第84話 お悩み相談室

「ところで、呪いってどのようなものなんでしょうか」

 奇妙な空気が流れる中で俺がアデル嬢へ訊くと、彼女は急に泣きそうな笑顔を作った。

「……それは、その」

「呪いを受けたのはお二人とも、なのですよね?」

「はい。箱を開けた時に一緒にいたわたしたちが呪われまして、その呪いが発動したらまた鍵がかかってしまったので、今は王家の宝物庫へ封印してあります。他の誰も触れることができないように、と」

 彼女の言葉は酷く歯切れが悪かった。

 それに、呪いの内容を説明しようとはしてくれない。

「どんな呪いなのか言いづらい内容なのですか?」

 そこで彼女は俯き、落ち着きのない動きで両手を組んだり離したりする。

「ええ、実は……王位継承者としても、王家の血筋を引く人間としても、とても恥ずかしい呪いだとだけ」

「恥ずかしい」

 俺はじっと考え込んだ。

 恥ずかしいとは何だろうか。例えば貧乳になる呪い……と彼女の胸を見たが、俺より大きい。俺より、大きい!

 森男が恥ずかしいと感じるような呪いというなら、ち〇こが小さくなる呪いとかだろうが――と彼を見たら、「何か変なことを考えている?」と酷く冷ややかな目で見つめ返された。

 結局のところ、目の前の少女、イケメンに何の呪いがかかっているのか全く解らない。ただ、二人とも大きな魔力持ちなんだということは感じ取れる。それでも解けない呪いだというのだから厄介そうだという予感しかしない。


「とりあえず、我々が言えることは」

 リカルド先生が軽く手を上げて、アデルと森男の視線を受けた。「呪具を壊せば呪いが解ける可能性はあるかもしれませんが、確実とは言えません。ただ、そちらのオルフェリオ・ロレンツィという少年の一族には、昔、呪具を造った人間がいるとだけ」

「あの、先生!」

 ブルーハワイが慌てて首を横に振る。「何百年も前の話ですよ? もう呪具を造れる人間はいません」

「資料くらいは残っていないのか?」

「実は……彼は危険思想の持主と判断され、彼の書いた文献や資料は全て焼却されています。残っているのは、彼が造った呪具だけです。我々はそれがどんな効果を持っているのかすら解っていませんし……」

 先生とブルーハワイが睨み合うようにして動きをとめ、その後でため息がどちらともなく漏れる。


「それでも、可能性があるのなら」

 アデルは必死といった目でブルーハワイを見つめた。「どうか、ご助言をいただけませんか? もし可能でしたら、我が国に足を運んでいただくか、もしくは我々が呪具を持ってあなた様のお屋敷に伺います。お願いします」

「え……」

 ブルーハワイは引きつった笑みを浮かべ、隣に立って腕組みをしているラウール殿下に助けを求めるような視線を投げる。

「それに、神具のあなた様も」

 と、アデルが俺を見つめて微笑むのだ。

 面倒ごとの予感しかしないな、と考えて黙り込んでいると、彼女はソファから立ち上がって俺の前にまでやってきた。そして、床に膝をついておねだりのポーズである。


 王女様の、おねだり。


 俺は誘惑に負けそうになりつつ、そっと目をそらしてリカルド先生を見る。


 さらに、アデルは淫乱ピンクにも笑顔を向けた。

「あなた様もぜひお願いします」

「えっ、わたし?」

 すっかり部外者的な立場になったと思って油断していたのか、淫乱ピンクの声が上ずっている。

「はい。あなた様にも、僅かながら不思議な魔力を感じます。わたしたちは可能性のあることでしたら、全て試そうと考えておりますので」

「でもぉ、わたしは他にやりたいことが」

 明らかに逃げ腰だった彼女だが、謝礼をはずむとか、魔道具も色々プレゼントさせてもらうとか言われているうちに、何か考えることがあったのか頷いた。多分、謝礼にあっさり揺らいだんだな。


 そして色々話をして、この夜会が終わったらアデルたちは一度国に帰り、またファルネーゼの王城までやってくるという流れに落ち着いた。

 呪具を俺が壊して、それで呪いが解けるなら一番簡単だ。

 だがそれが無理なら、別の手を考えなくてはならない。


 でも彼女たちは安堵したように微笑み、改めて俺たちにお礼を言って応接室を出て行った。

 で、この場に残された俺たちは、誰もが言葉少なだった。


「ヴィヴィアン様がこの件に関わるのは意外ですね」

 俺たちは大広間に戻り、夜会の賑やかな人間たちの仲間入りをした。リカルド先生は来客の相手をしなくてはいけないのか、俺を心配そうに見た後に離れていった。

 ラウール殿下とブルーハワイは俺たちの傍にいたが、やっぱり先ほどの話に集中していてこちらには目も向けない。

 だから、適当に話ができる。

「意外かしらねー?」

 彼女は眉間に皺を寄せつつ、苦々しい笑みを浮かべた。「でも、単純に魔道具に惹かれただけよ? 魔道具って便利だもの、その中にはわたしの少なくなってしまった魔力を底上げしてくれるようなものもあるかもしれないじゃない? この世界で生きていくには、やっぱり魔法が使えなきゃ意味ないわ」

「なるほど」

「でもね」

 淫乱ピンクはそこで俺の手を引いて、大広間の壁際へと足を向けた。色々な場所に置かれている大きな花瓶に、たくさんの花が活けられていて華やかさを演出している。

 ヴィヴィアンは何故かその花瓶に手を伸ばし、蕾のままの花に触れ、そっと指先に魔力を込めたようだった。

「このくらいは今でもできるのよ」

 そう言った彼女の指先で、淡い緑色だった蕾があっという間に白くなり、ピンク色に染まり、花開いていく光景が繰り広げられる。

 こういうの知ってる、花さかじいさんだ。

「わたしの一族の力は、植物の命を操ること。これって、なかなかこの世界ではレアなのよね。光魔法を操るのが得意だとしても、滅多にできることじゃない。だから、まだ努力すれば何とか下剋上が目指せる、のかも」

「なるほど」

 思ったよりヴィヴィアンは真面目に未来のことを考えているのかもしれない、と見直した。

「だから、あなたも手伝ってよね。むしろ、あなたが頑張って」

「人はそれを他力本願というのでは」

 一瞬でヴィヴィアンのことを見損なう俺。でも彼女は、皮肉げな笑みを俺に向けて首を傾げた。

「わたしが他人を信用するの、滅多にないわよ? あなたって不思議よね」

「そうですか?」

「何だかあなたって、女の厭なところをあんまり感じない。女というより、男の子みたい」


 ――おっと。

 結構、鋭い。


「もしかして、ヴィヴィアン様は女の子が好きじゃないんですか?」

 俺も突っ込んで質問をしてみると、これも意外なことにあっさり頷いて応えてくれた。

「だって、女って裏切る生き物だもの。信じたら駄目っていうのがわたしの信条よ」

「えー……」

 俺は何て言ったらいいのか解らなかった。

 でもまあ、女友達がいないってことは、そういうことなんか、と納得もしていた。ヴィヴィアンは女友達がいないんじゃなくて、わざと作らないってことだ。


「どうしてそう思うに至ったか、質問しても?」

 そう続けて訊くと、彼女は壁に寄りかかって笑う。時間が随分経ってしまったことで、ヴィヴィアンが目を付けていた金髪イケメンの姿も大広間には見当たらない。

 どうやら彼女は今夜の夜会でイケメン探しをすることを諦めたのか、酷く疲れたように息を吐いた。

「NPCはお悩み相談室にもなってくれるの?」

「NPCって何ですか?」

 NPCというのがノンプレイヤーキャラクターという意味であることは知っているが、とりあえずとぼけておこう。俺は単なるゲーム会社が作り出した存在です、ということにしておく。


「まあ、言っても解らないかも、だけど。わたしってさ、前世でいじめられてたのよね」

 やがて、淫乱ピンクは目の前を行き来する人の群れを見つめながら口を開く。誰も俺たちに注意を払わないから、こんな重苦しい会話をしていても気づかれない。

「いじめ、ですか」

「それもね、女の子のいじめって、すっごくエグイのよ。そりゃもう、びっくりするくらい陰湿。男子生徒とは違って、彼女たちは腕力に頼ることはしない。無視をしたり、物を壊したり、陰口を叩いてわたしを孤立させたり、もちろん机の上に花も飾られたりね。先生に言おうものなら、チクったって言われてもっと悪化する。誰もわたしを見てるだけで、助けてくれなかったな」

「何故、その、いじめなんか……」

 原因は何か、と訊こうとすると、ヴィヴィアンは肩を竦める。

「理由なんて些細なきっかけがあればいいの。ちょうど、わたしの両親が離婚して、母親に引き取られた。片親ってだけで彼女たちにはいじめるだけの理由になっただけ。まあ、わたしもそれから貧乏になったし、破かれた教科書を買い直すお金もなかったし、あいつらは泣いてるわたしを見るのが楽しかったんでしょ。他人の不幸は蜜の味ってやつ」


 俺はだんだん何て言うべきか悩み始めていた。

 でもきっと、ヴィヴィアンは俺の返事なんて期待していないだろう。ただ、吐き出したかったから続けたようだった。


「いじめだけじゃなくて、母親からもね、だんだん暴力を受けるようになって。毎日のように言われたの。あんたさえいなければ、わたしは自由に生きられたのに、って。シンママ……って言ってもあなたには解らないだろうけど、シングルマザーって立場だけで弱者なのよ。負け犬なの。母親は周りからの目に耐えられなくなって、わたしを殴ることでストレス解消をしてたの。これも、殴るには些細な理由さえあれば充分。何で笑ってるんだ、お前が生きているだけでお金がかかるのに、なんて言われたり。毎日、わたしは自殺することだけを考えてた」

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