第115話 諦めないようにしよう

 夏休みが終わり、新しい学期が始まる。最初のうち、浮ついた空気があったけれど、すぐに試験期間に突入するらしく、あっという間に生徒たちに緊張感が漂い始めた。

 俺の結婚問題はさておき(おきたくはないが)、元通りの日常がやってきた。


 ラウール殿下は俺に対して友人程度くらいには落ち着いたし、ブルーハワイもその身体の中にカフェオレさんという問題を抱えていると知ったが、ダミアノじいさんが何かあったら手助けすると言ったら不安げながらも受け入れたようだ。


 ジュリエッタさんとヴァレンティーノ殿下はそこそこ仲睦まじい。祝福することにしたとはいえ、やっぱりムカつく。

 ヴァレンティーノ殿下の腰ぎんちゃくである赤毛も、未来の側近よろしく二人を見守っていた。彼らだけは妙に平和だ。


 オスカル殿下は元気になったように見えたが、どうも魔蟲とかの気配に弱くなったのか、そういったものに近づくと体調を崩すことが多くなった。

 この件に関しては、リカルド先生が色々と魔道具を試して、悪いものの影響を受けないよう試行錯誤しているようだ。ダミアノじいさんももちろんこの件には関わっていて、いつの間にか俺もそれに引っ張り込まれることが増えた。

 というのも、俺が魔道具制作に興味を持ち始めてしまったので、それを知ったじいさんが浮かれて「わしの技術を受け継がせてやろう」とか張り切りだしたからでもある。カフェオレさんの負の遺産である呪具を研究し、ちょっとはマシなものに改造できたらと考えているらしい。


 そして、ヴィヴィアンだが――。

「リカルド先生以上の相手なんていないんだから諦めたらいいのに。それだったら、わたしも諦めがつくし」

 と、変なことを言い出している。

 相も変わらず、ヴィヴィアンはあのガゼボが好きだ。しかし、暇さえあればそこに俺を引っ張って行って、何かと雑談するのはどうなんだ。暇なのか、そうなのか。

「諦めとは?」

 俺が首を傾げていると、ヴィヴィアンはベンチに座って足をぶらぶらと揺らした。

「わたし、卒業したらどうしようかなって悩んでるの」

「ファルネーゼ王国で働くんじゃないんですか?」

「うーん……。金銭的に安定しているのはそれなんだろうけど。でもさ、わたしもグラマンティ学園の塔の管理人とかになれないのかなあ、って思ってて」

「管理人ですか?」

 意外だ、と俺が眉を顰めると、彼女は気まずそうに遠くを見る。

「そうしたら、リヴィアと一緒に働けるんでしょ? あなた、ずっとここでスローライフしたいとか言ってたじゃない」

「言いましたけど」

「何か……そういう、静かな生活もいいなあって思う。わたし、花壇の世話とかだったら得意だと思うよ? 掃除とかは面倒だけど頑張れると思うし。それに、リヴィアと一緒に色々やったら退屈しなさそうだしね」

「退屈しないというか、厄介ごとも多いですけどね」


 ダミアノじいさんは、まだこの学園内に幽霊が隠していた魔道具があるんじゃないかと言う。幽霊はいなくなったけれど、小さい事件は起きるんじゃないだろうか。

 そのたびに、きっと俺はダミアノじいさんとリカルド先生、ケルベロス君と一緒に戦ったりするんじゃないかなあ。

 きっと、カフェオレさんだっていつまでも大人しくしてないだろうし、何か絶対に問題を起こすだろう。

 スローライフとは何ぞや。

 うーむ?


「まあ、リヴィアなら大丈夫でしょ、何があっても」

 俺はそんなお気楽なことを言うヴィヴィアンを見て、やっぱり淫乱ピンクは淫乱ピンクである、と結論付けた。言葉が軽い。

 でも何となくだが、ヴィヴィアンとは長い付き合いになりそうだな、と感じた。これも厄介なことだ。


 それにしても――。

 俺にしてもヴィヴィアンにしても、この世界に馴染んでいる。前世のことなど忘れそうになるほど、毎日が色々あって面白い。

 まあ、忘れそうになるほど、であって、忘れることはきっとないけれど。


「スローライフもそうですが、三年が期限なので頑張ってみます」

 俺がそう言って拳を握ると、ヴィヴィアンは呆れたように目を細めた。でも、何も言わず苦笑するだけだ。やめてくれないかな、「どうせ無駄なのに」と言いたげな目。

 俺は諦めない男なのだ。

 大丈夫、これからだって可愛い女の子と出会いがあるはずだ。次の目標は、新しい恋をすること。

 そしてリカルド先生との結婚を回避すること。結婚を回避して、最近必要以上に感じるようになってしまった、『俺の身体は女』という現実からも逃げたい。

 認めたくはないのだが……本当に認めたくはないのだが。

 リカルド先生にああいう態度を取られるのが当然になって、女としての意識が芽生えそうで怖い。だって、芽生えたらなし崩しに『そう』なってしまう。

 だから絶対、諦めないようにしよう。たとえ負け戦だと解っていても、頑張れば何とかなるということを証明するのだ。


 でもまあ、当分はグラマンティの炎の塔の地下に隠れて、のんびりアイテム回収に勤しんでもいいだろう。

 そして、俺のハッピーエンドを探すのだ。




  <終>


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 蛇足みたいな話が続くかもしれません。その時はよろしくお願いします。

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