「はぁ……、仕方ないのぅ。おぬし、猫は好きか?」


「……へ? 猫? ま、まあ、好きな方だけど……」


 何でそんなことを聞くのだろうか。

 優は聞かれている意味が分からなかったが一応答えると、どうやら猫神様はその答えがお気に召さなかったらしい。


「大して好きではないのか。じゃあよいわ」


 興味をなくしたように言い捨てると、猫神様は優を振り払って立ち去ろうとしたが、優が先を回り込み、再び猫神様にすがりつく。


「ちょっ! 待って待って、大好きです! 猫大好き!」


 こうなったらもうヤケと言わんばかりに声を張り上げる優を、猫神様はまるで可哀想なものでも見るかのような目で見つめる。


「そうか。どこが好きなのじゃ」


「ど、どこって言われても……」


「答えられぬのならよいわ」


 猫を心から愛する人間以外には、用はないらしい。猫神様が足を進めようとすると、優が涙目になりながらその足にしがみつく。


「あああ! まってください。なんかこう、撫でるとふわふわっとしてて、抱き心地もいいところが可愛いと思います!」


「そんなの、犬でもうさぎでも変わらぬじゃろう」


「ちょ、ちょ、まってください! ちゃんと言いますから! あの、あの……、あ、そうだ。自分からはべったりしてこないけど、時々甘えてくるようなところが可愛いですよね」


「……まあよいか。よし、おぬしの願いを叶えてやろう。ちょうど退屈しておったところじゃしな」


 しぶしぶといった様子ではあったが、優の答えに納得がいったのか猫神様は願いを叶えてくれるという。


「え。やった! 本当に良いんですか!?

うわあああ、やったぁ! ありがとうございます」


「うむ、ではまた明日くるように」


 大喜びで喜ぶ優にえらそうにそう告げた後、猫神様は今度こそ社殿の方へと帰っていく。


「はい! 明日ですね!」


 猫神様が社殿に入り、その姿が見えなくなっても、優は深々と頭を下げ、しばらくその場から離れなかったという。

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