第108話 婚約パーティ

 この夜のことは俺の記憶から消したい。

 多分、俺の目は死んでいたと思う。アレだ、レイプ目ってやつ。目から輝きが消えて、色々話しかけられたけれど右から左に聞き流し、羊の数を数えたくなったような感じ。

 その日、午後早い時間から俺はアンナマリア先生にセクハラを受けつつドレスに着替え、ミレーヌ先生に髪の毛に飾りを付けられ、可愛らしい化粧を施された。

 ぎゅうぎゅうに締め付けられたコルセットのお蔭で、腰は細くなるわ、胸はちょっと寄せて上げられるわ、だんだん慣れてきたとはいえ――いや、慣れたら駄目だろ!

 こんな状況でなければ、セクハラだって楽しめたかもしれないのに!

 こんな状況でなければ!

 楽しめたかもしれないのに!


 グラマンティ魔法学園の大ホールは、色々な先生方によるパーティのセッティングが行われていた。ダンス音楽は、楽器が自動で演奏される魔法がかけられているようで、ちょっとしたオーケストラ楽団が無人のまま賑やかな音楽を奏でてくれていた。これが他人事だったら、純粋にすげえ! とテンションが上がっていたに違いない。

 ……本当、他人事だったらよかった。


 大ホールの中には、いかにもお高そうな料理が運び込まれていたし、デザートも派手なものが多かった。

 ローストビーフやテリーヌ、大ぶりのガーリックシュリンプ、骨付き肉のローストみたいなものから、魚介類の蒸し物やおしゃれな盛り付けのパスタとか、日常の食事では見かけることのできないものが並んでいる。

 コルセットさえなければ片っ端から食べまくっていたはずだが、俺は先生方や塔の管理人たちが食べるのを横目で見つつ、深いため息をつくだけだ。コルセットなどという悪習はなくすべきだ。


 学園長は終始ご機嫌で、パーティの最初にあることないこと皆の前で喋ってくれた。

 改めて俺が神具であることは説明されたし、ある程度の婚約期間が終わったら正式に結婚式だと言いやがる。いや、まだ俺は諦めてないんだけどね! 婚約解消、まだあり得るから!

 っていうか、そういう話がされている間、俺の隣に立っているリカルド先生はいつになくイケメン風を吹かせていた。優しい笑顔、細やかな気遣い、俺にデザートの皿を持ってくる始末である。明らかに演技なのだろうが、微妙な気持ちになるのでやめてくれないだろうか。

 ダミアノじいさんは食事に専念していて俺のことは放置だし、ケルベロス君もダミアノじいさんのそばで料理のおすそ分けを待っていて俺のことなど見向きもしないし。

 ここには俺の味方はいないのか!

 神はいない!

 神は死んだ!


「リカルド先生とはどうやって仲良くなったの?」

「先生と主従契約をしているということは、やっぱり色々……命令されるの?(意味深)」

「プロポーズの言葉って訊いてもいい?」

「やっぱり先生と二人きりの時は(以下略)」


 俺の周りに寄ってくるのは女性ばかりで、女同士という気安さからだろうか、すげえ突っ込んだ質問が多い。この熱意というか熱気というか、圧が強すぎて男性陣が近寄れずにいる。女性が苦手になりそうな勢い。逃げたい。


 さらに、最大の難関、ダンスのお披露目である。

 どうやらパーティの主役である俺と先生は、この衆人環視の中、最初にホールの真ん中で踊らなくてはいけないらしい。何この羞恥プレイ。

 俺、超絶涙目。

 後で聞いたところ、緊張に強張りながらも先生と踊る俺の様子は、見ていた皆の目には可憐な美少女として映っていたようだ。

 軽く死ねる。いっそ誰か俺を殺してくれ。


 で、さらに。

「やっぱり二人きりの時間も必要だから」

 みたいなノリで、ある程度したら俺とリカルド先生は、魔法でライトアップされた中庭に放り出された。ああこれ知ってる、前世で見かけたイルミネーションみたいな感じ。木々も派手に光を放ち、恋人たちにウケまくる感じの――。

「ムードたっぷりでよかったですね!」

 と自暴自棄になりつつ言えば、リカルド先生が声を上げて笑う。

 くそ、むしろこういうところをジュリエッタさんと二人きりで歩きたいわ!

「まあ、これだけ派手にやっておけば、誰もお前に言い寄らないだろう。それに私も安泰だ」

「やっぱりそれが目的ですか」

「当然だろう」

 案の定といった言葉を返してきた先生は、急にその場に立ち止まり、魔法によるイルミネーションに照らし出された顔をこちらに向けた。

 そんな状態で続けられた言葉は。

「そんなに私との婚約は厭か?」


 ……おうっ?


 俺は歩いている途中で固まった状態で、先生を見つめた。何ですかね、この微妙な空気。何でそんな目で俺を見るんですかね。いつもみたいに冷蔵庫みたいな空気を放ってくれればこっちも適当に言い返すことができるのに、妙に真面目な顔で見るのはやめてくれませんかね。

「いくら私がお前の主であるとはいえ、強制はしたくない。それなりにいい関係を築いてこられたとも思っていたが、お前にとっては違うのだろうか」

「いや、あの」

「お互い、長い付き合いになると思う。もう少し、歩み寄れるところは歩み寄っていかねば、結婚生活は上手くいかないものだ」


 のおおおお!


 そしてその直後から、俺の記憶は曖昧である。何だかよく解らないうちに婚約パーティとやらは終わり、気づいたら着替えて自分の部屋にいた。妙に疲れ切っていたので、そのままベッドへダイブ、意識を失うような勢いで就寝。

 しかし、記憶のない間はちょっと混乱して挙動不審になっていたのか、次の日の朝、妙に心配そうな顔をしたダミアノじいさんが俺に訊いてきた。

「お主、一瞬で小さい怪我は治るからいいんじゃが、あんまり無茶はせんようにの。もう大丈夫なんじゃな?」

「大丈夫って何がですか?」

 俺はその時、朝食の準備の最中で、シチューの鍋をぐるぐるとかき回していたところだ。その手をとめて首を傾げれば、じいさんは苦笑した。

「お主、大ホールの壁に頭をぶつけながら、『夢じゃないのか』とか呟いておったぞ? 額が割れて血が壁についていたから、一応わしが拭き取っては置いたがの。神具って何か行動が変じゃと噂になっておった」


 ……ああ、そうですか。

 レイプ目、再び。現実逃避の世界よ、こんにちは。

 っつーか、マジで婚約破棄の話はどこに消えた!


 そんな感じで俺は修羅場を迎えていて、それから夏休みの間は色々悩んだまま終わりを迎えそうになった。

 気が付けばファルネーゼ王国に置いてあった呪具、魔道具の類は全部買い取りが終わっていて、グラマンティの中に運び込まれていたし、帰省していた生徒たちも次々に戻ってきていた。


 ラウール殿下からは何故か帰省のお土産としてお菓子をもらったし、負の遺産である魔道具類を手放したブルーハワイは凄まじく晴れ晴れとした顔を見せていた。


 顔色の良くなったオスカル殿下は以前よりずっと健康そうで、彼と一緒に学園に戻ってきたヴィヴィアンも俺の姿を見て安堵したのか、何故か素の表情で「会いたかったわよ」と言われた。

 それから何だかよく解らないが、ヴィヴィアンに懐かれたらしい。

 俺が炎の塔の管理人の手伝いとして色々雑用をしたりしていると、声をかけてくることが増えたし、時間が合えばガゼボで待ち合わせして雑談することもある。


 そんな状況の中、俺が会いたかった人物の筆頭であるジュリエッタさんも学園に戻ってきて、俺は以前もらった制服を着て学生の振りをしながら彼女の部屋に突撃しにいく。

 その途中、ヴィヴィアンに声をかけられたが適当に挨拶だけして、光の塔の地下へと向かい、ドアを叩く。

 すると、ダフネがドアを開けて出迎えてくれた。ああ、懐かしい顔である。何だか急に俺も安心する。

 形だけの挨拶なんかどうでもいい、俺はジュリエッタさんの姿が見えた瞬間、問答無用で彼女に抱き着きながら叫んだのだった。

「ヴァレンティーノ殿下と婚約破棄して、わたしと結婚してください!」

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