第96話 沈黙の盾さんすげえ

「結構いい武器があるな」

 ラウール殿下がリカルド先生から提示された武器――魔石を嵌め込まれた大剣をいくつか手に取りながら唸っている。剣に詳しくない俺でも解る、魔法を使いつつ戦うなら優秀だと思われる剣ばかり大量に並べられているのは、王族が使うのに相応しいものを選んできたということなんだろう。

「本気で参戦するつもりか」

 それでも先生は呆れた表情でラウール殿下を見たが、その隣にいるブルーハワイも完全に諦め顔なので、とめても無駄だと考えているのが丸わかりである。好戦的であることも理由の一つなんだろうが、「俺だけ仲間外れはなしだぜ、暇だし」とか言っていたのもあるし、彼にとっては暇つぶしの遊びみたいなものなのかもしれない。

「この国で怪我をされても困るんだが」

「大丈夫大丈夫、余裕だ」

「すみません、うちの殿下が。私が責任を持って守りますので」

 先生の言葉に反応する二人は、やはりマイペースである。先生は深くため息をついた後、ブルーハワイに任せてその場を離れ、ダミアノじいさんの方へ歩いていった。


 じいさんはその日の朝からずっと、この中庭に結界という名の競技場みたいな建物を造り上げていた。グラマンティで見た競技場は、先生方で造ったものなのでとにかく大きかったが、さすがに今回はじいさんだけだから小ぢんまりとしている。ちょっとした体育館といったところだ。

 魔法で造られた白い壁は、軽く叩くと魔力で跳ね飛ばされるような鈍い音がする。この建物内で魔物が暴れても壊れない壁だと信じよう。

「こんなところじゃろ」

 じいさんは高い天井を見上げ、ほっと一息つくと俺とリカルド先生を見やる。「そっちはどうじゃ? 準備は?」

「大丈夫です」

 リカルド先生はそう言って、辺りを見回した。 

 体育館――結界となった建物の中は、かなり騒然としていると言っていい。多くの人間が集まり、これから起こることに備え緊張感を抱きながらその場に立っている。

 アデルと森男の周りには、筋肉隆々の騎士たち、その後にやってきた増援部隊がいた。意外なのは、後からやってきた人間たちが身体を鍛えているものの、細身の者ばかりということだろうか。

 彼らの会話を盗み聞きすると、やっぱり何か違和感がある。

 増援部隊の連中は、アデルたちと一緒にいる筋肉たちに妙に気遣う様子を見せている。それは何というか――。

「身体に異変はないのですか?」

 そう言ったのは、増援部隊を率いる老年の男性。白髪交じりの短い髪、灰色の瞳。その鋭い眼光から、只者ではないと思わせる人間でもある。

 アデルがそれを聞いて筋肉部隊の顔を見ると、誰もが気まずそうに顔を見合わせ、やがて一人が口を開く。

「喀血がありました。おそらく、呪いの影響で内臓に負担がかかっているのだと思われます。治療魔法ではここが限界でしょう」

 それを聞いて、老年の男性がため息をこぼした。

「では、呪いが解けたら安全な場所にまで退いていただきたい。クレオ様もよろしいでしょうか」

「解った」

 そこで、森男が軽く手を上げて微笑む。「ジルベルト団長に任せる。アデルはどうする?」

「わたしは戦いますよ?」

 アデルは薄く微笑み、軽い口調でそう応える。その返事を予想していたのか、森男は彼女を諫めようとしない。ただ笑って頷くだけだ。

 これも違和感。

 何というか――森男より、妹であるアデルの方が強いというか、これはおかしくないだろうかと純粋に疑問に思うのだ。


「ファルネーゼの騎士団は信用できますか」

 そこで、老年の男性――ジルベルト団長と呼ばれた男性は視線をアデルからそらさず、静かに訊いた。「我々だけで戦った方が統率が取れると思うのですが」

「悔しいけれど、ファルネーゼには神具が二つあるの。盾と剣。おそらく、彼らの方が強いと思う」

「強いのは神具だけでしょう。魔物と戦うという意味では、彼らは経験が不足している」

「まあ、それはそうだけど。でもいいじゃない? 相手のお手並み拝見といきましょう」

「それが殿下のご命令とあらば」

「そうね、命令よ」


 俺が首を傾げている間に、大きく空気が揺らいで、この建物の中にファルネーゼの国王陛下と沈黙の盾さんが姿を見せていた。陛下を守るための騎士団の人間がその周りに立ち、魔法使いたちも続々と姿を見せる。

 そして、オスカル殿下と――彼を手助けするように立つ淫乱ピンク。

 どうやらオスカル殿下の体調は随分とよくなってきたようで、歩くのもほぼ一人で大丈夫のようだ。しかし、すぐに険しい表情の陛下に何か言われ、オスカル殿下は苦し気に唇を噛む。

 そして結局、淫乱ピンクに何か言い残して、オスカル殿下は王城へと戻ることになったようだ。


「正論って、時々人を傷つけるわよね」

 淫乱ピンクは俺の姿を見つけ、こちらに足早で近寄ってくると小声で言った。

「正論ですか」

「そう、陛下がね、足手まといになる人間はここにはいらない、って」

「オスカル殿下にそうおっしゃったわけですね。なるほど」

 俺は頷きながら、なるほどなあ、と心の中で呟いた。確かに今のオスカル殿下は邪魔なのかもしれないが、父親なんだからもうちょっと優しく言ってやれよ、と思うのも事実だ。

「それより、ヴィヴィアン様は大丈夫なんですか」

「何が?」

「この場にいて、怖くないですか?」

「今更でしょ。それに、ちょっとだけ魔力が戻ってきたし、何か役に立てるなら結果を出しておかないと、わたしの評価が上がらないじゃない」

 まあ、それはそうなんだろうけども。後がないと考えているのか、ヴィヴィアンは少し無理をしているようにも思えた。


「リヴィア、お前はこっちだ」

 俺と淫乱ピンクがこそこそと小声で話していると、背後からリカルド先生の声が飛んでくる。そこで慌てて顔を上げ、ヴィヴィアンに『また後で』と身振りで示してから先生のところに戻った。

 俺の足元にはいつの間にかケルベロス君も姿を見せているが、今回はうちの可愛いハスキー犬の出番はあるんだろうか。それと、俺の見せ場は? ケルベロス君の背中に乗って戦ったりなんてことは?

「もしかしてわたしは、ずっと剣のままですか」

 俺がリカルド先生を見上げてそう訊くと、先生は眉間に皺を寄せた。

「場合にもよるが、その可能性は高い。ある意味、その方が安全だろう」

「ヴィヴィアン様はどうしますか?」

「わしが守ってやるぞい」

 ダミアノじいさんがそう言って笑いながらヴィヴィアンを手招きした。

 そして、とうとう呪いの解除が始まったのだ。


 じいさんは結界という名の建物の中に多くの人を閉じ込めた状態で、魔法を使う。その途端、建物の扉という扉がばたんばたんと閉じていく。そして、白い光が弾けた後、扉が忽然と消えていく。

 逃げ場のない箱。

 その中央に、アデルと森男が立っている。

 その二人を守る騎士団の人間は、息を詰めてこちらの様子を窺う。


 ファルネーゼ国王が軽く右手を挙げると、その横にいた銀髪の美女が数歩前に出る。その彼女の足元から白い光が生まれ、輪郭がぼやける。


 耳に痛いような金属音。

 がきん、がきん、という音があらゆるところで響き、気が付けば全ての人間の目の前に、白銀に輝く盾が地面から生えていた。

 沈黙の盾さんすげえ、と俺は純粋に思う。

 主であるファルネーゼ国王陛下が命令すれば、こうやって味方を全て守るんだ、と驚く。俺、先生の剣にしかなれないのに。

 リカルド先生の合図で、俺は人間の姿ではなく、剣になる。柄を握る先生の手から、魔力が流れ込んでくるのを感じて、俺は自分の力をそれに委ねる。俺の神具としての完全体。目がなくても周りが見える。

 この感覚に慣れ始めている俺が怖い。人間じゃないから、平静に受け入れられるってことなんだろうか。


「さて、始めよう」

 先生が柄を握り、軽く一閃する。それだけで空気が震え、アデルたちが身を震わせたのも解った。

 先生はそのままアデルの前に立ち、その胸元に視線を落とした。俺にも解る呪いの気配は、今、神具である俺の存在を感じてか震えているようだった。呪いに意志というものがあるのかは解らないが、それは怯えではないだろう。目の前に、神具がいることで喜んでいたし、奮い立っていた。


 餌を喰い尽くせと叫んでいるのが解る。

 ただ、目の前のものを俺――神具が喰った場合、アデルにかけられた呪いは解除されるんだろうか? 俺が魔蟲などを喰った場合、その魔力はしばらくの間、俺の体内で残っている気がする。

 喰うより消滅させた方が確実なんだろうという直感が働いているのだ。

 だったら、喰い尽くせと叫んでいる本能は黙殺すればいいだろうか。このまま、先生に任せればいい。


 先生はそこで無言のまま、軽く剣を振る。肌を撫でるような、優しい動き。アデルに一度、森男に一度。

 二人は胸を押さえてその場に膝を突き、くぐもった悲鳴を上げる。

 呪いである痣が壊れる音が響く。黒い液体のようなものが二人の手の間から零れ落ち、床を濡らしていく。

 それと同時に、筋肉隆々の騎士たちも苦痛に呻き、必死に立ち続けようとするも無理な人間は地面に倒れこむ。


 床一面が黒い湖となる。


 そして、その黒い水はゆっくりと渦を巻くように動き始め、ぐぐぐ、と持ち上がった。

 俺が見たことのある黒いドラゴンよりもずっと黒く、そしてどこか溶けたような禍々しい鱗を持った魔物。瘴気を吐き出す大きな口が咆哮を上げ、鋭い鉤爪を持った足が床を叩く。そして、その巨大な足が触れた場所が、呪いで黒く染まるのだ。


 その時、ジルベルト団長が剣を高く掲げ、叫んだ。

「殿下たちを守れ!」


 それまで抱いていた違和感の原因を知ったのは、その直後だった。

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