第80話 変質者です
平和な朝がやってきました。
召使の女性がドアを叩く音で目が覚め、着替えやら化粧やら髪の毛の寝ぐせ直しやら、完璧にやってもらって美少女が出来上がりました。
何も、そこまでしなくても、と思ってしまうくらいの至れり尽くせり。
朝食の場に陛下の姿はなく、大きな部屋に召使を除けばオスカル殿下を除く俺たちだけ、という気楽さ。
今日の予定である観光を改めてリカルド先生が説明して、結構俺はテンションが上がっていた。
だが意外なことに、朝になったら淫乱ピンクの表情が優れない。寝起きが悪いタイプなのか、と思ったが、そうでもないようだ。
「ねえ、リヴィアってさ……」
食事のテーブルにつくと、隣に座った彼女が歯切れ悪く声をかけてきた。
「はい」
そう返してみたが、彼女は少しだけ口を閉じて悩んだ後、結局首を横に振って何も言わなかった。妙に気にかかったが、無理やり聞き出すのもどうかと思って放置することにした。
それに、リカルド先生が会話の合間に、この国にしか出現しないレアアイテムがあると言い出し、そこにも寄ってみようと言われたので俺の頭が切り替わってしまったのもある。
やっぱり、普通のスローライフを楽しむ生活が戻ってきたのかもしれない、と浮かれたのだ。
外出は魔導馬車、二台に別れて移動する。
俺と淫乱ピンクが一台、男性陣三人が一台。何とも微妙な分け方だが、オスカル殿下がいない今、この組み合わせが無難だ。
さらに、どうやら護衛の人間も複数つくらしく、俺たちが気にならない程度に離れて監視することになった。まあ、ラウール殿下に不慮の事故でも起きたら国交問題にまで発展するだろうし、仕方ないだろう。
先導するのはリカルド先生の乗っている馬車、俺はその後ろをわくわくしつつ、窓にかじりつく。映画で見たような、トランペットを欲しがる子供のような構図かもしれない。
というのも、ファルネーゼ王国はなかなか見所が多かったからだ。
グラマンティの街は、もっと古き良き時代を感じさせるが、ここは近代的。大通りにある店に並んでいる商品も、服一つにしてもデザインが格好いい。魔道具らしい品もたくさんあって、中二心をくすぐるような形状が多い。
シンプルながらもおしゃれな食器、B級グルメを彷彿とさせる屋台、おしゃれな服装の女の子たち。男はどうでもいい、女の子たちに注目である。
俺のその様子に呆れたのか、淫乱ピンクは最初のうち、俺を馬鹿にしたように鼻で笑っていた。しかし、男受けの良さそうな可愛い服に興味があるのは当然ともいうべきか、やがて俺と一緒に窓の外を見つめだした。
買い物は荷物が増えるから後回しにして、最初は名所めぐりにするらしい。
ファルネーゼ王国の街中から少し離れた場所に、真っ白な石造りの神殿がある。その近くにある林の中に、霊験あらたかな泉があるらしく、それを飲むと寿命が延びるだの健康になるだの、明らかに壺や印鑑を売り付けられそうな眉唾話が伝わっているとか。
さらに、神殿の裏側から山になっており、その険しい山を登っていくと、竜穴と呼ばれる洞窟があるようだ。そこの中は、ちょっとしたダンジョンみたいになっていて、冒険者たちがこぞって探検するのだとか。というのも、奥に入れば入るほど、レアアイテムが手に入る。ただし、ちゃんとした装備を持って入らないとすぐに遭難して出てこられなくなる。その洞窟の中は魔力が渦巻いていて、歩いてきた道に印を残しても、よほど力のある魔法使いでないと道を誤って帰ってこられない。
ヤバい、そういうパニック映画、ありそう。
時々馬車を降りて、リカルド先生に説明を受ける。
さらに、道すがらアイテムが落ちていればすかさず拾う。
何だか一番、俺が楽しんでいるような気がする。
お昼時になれば、街中に戻ってちょっとお高めらしい店で食事。食事代はファルネーゼ王国持ちなので、贅沢なメニューを堪能。
デザートも、この世界には天才的なパティシエさんがいるのだろうかと思えるような、繊細な飾り付けが多かった。味ももちろん美味しい。
「もう、夜会前に太っちゃう」
淫乱ピンクはそう言いつつも、ふと俺を見てわざとらしい無邪気な声で続けた。「リヴィアはもうちょっと太った方がいいよ?」
――おう、どこが太った方がいいと言ってるのかな? ちょっと表に出てもらおうか。
ちょっと不穏な食事が終わって、買い物へ。
これもまた、とんでもなく高価でなければファルネーゼ王国さんが出してくれるらしい。何という太っ腹。
淫乱ピンクはやはり女の子らしくアクセサリーや服に興味があり、俺は魔石やら魔道具に興味がある。足をとめる場所はそれぞれ違う。
隙さえあれば俺の近くに寄ってこようとするラウール殿下を牽制して、リカルド先生が俺の横に立ちながらの買い物。
何というかまあ、微妙な立場の俺。
でも気にしたら負けなのだ。開き直って、観光を楽しむことにした。
で、俺が気になっているのは魔蟲石や魔石、アイテムを販売している店だ。
大通りにある店は、品ぞろえがしっかりしているが、それなりに高い。でも、何か買えるものがあるかな、とリカルド先生と一緒に覗く。
さらに、その店の隣には古めかしい店構えの書店。これも見ておかねば、という使命感を刺激された。
リカルド先生も気になったものがあったらしく、足をとめて色々考えこんでいる。そんな中で、俺は立ち並ぶ店をぐるぐると見て回って――。
急に、声をかけられたのだ。
「君!」
と、浮かれた俺の手首を掴んで、そう声をかけてきた若い男がいる。
リカルド先生より若いだろうか、二十代前半の背の高いイケメン。妙に色気の感じさせる女顔、いかにもチャラい雰囲気を纏った彼は、俺を見下ろして形のいい唇を歪ませた。
っていうか、見た瞬間に俺の危機センサーが反応した。
イケメンであるのはどうでもいいとして、目の前の彼の髪の毛の色が、妙に派手な緑色をしているのがヤバいと感じたのだ。
ちょっと待とうか、ゲームの神様?
淫乱ピンク、ブルーハワイときて、次は緑色。どぎついその色は、まさに濃縮された草や森と表現するのがちょうどいい。
ここがゲームの世界で、重要人物が人間世界にあり得ない色の髪の毛を持つというのがお約束であるならば、今、俺の目の前にいる男はどんな役割をしているんだろうか。
淫乱ピンクが言っていた通り、ここはゲームの続編の世界なのか?
ってことは、また何か事件が起きる予兆ではないのか。
俺が咄嗟に身体を強張らせてそんなことを考えていると、その彼は俺の耳元に口を近づけて言ったのだ。
「その魔力、君は神具だろう?」
「え」
厭な予感が当たった、と身体を引こうとすると、急に彼はとんでもない行動に出た。
本屋の店先、大通りでたくさんの人たちが行き交う中、あまり俺たちに注意を払っている人間は近くにはいなかった。だからなのだろうか、彼はあまりにも自然に、流れるような動きで俺の胸元に手を伸ばし、ブラウスのボタンを外したのだった。
のおおおおお!?
野太い悲鳴を上げたくなったが、俺の口は相変わらずダミアノじいさんの魔法が効いていて、女の子らしい声しか上げられない。
俺にしてはか弱い女性の悲鳴が上がっただろう。慌てて無理やりはだけられたブラウスをかき集め、両手で胸を守るように前かがみになる。
「へ、変質者です!」
震える声でそう叫んだ時、俺の前にリカルド先生、さらにラウール殿下とブルーハワイが駆けつけてきた。俺を守るように、その濃縮された森男の前に立った彼らは、今にも攻撃魔法を繰り出そうと体勢を整える。
さらに、ファルネーゼ王国の護衛の騎士たちが次々に姿を見せ、俺たちの周りを取り囲み、その不審者の逃げ道を奪った。
「連れに何をする? 名を名乗ってもらおう」
リカルド先生がそう言うと、森男が両手を上げて降参の意を示した。不審者も自分の立場が不利だと理解したようで、周りを見て緊張感を漂わせる。それでも、口調のチャラさは消えない。
「ああ、すみません。ちょっと、慌てて失礼なことをしてしまって」
「お前、リヴィアに何を」
ラウール殿下が無造作に彼の胸倉を掴み上げ、今にも殴りかかろうという雰囲気になった時、森男は眉尻を下げて申し訳なさそうに微笑んだ。
「いえ、すみません。ほら、まさか主持ちだとは思わなかったので」
と、彼は俺の胸元に視線を投げる。
俺の心臓の上辺りの肌には、リカルド先生と主従契約を結んだ直後に、小さな魔方陣のようなものが浮かび上がっている。これは、神具が主を持った時に刻まれる契約の証らしい。
彼はそれを確認するために、いきなり俺のブラウスを――。
いや、普通、こんな街中でそんなことする? ただの変態じゃねーか? おまわりさん、こいつです!
「本当、すみません。ただ、所有印を見ただけですよ」
彼はさらに続けてそう言ったが、俺は彼を睨んで「痴漢」とか「女の敵」とかぶつぶつ呟いておいた。
俺がこの世界でリヴィアとして生活していて、一番強く感じたセクハラ的なものだ。何だかよく解らないが、嫌悪感が凄い。
「大丈夫です、主持ちであるなら手出しはしませんので許してください」
彼は頭を下げつつそう言ったが、俺は絶対に許さない。
そう、絶対にだ。
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