第95話 戦闘人形

「わし、結界作るの得意」

「ファルネーゼの騎士たちも実力者が揃っている」

 ノリノリのじいさん、厳しい表情のリカルド先生、その他の言葉を聞いていると、なかなか皆さん血気盛んのようだ。

 ……いや、ただ単に二人は俺を庇ってくれているからだけど。


「ねえ、これって触っても大丈夫だと思う?」

 背後の会話を無視しつつ、淫乱ピンクは例の籠の中の種を見つめている。「高く売れるかしら」

「売るんですか」

「だって」

 ――逃亡資金は必要でしょ?

 と、彼女が小さく囁いた。本気で逃げるつもりなんだろうか、こいつ。

 俺はそんなことを頭の片隅で考えながら、籠を見つめた。間違いなく、種を守るための籠であり、種に直接触れさせないためのものだろう。だから触っても大丈夫のはずだ。

 そう言うと、ヴィヴィアンは恐る恐る指先で籠をつついた。爪が叩く、かつかつ、という音が軽く響いて、籠の中の種も僅かに揺れた。

 そして彼女はふと顔を上げ、椅子に縛られたままのブルーハワイに近づいた。すぐ傍には腕組みしているラウール殿下。蚊帳の外に出ていたいという考えが透けて見える表情だ。

 ヴィヴィアンがそっと意識のないブルーハワイの肩に手を置くと、ぴくりとその肩が震えて彼の睫毛が震えた。

「……どうなったんですか?」

 意識を取り戻したブルーハワイが、身動き取れない自分に気づいて厭そうに息を吐いた後、そう俺たちに声をかける。だから俺は、そっと微笑んで言ってやった。

「面白いものを見せてもらいました」

「は?」

 そして淫乱ピンクも可愛らしく小首を傾げ、無駄に頬を染めながらテーブルの上にある籠を指さした。

「あのう、あれ、もらってもいいですか?」

「は?」

 ブルーハワイ、状況が把握できず困惑する。それにつけ込んで、淫乱ピンクは種をタダで手に入れた! すげえ!


 そんな感じでこちらは好き勝手にやっている間に、リカルド先生側はそれなりに話がまとまったようだった。

 ファルネーゼの王城の北側には、騎士たちの訓練場や大きな庭がある。そこにダミアノじいさんが結界を張り、その中で先生が神具の俺を使って呪いを攻撃する。そして、生まれた魔物を騎士団総出でフルボッコにするらしい。

 リカルド先生はファルネーゼ国王陛下にも話をして、沈黙の盾さんを借りることにも成功した。これで防御はほぼ完璧、らしい。

 しかし、それでもアデルたちは自分が連れてきたメンバーだけでは不安だったらしく、急いで国に手紙を送って増援を呼ぶというので、少し時間が必要となった。


 ――そして。


「気持ち、わるーい……」

 青白い顔で、椅子にぐったりと座っているのは淫乱ピンクである。大広間の片隅で、例の呪具の腕輪をつけて魔石を嵌め込んだ後からこの調子だ。食欲低下、倦怠感、頭痛、と色々不調が起きているんだとか。

 アデルたちの増援がやってくるまで、俺はただ純粋に暇になっている。ただ見守ることしかできないというのはもどかしいものだ。

 淫乱ピンクが最初に魔力を取り戻す呪具を使い、オスカル殿下がその様子を見ている感じなのだが、やはりそう簡単には上手くいかないようだった。

「できれば、ヴィヴィアン嬢が魔力を取り戻してくれると助かるんじゃがのう」

 と、間延びした声で言っているじいさんは、他の呪具を手に取り、色々な角度から見つめている。「相手が魔物ともなれば、光属性の魔法が強い人間がいた方が助かる。光属性の魔法というだけで、敵は結構怯んでくれるからの」

「無理。気持ち、ああ、吐きそう」

 うぷ、と手で口を覆うヴィヴィアンは、そろそろ限界を迎えている。そして結局、リカルド先生に洗面所に運ばれていった。


「何だか……大変そうですね」

 痛々し気に見送るアデルは、やっぱり気づくと俺に寄り添うように近寄ってくる。純粋に俺に好意を見せてくる彼女は、確かに可愛いけれどどこか油断ならない。

 それに――おそらく、彼女が俺に興味を持つきっかけになったのは、きっと俺が神具だったからだろうと思うと、ちょっと落ち込むのだ。

 正面からそう言ったら、きっと彼女は否定するだろうが、そうとしか思えない。だから、俺はできるだけアデルには気を許さないように心がける。

 しかも、だんだんラウール殿下もアデルのその態度が気に入らなくなってきたのか、わざわざ俺たちの間に割り込んで立ったりする。

 これはこれでどうなんだ、と思うけれど、ある意味ラウール殿下の方が裏表がなさそうだとも思うのだ。少なくとも、彼は俺が神具であると知らないうちから口説いてきているわけだし。


「人気者はつらいの」

 アデルとラウール殿下が睨み合い、森男とブルーハワイは我関せずといった様子で呪具を見て回り、ダミアノじいさんは呪具の中の一つを手に取って俺に見せながらそう言ってくる。

「本当、神具って人気あるんですね」

 俺はそう応えた後、受け取った呪具を見つめて首を傾げた。それはバレーボール程度の大きさで、銀色の球体である。持ち運びにはちょっと不便そうな大きさ。

 これもまた、表面には精密な彫刻が入っていて、飾っておいても格好いい感じだとは思うが――。

「これ、何でしょうか?」

「おそらくな、ここが引き金じゃ」

 と、じいさんが無造作に彫刻の一部を指で押した。

 その途端、かしゃんかしゃんかしゃん、と音がして球体がまるで液体金属のように崩れ、新しい形を作って床の上に降りた。


 ――おお、かっけー。


 俺が思わず口を開けて拍手をしたくらい、目の前に現れたのはこの世界において異質なものだった。

 子犬サイズの昆虫型ロボット、と言いたくなるような形状。銀色の角ばった六本足、鋭利な形の頭部。銀色の丸い目。それが床の上を歩いている。


「こっちじゃ」

 ダミアノじいさんがそう手を伸ばすと、それは従順にじいさんの手の方へ歩いていく。かちかちと歩く音が響いて、そしておそらく口なのだろう、牙らしきものをがちがちと当たる音もした。

「おそらく、呪具を発動させた人間の言うことをきく、戦闘人形、というべきものじゃろ。攻撃態勢を取れるかのう?」

 ダミアノじいさんが言うと、急にその小さな身体が一回り大きくなった。いや、六本足が鋭く伸びたせいで大きく見えた。

 そして気が付かされるのは、その足がまるでナイフのように鋭くなっていることだ。牙も同じように、伸びて鋭さを増していた。

「なるほど、これは今回の魔物退治に使えるじゃろ。青いのに借りておこう」

 じいさんはそう言ってから、眉根を寄せた。「大量にこれを造っておけば、戦が起きたときなどに役に立つじゃろうな。やはり、他の人間には渡せない呪具であるのは間違いないぞ」

「そうですね」


 俺は頷きつつ、ふと思いついたことを口にする。


「これ、魔蟲の退治ロボットとして使えないでしょうか」

「ろぼっと?」

「魔蟲退治……ええと人形? 昆虫? グラマンティ学園の中を警護するような感じの生き物というか」

「なるほど、それは確かに面白そうじゃ」


 そんな感じで、俺とダミアノじいさんはマイペースに呪具を色々見て回っているうちに、時間は過ぎていく。

 ヴィヴィアンも体調がよくなるにつれて魔力が少しだけ戻ってきつつあり、そろそろオスカル殿下も呪具を使うか――という状況になった頃、アデルたちが呼んだ増援が到着したのだった。

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