第89話 運び込まれた魔道具

 俺氏、高見の見物。


 というわけで、面倒くさそうと……いや、邪魔をしてはいけないという優しさから、俺はちょっと離れた場所から騒然とした光景を見守ることにした。

 淫乱ピンクも、最初のうちは魔道具って? とそわそわしていたものの、ブルーハワイの持ってきた魔道具が次々に王城の大広間に運び込まれていくのを見ているうちに、その目がゆっくりと半目になっていった。王城の人たち、騎士たちもそれぞれ、『何かヤバいもん持ってこられた!』と顔が強張っていたし、空気が張り詰めている。


 そこへ、新たな客である。歩く光合成。派手な頭の二人。

 さらに、その二人の護衛なんだろう、ごつい体つきのいかにも騎士――というより、肉の壁とも呼べそうな背の高い男性が十人ほど。

 どんだけ警戒してんだよ、というのが正直なところ。

 その先頭を歩くアデルは、筋肉の中の唯一の癒し。素晴らしい美少女。頭髪は派手だが、それさえ目を瞑れば眼福と言える。傍らの森男は相変わらずチャラいが、そこそこ緊張した表情でアデルを見守っていた。

 

 アデルの細い腕の中には、明らかにヤバい魔道具を封印していると思われる、魔方陣が浮かび上がった金属の箱。ほんの少しでも魔力がある人間なら、その箱から発せられる気配がただならないものだというのは感じ取れただろう。

「何か、骨壺抱いているみたいで怖い」

 俺の隣の淫乱ピンクは、そんな縁起でもないことを言って肩を潜め、ブルーハワイの持ち込んだ魔道具にだけ興味を示していた。他の人間の邪魔にならないように、人の合間を縫って歩き回り、きょろきょろと辺りを見回している。それだけ見ていれば、無邪気なピンクヒロインなんだがなあ。


 そうして気が付けば、通常だったら夜会とか行う場所である大広間だが、外が暗くなりかけた夕方ということもあって、ちょっとした肝試し会場みたいになりつつある。王城の人間が総出なんだろうか、どこからか魔道具を置くためにテーブルを運んできたり、椅子を置いたり忙しい。

 俺は子犬状態のケルベロス君を抱きつつ、目の前を行き来する人たちの様子を窺う。たまに、彼らの目が驚いたように俺の腕の中に刺さるが、大人しいケルベロス君たちが陸に上がった河童みたいに無害だと思ったのか何も言ってこない。

 そして俺は、結構離れた場所にいるリカルド先生、ラウール殿下にブルーハワイ、森兄妹の会話を何とか盗み聞きしようと意識を集中させていた。


「使えそうなものがあれば、どれでもどうぞ」

 そう言ったブルーハワイの口調は平坦だ。「ただ、色々問題のあるものも含まれているので、使うのには充分な注意が必要です。多分」

「お前の屋敷に保管してあったのに、多分って何だ、多分って」

 ラウール殿下が不満そうに鼻を鳴らすと、アデル嬢がころころと笑って言った。

「わたし、鑑定魔法が使えますよ? ちょっと調べてもいいですか?」

 そう言って彼女が近寄ったのは、彼らに一番近いテーブルだ。持っていた骨壺――もとい、封印の箱を森男に渡し、テーブルの上にあった小さな魔道具に手を伸ばす。


「駄目です」

 その手首を、慌ててブルーハワイが掴んで顔を顰めた。森男の表情も引き締まり、咎めるような視線がブルーハワイへ向かうが、それ以上に慌てたようなブルーハワイの顔が印象的だった。

「それ、以前、厄介な事故を起こした魔道具です。不用意に触っては駄目です」

「事故?」

 アデル嬢は小首を傾げ、話の先を促した。すると、ブルーハワイは小さく謝罪して美少女の手を解放した。

「自分が子供の頃でしたが、父が古物商へいくつか魔道具を売り払おうとしたんです。その中の一つがそれです」

 彼らの視線の先にあるのは、正立方体の銀色の小箱である。それもまた、宝石箱と言われてもおかしくない装飾のついた、綺麗な見た目をしている。

 だが、俺が遠くから見る限り、何と言うか……ルービックキューブみたいなパズルの箱に見える。からくり箱というのだろうか。

「実は、我が一族に伝わる魔道具は、使い方が解らないものばかりなんです。見た目は綺麗なので、売れると思ったんでしょうね。実際、今までもそうやっていくつか処分してきたともいいます。邪魔ですからね」


 ――体のいい厄介払い、みたいなもんか。


「今までも?」

 アデルの笑顔が凍った気がした。

 そう言えば、この森兄妹が呪われたとかいう呪具は、どこかの商人が彼らに売り付けたんだったか? ってことは、元々はブルーハワイの家から流出したものという可能性もあるのか、と思ったのだ。

「いえ、本当に危険そうなものは売りませんよ? 責任を持って保管してきました」

 ブルーハワイもまた、アデルの表情に感じるものがあったのか、慌てて両手を上げてぎこちなく笑う。「それで、売る前にできるだけ確認しているんです。売っても大丈夫なのかどうか、あまり触りたくないんですが我儘を言ってる場合ではありませんしちゃんと調べます。それで、父も鑑定魔法は使えたので、安全そうなものだけ手放してたんです。でもその魔道具に関しては、人間には無害であると父が鑑定して、色々触っていたら――その、発動させてしまったらしいんですよね」

「それで、どうなったのですか」

 アデルも森男も興味を惹かれたように彼を見つめると、ブルーハワイはちょっとだけ情けない表情で低く唸る。

「えー、あー、どうもですね。その魔道具が発動したら、ちょっとまずいことになってしまったらしくてですね?」

「はい、だから?」

「どうも、男女間の性欲を刺激したというか、うっかり我が屋敷だけじゃなく、その近隣の家にまでその効果が発生してしまいまして、ちょっとした酒池肉林の世界が繰り広げられたというか……」


「あのクソは何を作ってんだ?」

 そう声を上げたのはラウール殿下で、すぐに我に返ったように声を顰めて続けた。「お前は……お前の先祖、何を目指して魔道具を造ってたんだよ」

「知りませんよ。変人だとは聞いてますが、変態でもあったんだと思います」

 二人がぼそぼそ言い合っていると、森男が困惑したように口を挟む。

「それで結局、売ることができなかったということかな?」

「え、ああ、はい」

 ブルーハワイは我に返ったようにそう言ったものの、すぐにその視線は宙を彷徨った。「まあ一応、そのせいで子供を宿す女性が増えて、父が出産祝いと言う名の見舞金を払って回ったと聞いています。まさに負の遺産です。だれかもらってくれませんかね?」

「変なものを持ち込むな」

 リカルド先生が完全に冷え切った目でブルーハワイを見つめている。ブルーハワイはそんな先生の視線を受けつつも、必死に「危険だから手放したかったんですよ」と訴えている。

 まあ、解る気がするけども。


 しかし。


 アデル嬢は、伸ばした手の平の前に、ゆっくりと魔方陣を描き始めた。小さな魔方陣は白い光を放ち、やがて彼女は困ったように笑った。

「確かに、本当ならば人間には影響のない魔道具だったのでしょうね」

「え?」

 ブルーハワイが眉を顰めると、アデルは酷く真剣な顔を彼に向けて続けた。

「これは、魔物相手に使う魔道具だと思われます。おそらく、人間には作用しないよう、安全装置もついていた……と思うのですが、一部、壊れていますね」

「え?」

「これはあなたのご先祖がお造りになった、ということでよろしいですか?」

「ああ、はい、その通りです」

 やっとそこでブルーハワイの、そして他の皆の表情にも何かを懸念したような色が浮かんだ。

「通常、魔道具というのは造るために多くの魔石を必要とします。魔石を手に入れるのは、魔蟲、魔物を倒した時。魔蟲はよく見かけますが、魔物は滅多に街中には現れません。質のいい魔石は、やはり魔蟲が魔物化してからではないと……」


「なるほどな」

 そこで、リカルド先生が納得したように頷いた。「魔蟲を退治して質の悪いものを手に入れるのではなく、魔物を殺していいものを手に入れたかったということか。しかし、魔物というのは――」

「ええ、生殖能力が低いんです」

 アデルが先生の言葉を引き継いで、ブルーハワイを見つめて小さく笑った。「あなた様はこの魔道具を造った人間を変人と言いましたが、恐ろしい人だったのだと思いますよ? その人は恐らく、魔石を効率的に集めるために、魔物を捕獲して無理やり発情させ、繁殖させる魔道具を造ったのです。そして、生まれてくる魔物の子を次々に魔石に変えていった」


 ――まるで、家畜のように。


 美少女の口から語られると、何だか不気味にすら思えた。

 俺は思わずケルベロス君のもふもふ感を楽しみつつ、やっぱり他人事のように考えていた。面倒そうだから現実逃避である。ああ、もふもふは正義。


「どうぞ、あなたも一緒に会話に混ざりませんか?」

 そこで急に、美少女の視線が俺に向いて、小さくそう言ったのだ。どうやら俺がずっと彼らの会話を盗み聞きしていたことに気づいていたようだった。

「え、何? こっち見てない?」

 俺の横に戻ってきた淫乱ピンクが、アデルの視線に気づいたようで困惑しつつ俺の耳元で囁く。

「呼ばれているみたいなので、いきましょうか」

 俺はヴィヴィアンの腕を掴み、美少女の元へ足を向けた。

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