第92話 ダミアノじいさん、童心に帰る

「手紙で返ってくるかと思いましたが、逆にありがとうございます」

 リカルド先生もダミアノじいさんの来訪には驚いているようだったが、歓迎している表情を見せていた。

「現物を見なければ助言などできるわけなかろう? 楽しみじゃの」

 じいさんは目をきらきらとさせながら、先生に促されるままテーブルにつき、運ばれてきた料理の皿を見下ろした。それから、少し離れた場所に座っている俺を見て、肩眉を上げて見せる。何かこちらに訊きたげな雰囲気があったけれど、ただ彼は笑って終わりにした。


「塔の管理は大丈夫なんですか?」

 朝食が終わると、俺はすぐにダミアノじいさんに近づいて話しかける。俺の足元にはケルベロス君がいて、ダミアノじいさんの足に近づいていって身体をこすり付けている。

 アデル嬢がこちらの様子を気にしている気配を背後に感じたけれど、とりあえず気にしないことにする。すると、ゆっくりと彼女の気配が遠ざかるのも解った。相手が魔力が多いと、見なくても解るのはありがたい。

「ああ、大丈夫じゃ! 水の塔の管理人に土産をたくさん買っていくと言って頼んできたからのう」

「なるほど」

「というか、お主はどうした? 浮かぬ顔をしておるが……」

 じいさんは俺の腕を掴み、そのままその部屋のバルコニーへと引っ張っていく。大きな窓を押して部屋の外に出れば、中庭が見下ろせた。見晴らしがいいのう、と明るく言うじいさんの様子に、何だか解らないけど安堵している俺がいた。

 背後を見やると、他の人間はリカルド先生と今日の予定を確認しているらしく、こちらを見ても近寄ってくる者はいなかった。

 だから、心置きなく本音で話せるとも言えた。


「面白いことになっとるのう。わし、面白い呪具とやらに興味があって来たんじゃが、足を運んできて正解だったのかもしれん」

 俺がバルコニーの柵に手をかけつつ片っ端から思いつくままに色々吐き出していくと、ダミアノじいさんは「かかか」と奇妙な笑い声を上げつつ、俺の頭を撫でた。骨ばった指のその感触が、心地よいと感じてしまうのは、やっぱり俺がじいさんのことを信頼しているからだ。

「考えたって答えが出ないこともあろうよ。お主は子供で、迷うことが仕事みたいなもんじゃしの。悩んだ結果、出した答えなら納得もいくじゃろ」

 そうじいさんは言った後で、開いた大きな窓から部屋の中を見て、小さく唸った。「確かにリカちゃんの言ってた通り、何かありそうじゃのう」

「……森の二人ですね?」

 じいさんの視線は、アデルと森男、そして彼らを守るために控えている騎士連中の上を撫でるように動き、にこにこと微笑む。誰かに見られたとしても、無害そうな笑みと思われるものだ。

「森……。確かに森じゃの。魔大陸に住む人間は、大地や大気にある魔力すら取り込んで強くなるという噂があるんじゃが、どうやら本当らしい。あやつらだからこそ、呪いとやらも受け止められたんじゃろうなあ」

「見るだけで解るんですか?」

 すげえ、と俺が純粋に驚いて目を見開いていると、じいさんは自慢げに胸を張った。

「積み上げてきた経験が違うんじゃよ。わしは有能じゃぞ」

「頼りにしてます」

 俺が思わず手を叩きながら言うと、しばらくじいさんは俺を見つめた後、今度は乱暴に頭を撫で、がくがくと振り回した。ギブギブ、とその腕を叩いて抗議するも、じいさんは「お主はしばらく、わしと行動じゃ」と言って撫でるのをやめなかった。


「ほおおおお」


 ダミアノじいさん、呪具を目の前に童心に帰るの図。

 食事を終えて大広間に移動すると、じいさんはとてもその年齢には似合わない軽快な動きで、テーブルとテーブルの間を動き回り、呪具をあらゆる角度から観察し、奇声を発している。

「……何なの?」

 俺の背後から、淫乱ピンクの困惑した声が上がっている。

 それと、ラウール殿下の苦笑も。

 リカルド先生はさりげなく俺の横に立ち、近づいてこようとするアデルを遮ってくれていた。っていうか、アデル嬢のアピール凄くないかな、と嬉しいより困惑が先に立つ。


「どうですか、導師」

 先生は俺の肩を軽く叩き、じいさんの方へ行こうと促してくる。それに従ってダミアノじいさんのところへ行くと、きらっきらな瞳がこちらに向けられた。

「ここにあるもの、学園長に全て買い上げるように依頼しておくぞい!」

「え?」

「研究のためとか色々言っておけば、何とかなるじゃろ。どれもこれも面白い。事故が起こらんように気を付けながら解体して、きちんと元通りに組み立て直すし、壊れているものは意地でも直す。これは今後の魔道具制作のためにもなるじゃろうし、造り方が解れば、本にして後世に残したいんじゃ」

 じいさんはまたぐるぐると歩き回り、ぶつぶつと何事か呟き始め、ふと視線を上げた。

 その視線の先はブルーハワイである。


「青いの」

「えっ」

 急に呼ばれて困惑するブルーハワイの目の前にダミアノじいさんは歩いていき、にこにこと微笑む。邪気のない笑顔、無害そのもの。それに誤魔化されてブルーハワイも少しだけ表情を緩めた。

「わし、お主に起きたこと、全部リカちゃんに聞いたぞい」

「リカちゃん」

「その呼び方はやめてください」

 リカルド先生から苦々し気な声が飛んだが、もちろんじいさんは気にしない。その手でブルーハワイの肩をぽんぽんと叩くと、いきなりじいさんの手の平から魔法が放たれた。

「え、あの!」

 急に青白い光がブルーハワイの身体の周りを取り囲んだかと思えば、その光は鎖のようなものに変化し、ぎっちりと彼の身体を拘束した。

「え、おい」

 ラウール殿下も慌てたように、ブルーハワイを拘束する光の鎖に手を伸ばしたが、あっさり弾き飛ばされてしまって触ることすらできずにいる。

「安心するといいぞい」

 ダミアノじいさんの笑顔は崩れず、逆にそれが怖く感じるようになったのか、じりじりとブルーハワイが後ずさるのが見えた。

「これでどうやって安心しろと」

「わし、魔法は得意! 尋問とかも得意!」

「尋問!?」

「尋問って」

 ブルーハワイとラウール殿下が助けを求めるように俺を見たり、リカルド先生を見たり。しかし、こちらもどうしたらいいのか解らず、周りを見回すだけだ。

「ちょいと、お主の身体に潜むご先祖様に色々教えてもらいたいなって思ってのう。大丈夫じゃ、優しくすると約束する」


 ダミアノじいさん、超ノリノリである。

 とりあえず、俺は足元で首を傾げている格好のケルベロス君を抱き上げ、それぞれの頭を撫でながら思うのだ。


 俺氏、またもや高見の見物。


「やだ、このお菓子美味しい」

 大広間の片隅で、いつの間にか俺と淫乱ピンクはのんびりとお茶の時間である。召使たちに持ってきてもらったおしゃれなティーポットとカップ、お菓子が積まれた……これ、何て言うんだろう、皿が何段にもなってるお菓子乗せ。

「ケーキスタンドって言うのよ。お菓子だけじゃなく、サンドイッチとかも乗せたりするのよね」

 俺が疑問を口にすると、金色の縁取りのついた白いカップから香り高いお茶を飲みつつ、ヴィヴィアンが色々教えてくれる。結構女子力たけえな、淫乱ピンク。

 ナッツ入りのマフィン、洋酒の利いたマドレーヌみたいな焼き菓子、小さく切ったケーキ色々(プチガトーとか言うんだとこれもヴィヴィアンから聞いた)、クッキーにマカロンみたいなやつ、どれも美味い、と思う。

 俺はその中でも気に入った、甘さと塩気の絶妙なハーモニーを生んでいる薄いビスケットみたいなやつを、膝の上でそわそわしているケルベロス君たちに与える。さくさく、ぼりぼり、良い音である。可愛いなあ、三兄弟。


 うん、現実逃避だけどな。


『まさか、私を呼び出す者がいるとはな』

 光の鎖はブルーハワイだけではなく、彼を座らせた椅子にまで絡みつき、もうどうやっても逃げられれない、というところまで雁字がらめにされている。

 何というか、アレを思い出すよな、亀甲なんたらとかいうヤツ。

 呪具からできるだけ遠い位置に座らされた彼は、今はブルーハワイとは全然違う表情でそこにいる。忌々し気に辺りを見回す彼のことを、大広間にいる人間が困惑したように見つめている。多分、森ご一行の皆様は何が起きているのか解っていない。

「うむうむ、初めまして、じゃの? お主が呪具を造った男かの?」

『だから何だ』

 ブルーハワイ――カフェオレさんは軽く鼻を鳴らし、それからそっと視線を動かしてどこか懐かし気に呪具を眺める。それは完全にブルーハワイとは別人で、薄ら寒い光景でもあった。


 その様子をじっと見つめるアデルと森男は、じいさんたちの会話を聞いて何となく事態を察したようだった。警戒するように二人を見つめていると、カフェオレさんがその視線に気づいて薄く笑う。

『面白い。人間に効果が出ると、そうなるのか』

「お前」

 森男がアデルを庇うように前に出て、何か言おうとする。

 しかし、カフェオレさんはぎこちなく首を傾げると苦笑して言った。

『対魔物用の呪具だったんだが、壊れているようだ。人体実験はありがたい』

「人体実験のう」

 ダミアノじいさんが困ったように頭を掻き、小さく続けた。「昔、それをやって人間が魔物化したという前例があって以降、かなり厳しいルールが生まれておる。今は、動物相手にしかやれんし……」

『面倒な時代になったものだ』

 くっと笑うカフェオレさんを見て、じいさんはその『前例』を作ったのが目の前の『ご先祖様の記憶』だと察したのだろう、苦笑して見せた。

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