第103話 俺のハッピーエンドはどこだ

 リカルド先生とダミアノじいさんが色々と王城の人たちと話し合いつつ後片付けは進む。

 結界がいい働きを見せてくれたため、怪我人が出たくらいしか被害がなく、呪いから生まれた魔物は死んだ。

 呪いが解けたアデル殿下とクレオ王女は、彼らと同じで酷い格好になっていた女騎士たちを連れてしばらく姿を消し、着替えて裏庭へと戻ってきた。

 小柄ながらも美少年らしさをオーラのようにまき散らすアデル殿下、何故か男装の麗人みたいな格好で戻ってきたクレオ王女、キラキラしい雰囲気の女騎士たち。誰もが安堵の表情を浮かべていたし、そんな彼らを取り囲む団長含む援軍たちの表情も随分と柔らかい。

 ファルネーゼ国王陛下も沈黙の盾さんと一緒にその場にいて、ありがとうございますと頭を下げるアデル殿下たちに穏やかに『気にしないで欲しい』というような仕草を見せていた。


 俺とヴィヴィアンは、目の前にそびえ立つ巨木を見上げながら、会話もなくぼんやりとしていた。疲れているから、巨大化したケルベロス君に地面に座ってもらって、そのもっふもふの毛皮をソファ代わりにして埋もれつつ、『終わったなあ』という感慨に耽っていたのである。

 ラウール殿下とブルーハワイも俺たちのそばに立って、目の前の光景を見守り、俺たちに声をかけたい様子を見せつつ、空気を読んで沈黙を守っていた。


「疲れただろうに。お前たちは部屋で休んでいろ」

 そんな俺たちに歩み寄り、リカルド先生がそう声をかけてくる。

 何だかよく解らないが、珍しく先生の口調が柔らかい。それと、さりげなく俺の頭を撫でてくる。

 気遣われているということもあって、大人しくそれを受け入れたものの、何だか微妙に心がざわつくのも確かだった。

「デレたわよねー」

 ダミアノじいさんに呼び戻されて、俺の傍から離れるリカルド先生の背中を見送りつつ、ケルベロス君ソファにもたれかかっているヴィヴィアンが呟く。

「デレたとは……?」

 俺がそう言いながら彼女に目をやると、薄目で鼻を鳴らす彼女の横顔があった。

「リカルド先生のことよ。リヴィア、愛されてるのね?」


 おうふ。


 俺は眉間に皺を寄せて、顔芸で『納得できない』と意思表示するも、ヴィヴィアンは呆れたように笑うだけだ。

「認めざるを得ないけど、リヴィアっていい意味でいい子だもの。リカルド先生が甘くなるのも当然だし、それに不安なんでしょ。リヴィアが危なっかしいから」

「え?」

「わたしみたいなのを命の危険を顧みずに助けにきてくれるし。見捨てたって当然の場面だったんだよ?」

「そんなことを言われましても」

 俺は思わず口を尖らせて、リカルド先生の方へ目をやった。右腕の調子は悪くないようで、顔色も今は随分といい。しかめっ面が多い彼にしては笑顔も自然と浮かぶし、ダミアノじいさんと一緒に並んで色々やっている様は……何だろう、見ているだけで俺の心が落ち着く。

「ありがとね、リヴィア」

 そこで、ヴィヴィアンの声が小さく、そして柔らかく響いた。「見捨てないでくれてありがとう。わたし、誰かに助けてもらうのって初めてだった。いつだって搾取される側だったの。だから、絶対に搾取する側になろうって誓ってた。それが勝ち組なんだって思ってたなー」


 素の彼女の言葉だと思った。

 いつもの嘘くさい笑い方も、媚びる響きもない声。

 素直に、本音で言ってくれていると解るのだ。

 そっと横目で見ると、彼女は大木を見上げて笑っている。


「わたしにとって、生きるのは戦いだった。他人を蹴落とさなきゃ生きていけない世界だった。だからたくさん悪いこともしたし、まずいことになったら死んじゃおうって思ってた」

「え!?」

 俺はそこで思い切り声を上げる。

 ラウール殿下たちも息を呑んでこちらの会話に耳を澄ませていた。下手に口を挟めば、ヴィヴィアンは口を閉ざしてしまうだろうと思っていたのかもしれない。

「だからね、リヴィアにあの場で見捨てられても何も言えない立場だったんだ。それでも、あなたは助けてくれたから。こんなわたしでも助けてくれる、『いい子』だから。そういうあなただから、リカルド先生もリヴィアのことを好きになったんでしょ」

「いや、あの」

 俺は少しだけ唇を噛み、何て返すか考える。こういう時、言葉で伝えられることって本当に限られたものしかない。俺が伝えたいことをそのまま伝えるってことが難しすぎる。それに、行動なんてものは理屈から生まれるものじゃないし、説明しようとしても俺自身が解っていないのだ。

「えーと……何て言うか」

 ケルベロス君の毛皮を撫でて心を落ち着かせる。「わたしもそんなにいい子じゃないですよ? 自分のことで精一杯で、周りなんてあまり見ていないし……色々、失敗してきました」

 そう、失敗したからこそ、俺はここにいる。

 弟に殺されて、橋の上から落とされて。

「でも、その失敗から学ぶこともありますし、その経験を活かせたらいいとは思っています。いえ、前回失敗したからこそ、今度は誰かを助けたかったのかもしれないです。結局、今回のことも自分のための行動だったんですよ」

「そーゆーところが『いい子』だって言ってるのよ、わたし。普通は、失敗したらもう二度と同じ経験をしないように関わらないことが多いもの。でもリヴィアは真面目だからさー。目を離すのは怖いんじゃないかな、先生も」

「怖い?」

「好きな子は大切にしたいもんでしょ?」

「ううっ」


 それはどうだろうか。

 いや、俺は心は男だし、それに人間じゃないんだから恋愛とか……どうなんだろうって思うし。


 あああああ、でも、今の俺って間違いなく美少女なんだよな。そう、見た目だけなら美少女。守ってやりたくなる雰囲気は確かにある。子供だって作れるみたいだし。


 のおおおお、そうだった、子供! つまり、そういうことだ! 男女の……言いたくないけどアレである!

 女の子同士でいちゃいちゃしている方が俺にとって幸せのような気もするけど、間違っている考えのような気もし始めているのが問題なのだ。だって普通、リアルな世界なら男女間の恋愛が当然なわけだし!


 いや、でも! 俺にはジュリエッタさんという心に決めた女の子が!

 望みはもうないけど!

 俺のハッピーエンドはどこなんだよ!


 とまあ、そんな感じでケルベロス君の腹毛の上でごろごろのたうち回っていると、ヴィヴィアンが俺にとどめを刺しにきた。

「デレたリカルド先生よりいい男なんて、人生の中で滅多に出会えないかもしれないし、いいじゃない。ラブラブで甘い生活に突入しちゃえばー?」


 おおおおお。


「ラブラブなのか……」

 頭上からラウール殿下の沈んだ声が響く。「本当にリヴィアとリカルド先生はもう……デキてるのか」


 いや、まだデキてない!


 とはいえ、それを口にするのははばかられる。だって、ラウール殿下の狙いは俺なのだ。リヴィアを女として見ていて、隙あらば口説こうとしているし、その上神具だったと知って諦めきれずにいるんだ。

 ここでリカルド先生とは仮初の婚約を交わしているだけで、別に恋人同士ではないと知られたら、ぐいぐいくることは間違いない。


「殿下、諦めも肝心ですよ?」

 ブルーハワイが慰めるような口調でラウール殿下に言っているのが解る。「望みがないのにしつこい男は、最終的に蛇蝎の如く嫌われる未来が待っています」

「言うなよ……。泣くぞ?」

「泣いても放置しますから別にいいですけど」

「おい」


「やっぱり、望みはないんでしょうか……」

 と、そこにアデル殿下が声をかけてきて、俺はのろのろとケルベロス君の腹毛から顔を上げてそちらを見る。歩く光合成、緑色の髪の少年は気まずそうに俺を見下ろし、そっとその場に膝を突いた。

「すみません、ちょっと聞こえてしまったので。でもその、あなたが神具であるのならば、その力を存分に出せる魔大陸で生きていくのも一つの形だと思ったのです。あなた方のお蔭で、わたしは魔力を取り戻しました。神具を扱うのに充分な魔力持ちです。もしもわたしの願いが叶うのなら、大切にすると誓います」


 何なんだ、この状況!

 俺を取り囲む、この圧はなんだ!

 俺はただ、グラマンティでのんびり生活したかっただけなんだ!


「ええと……」

 俺はとりあえず身体を起こし、できるだけ礼儀正しく見えるように微笑んでアデル殿下に応えた。「すみません。そうおっしゃってくれるのは本当にありがたいのですが、やっぱりわたしにはその、今の状況の方が」

「リカルド先生とラブラブなのよね?」

 やめろ淫乱ピンク、この恋愛脳が!

 下手に言うとそれに反応しなきゃいけなくなるだろうが!

 そう叫びたかったが、俺はこの場を何とかするために必死に頷いたのだ。


「その、わたしの主はリカルド先生しかいないと考えているので……」


 一瞬の静寂の後、アデル殿下がため息をこぼし、立ち上がった。

「本当に残念です。出会うのが遅すぎたことをこんなに悔やむことはないでしょう」

「いえ、その……すみません」


 そして、そんな俺たちの様子に気づいた先生が、遠くから軽く手を振って見せたことに気づき、俺も軽く手を上げる。これは反射的にやったことで、何の裏の意味もない。しかし、ヴィヴィアンが意味ありげに俺の肩に手を置いて、いい笑顔を向けてくるのだ。

 もう本当、どうすれば!?

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