第110話 最初に比べればマシに
「大体ね、何でお姉さまなのよ。お姉さまは何だって持ってるのに、何で」
ヴィヴィアンはそこで俺の前に立ち、そっと俺の制服を掴む。そして、酷く頼りなげな表情からの上目遣い。
へいへいへい、ちょっと待とうか。
ヴィヴィアン呼びから淫乱ピンクに戻すぞ、コラ。
元々、ヒロインとして転生したヴィヴィアンは、性格はともあれ見た目は可愛い。そういう可愛らしい仕草と、目つきは……あまり演技らしい雰囲気もないこともあって、妙にクるものがあった。
騙されるな、演技の技術が上がったのかもしれん!
そうは思おうとしても、どうしても彼女の目と声に嘘は感じられない。
だからつい、俺は彼女の頭を撫でた。
「何か、不安になるようなことがあったんですか?」
「……別に、そういうわけじゃないけど」
ヴィヴィアンの視線が僅かに揺らぎ、俺からそっと外された。「ただ、何でお姉さまなのかなって思ったから」
「ジュリエッタ様は素直じゃないですが、いい人ですよ? 人それぞれ、悪いところもあればいいところもあるんです。……ヴィヴィアン様みたいに」
背後で、ジュリエッタさんが「何で」とか「何があったのよ」とかぶつぶつ呟いているのが聞こえた。ちょっと待ってください、後でちゃんと説明しますから。
「寝返ったんですか、軽蔑しますよ」
ダフネの冷ややかな囁き声もしっかり俺に届いて、背中に冷や汗が流れた。
で、何かと微妙な空気が流れつつ、俺たちはソファに座ってお互いの顔を盗み見ている状態である。
冷めてしまったお茶は、ダフネが淹れ直してくれた。しかし、ゆっくりと味わっているのはジュリエッタさんだけで、俺は――隣に座ったヴィヴィアンが妙に身体を寄せてくるのが……何だこれは。これがモテ期というやつか。
でもまあ、仲違いしていたリカルド先生とオスカル殿下も何だかんだいって上手くいっているようだし、この機会にこの二人もそうなってくれれば――。
「お姉さま……ジュリエッタ様はヴァレンティーノ殿下と上手くいっているようですし、リヴィアのことなんてどうでもいいでしょ? もう関わらなくてもいいんじゃないかしら」
「あら、あなたなんかよりリヴィアとの付き合いは長いのよ? お黙りなさいな、この平民が」
――駄目だこりゃ。
俺がため息をつき、額に手を置きつつ口を開く。
「もう、お二人とも、歩み寄りという言葉がですね」
「あなたは黙ってて」
「リヴィア、うるさい」
「すみません」
敵前逃亡である。もう、どうにでもなーれ。
俺は諦めて、傍らに立ったままのダフネに目をやった。薄目で俺を見ている彼女の目は、相変わらず冷たい。
でも、ちょっと待ってくれ。俺はこんな空気を味わうために来たんじゃない。
そしてふと、ジュリエッタさんのところに来る前に、制服のポケットに入れてきた包みを取り出してダフネに渡した。これは、せっかくだからファルネーゼのお土産を買って帰ろうと思ったやつ。ダミアノじいさんと一緒に飲んだ、ちょっとお高めのお茶の葉である。
お土産の説明をしつつダフネに渡すと、少しだけ彼女の表情が和らぐ。そして、俺は最初の目的である愚痴吐きをするのである。
このままリカルド先生と結婚までいきそうで怖いんです、とか。ずっと女の子たちとのんびり暮らしていきたいのに、周りがそうさせてくれない、とか。
ダフネは微妙に首を傾げて、「リカルド先生との結婚がお厭なんですか?」と訊いてくる。
「いえ、リカルド先生が、じゃなくてどんな男性でも……」
「リカルド先生で手を打っておきなよ」
そこで、ヴィヴィアンがこちらの会話に参戦した。呆れたように俺を見て、眉間に皺を寄せる。
「そうやってえり好みしていると、行き遅れるわよ」
「いえ、行き遅れ万歳ですが」
「知らないの? そうやって時間が経てば経つほど、結婚相手の質は下がるのよ?」
「結婚しません」
俺の力強い声に、ヴィヴィアンが少しだけ首を傾げ、ジュリエッタさんが不思議そうに言った。
「もしかして、他に好きな人がいるのかしら?」
そこですかさず俺は喰いつくように返事をした。
「ヴァレンティーノ殿下と婚約破棄してわたしと結婚してください」
――ループって怖くね?
そんな感じでちょっと問題のある時間を過ごした後、俺は炎の塔の地下に戻ってきた。一応、ジュリエッタさんの顔も見れたし、それで満足したということもある。少しだけ吐き出したことで気分が楽になっていたし、諦めもついたし。
うん、諦めるしかないんだよなあ。
ジュリエッタさんのお土産話――レオーニ王国に帰ってからの、ヴァレンティーノ殿下との休暇とか、結婚話がどんどん固まっていったこととか、妃教育が始まるとか、そんなことを頬を染めながら話すのを聞いていると――。
仕方ないって思うよなあ。
それに、ヴィヴィアンも微妙な立場にいることが解った。
オスカル殿下と夏休みを過ごしている間に、ファルネーゼ国王陛下から話があったようなのだ。例の大木をずっとファルネーゼのものにするためなのだろう、グラマンティ魔法学園の卒業後にファルネーゼへ移住してこないか、という誘い。
別に、オスカル殿下と結婚という話は出ていない。ただ、城で働かないか、という話があったんだそうだ。そうすれば、ずっとあの大木はヴィヴィアンに回収されないまま、国を守ってくれるという考えから。
いい話だとは思う。一生困らない収入と、安全な生活。ただ、ヴィヴィアンは自由がなくなることが不満のようだった。好き勝手に生きていくつもりだったのに、と顔を顰めていた。
そんな会話をしていたせいか、少しだけジュリエッタさんとヴィヴィアンの会話も、最初に比べればマシになった。いがみ合いだけの口調じゃなくなったし。
それでも、二人の間に立ち塞がる壁は厚いし高いのだろう。刺々しい雰囲気にすぐに陥るし、お互いに向けられる視線は鋭い。それでも、本音で話せるようになったというのはいいことだろう。
まあ、時間が解決することもあるだろうし、あの二人は放っておいてもよさそうだな、と思うことにする。
そして、そんな状態の俺を出迎えたダミアノじいさんは、少しだけテンションが高かった。
「おお、待っておったぞい! 夕食の前に、ちょいと外に出ようかのう」
と、俺の腕を引いて中庭へと出る。
夕涼みに出ている生徒の姿も結構あるが、それなりに暑いせいか人の姿は少ない。そんな中、じいさんは見覚えのある呪具をマントの下から取り出して見せたのだ。結構大きいサイズだと思うのに、どこに隠していたんだろうという疑問はさておき。
「学園長から許可が下りてのう。とうとう、この見回り魔道具が動く時がきたというわけじゃ!」
「ああ!」
それを聞いて、俺も思わず両手を叩いてしまった。
ファルネーゼで見た、あの格好いい魔道具。普段は銀色の球体、動けば昆虫型のお掃除ロボット。
かしゃん、かしゃん、という音を立てて変形する姿を見下ろしていると、心がときめく。
「名前、何てつけますか? お掃除……クリーナー、クリ、いや駄目ですね」
「何故お主は変な名前をつけようとするのかのう……」
じいさんに呆れたような目で見られたが、いや、普通、つけるよな? これ、ペットみたいなもんだろ。
いかにも昆虫的な動きで歩き回るそれを見下ろしながら、俺は唸る。
「そういえば」
そこで、急に顔を上げてじいさんを見上げる。「今まで、わたしたちが魔蟲退治をして魔蟲石を手に入れてきましたよね? それが我々のお給料に反映していたと思うのですが、これを使ったらお給料は」
「職員で山分けじゃの」
「おう……」
俺たちの仕事は楽になるが、収入は下がる。いや、何もしなくても少しは手に入るんだから、不労所得ってやつか。
そんなことを考えつつも、お掃除くん(仮名)を見つめていると、早速やってくれた。
中庭の隅で、黒い靄が生まれ始めているのをお掃除くんは見つけ、素早い動きでそれに飛び掛かり、一瞬で終わらせた。
刃物のような足で靄を切り裂いたかと思えば、瞬時にそれが消え、ころんと転がり出た魔蟲石を器用に足で抱え込んだ。どういう仕組みなのか解らないが、お腹側の方が急にぱっくりと開くと、その中に魔蟲石を放り込み、蓋をするように閉じる。
完全にこれ、魔蟲石回収ロボットである。
すげえな。
「ついでに、こやつには幽霊も見つけるように命令しておいた。しかし、なかなか出会えんものじゃの」
ダミアノじいさんが薄闇の空を見上げながらそう言って、小さく笑った。
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