第88話 愛し合う二人を引き裂こうとは
平和な朝だなあ、と思っていたらラウール殿下とブルーハワイがいなかった。
だから静かだったのか?
食事のためにいつもの広い部屋に入り、リカルド先生と淫乱ピンクと俺、ファルネーゼ国王陛下という顔ぶれでの朝食。その部屋の隅には、相変わらず沈黙の盾さんが立っている。
召使の人たちが慣れた様子で料理の皿を運んできて、次々に並べてくれる。自分で作らなくても出てくる食事ってのはありがたい。
俺がそんなことを考えつつ、隣に座った淫乱ピンクにラウール殿下たちのことを訊くと、呆れたような目がこちらに向いた。
「昨夜の夕食の場で言っていたでしょ? オルフェリオ様のお屋敷にお二人で向かったのよ。保管庫にある魔道具を持ってくるとか言ってたのに覚えてないの?」
言ってたっけ?
そういや、ラウール殿下が名残惜し気に何か俺に言っていたような気がするが、すっかり聞き流していた。興味ないし。
っていうか、オルフェリオってブルーハワイの本名か、と改めて思い出す。もう、ずっとブルーハワイでいいのに。青いし。
しかし、魔道具を持ってきてくれるのは楽しみでもあり、不安でもある。だってそれ、魔道具じゃなくて呪具なんじゃないのかな、とか思うんだよなあ。
そして、食事しながら思ったんだが、どうもファルネーゼ国王陛下の視線が俺に向いてる気がする。値踏みするかのような、明らかにこちらの様子を観察している目。うん、間違いなく見られてる。
「今日も図書室でいいか? 外出したいなら誰かを護衛につけるが」
俺がちりちりとした視線を感じつつ、ホワイトソースのかかったオムレツを食べていると、リカルド先生がそう声をかけてくる。
多分、先生も陛下の視線に気づいているようで、少しだけ機嫌悪そうにそちらにも視線を投げる。
「わたしは図書室でいいですー」
淫乱ピンクは何も考えていなさそうな明るい笑顔でそう言うから、俺も「わたしもそれで」と頷いた。図書室が広いから一日いても問題ない。
「リヴィアと言ったか」
陛下が急に口を開いて、俺は驚いて背筋を伸ばす。おそらく挙動不審になった俺に気づき、リカルド先生がすぐに牽制するかのようにテーブルの上を指で叩く。
「何を言うつもりですか、陛下」
「他人行儀だな、リカルド。昨日は父上と呼んでくれたはずだが」
「過去は過去ですね。リヴィアにかまわないでもらますか」
「しかし、確認をしておきたいことがある」
「不要です」
「父と呼ばぬお前にそこまで言う資格があるのか?」
「私はもうグラマンティの人間ですので。グラマンティは他国の争いには不可侵、全くの治外法権。陛下の力も及ばぬ土地ですが」
――何ぞこれ。
何で二人、険悪な感じになってんの?
俺の視線が二人の台詞が吐かれるたびに、左右に揺れる。俺に訊きたいことって何だ、と首を傾げていると、陛下が無理やり俺に言葉を投げてくる。
「もし、この国のために身を引いて欲しいと言ったら、君は婚約解消してくれるか」
「はい?」
「そうか、納得してくれるか」
「リヴィアは応えなくていい。私から話す」
――何ぞこれ。
俺が困惑していると、淫乱ピンクが俺の横でぼそっと囁いてきた。
「王位継承者が変わるってことでしょ。あなたが婚約者だと困るってわけよ。そんなことも解らないの?」
「いえ」
なるほどと俺が頷くと、リカルド先生が「解消はしない」とすぐに声を上げる。そして、視線だけで他人を殺せそうな目を陛下に向け、冷ややかに笑って見せた。
「愛し合う二人を引き裂こうとは、なかなか横暴でいらっしゃる」
嫌味ったらしい声音と、それが響いた瞬間に傍に控えていた召使たち――若い女性たちが妙に色めきだった声を上げたのも解った。
そして、俺の背中に冷や汗も流れる。
愛し合うと言いましたが、誰と誰がだ。そうか俺たちか。そうか、俺たちか!
しかも、何故か淫乱ピンクが「ムカつく」と言いながらテーブルの下の俺の足を踏んでくるんだが。
平和な朝だなあ、と思ったのにそれがあっという間に消えて、俺は途方に暮れたのだった。
それでも一応、図書室は平和だった。
食事の後、しばらくの間、リカルド先生はファルネーゼ国王陛下と何やら言い合っていたようだった。俺が関わってもどうにもならないし、結局は淫乱ピンクと図書室にこもって午前中を過ごした。リカルド先生は何かと忙しいようで詳しくは聞けなかったのだが、オスカル殿下の体調も随分よくなってきて、そちらに時間を割いているということらしい。
もしかして和解したのだろうか、と期待する。
やっぱり、仲違いしたままなのは俺としても心配だし。
「悪かったな」
と、リカルド先生が図書室に姿を見せたのは、お昼時になりそうな時間帯だ。
俺たちが椅子に座って本を読んでいると、向かい側の椅子に先生が腰を下ろし、じっと俺を見つめてくる。何を言いたいんだか知らないが、圧が凄い。
マジでやめてください、心臓に悪いんで。
そんなことを心の中で叫んでいると、急に俺たちの前に白い封筒が落ちてきた。自然とリカルド先生の前にスーッと流れていったその封筒には、赤い封蝋が見える。
「……シャオラ王国の封蝋。ラウール殿下だな」
先生は無造作にその封筒を取り上げ、封蝋を割って手紙を取り出し、そっと開いた。
そして俺たちは昼食後、ファルネーゼの王城の前に立っている。
門番さんたちが困惑する様子が見られるが、それは仕方ない。何しろ、目の前にずらっと並ぶ魔導馬車。先頭にある魔道馬車から、ラウール殿下が降りてきて、俺たちの姿を見つけると片手を挙げて「出迎えに感謝する」と声を上げた。
それに続いて、ブルーハワイが馬車から降り、リカルド先生に頭を下げる。
「お手数をおかけしますが、書簡にありました通り、色々と持ってきてあります。危険だと判断したものは、封印の魔法で『閉じ込めて』あります。どうか、ご確認を」
「解った」
何だか不穏な言葉も聞こえたようだが、それよりラウール殿下が俺の手を取ってキスしようとしたので、慌ててそれを振り払って淫乱ピンクのドレスで拭こうとして殴られておいた。
改めて色々確認したところ、光合成兄妹の呪いとやらを解呪する魔道具があるのではないかと、彼らはブルーハワイの屋敷に行って探してきたらしい。
しかし、どんな性能持ちの魔道具なのか確認するのが面倒になったようで、ラウール殿下が「全部持って行って、相手に見てもらえば?」と言い出した結果がこれである。
っていうか、召喚獣で移動したにしても帰還が早すぎる。間違いなく選別するのが面倒くさくなって適当に持ってきたんだろう。
ブルーハワイも、そしてブルーハワイの一族も、厄介な魔道具はもらってくれる人に押し付けてしまえ、と考えたようで、高く売れるなら全部売りたいと言い出していた。
そして、それに目を輝かせている淫乱ピンク。
先生はオスカル殿下に使えそうな魔道具を期待しているようで、かなり真剣な表情で魔導馬車の中の荷物を片っ端から開けていった。そして最終的には、全部の魔道具を王城へ入れることになったのだ。
俺も魔道具が余ったら欲しいなあ、とか、ダミアノじいさんが一緒にいたら買ってもらえたんじゃないのかなあ、とか考えつつ他人事のように見ていると、何やらまた王城の中が騒がしくなってくる。
リカルド先生のところにまた別の封蝋つきの手紙が届いたらしい。
そして、その日の夕方、魔導馬車に乗った光合成兄妹が姿を見せたのだった。二人に呪いを与えたという呪具を携えて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます