第79話 続編に突入した疑惑

「もう、帰りたい……」

 俺の隣で、淫乱ピンクが白身魚の香草焼きをフォークでつつきながらため息をついている。

 目の前のテーブルに並んだ料理は、野菜の切り方一つ取っても手間のかかっていそうなものばかりだ。皿自体も高価なのだろう、白い皿の縁に金色の細かなレリーフが刻まれている。

 コース料理というのだろうか、前菜からスタートして色々目の前に出されたものの、右隣の淫乱ピンクが小声でぶつぶつ言っているので、純粋に料理を楽しめない。

 ラウール殿下とブルーハワイは俺の斜め前に座り、さすが王族と貴族、優雅な手つきで食事を楽しんでいるようだ。二人だけに聞こえるように何か話をしているが、どう考えても悪だくみをしているようにしか思えない。

 そして、俺の目の前に座っているのがリカルド先生。テーブルマナーなんて知らない俺なので、目の前に確認できる見本がいて助かっている。

 しかし、やっぱり先生の表情は芳しくない。

 この場の空気も僅かに重いのは仕方ない。本当ならいるべきオスカル殿下の姿がないこと、そしてそれについて先生も――一番いい椅子に座っているこの国の王が何も説明をしないことからも、あまりいい状況ではないのだろうと予想はついた。


 この夕食の場より少し前、俺たちはファルネーゼの国王陛下に挨拶を済ませている。

 謁見のためにあるような広い部屋で、陛下は椅子に座ることなく、俺たちに「愚息が迷惑をかけた」と頭を下げた。

 その後に続いた説明から、陛下が把握している今回の件は、こんな感じである。


 呪具の餌にするため、ヴィヴィアンをこの国に誘ったが、そこに運悪く俺たちが参加。

 ファルネーゼ王国に入ってからだとヴィヴィアンに『事故』が起こったら問題が大きくなるため、わざと国に入る前にヴィヴィアンを襲う。

 それを救い出したのがリカルド先生、その他。


 うん、ほぼ合ってる。

 若干不安なのは、俺という神具の存在を扱いかねているという様子が見られること。

 今のリカルド先生の立ち位置も、微妙だ。先生はグラマンティ魔法学園をやめるつもりはないと言っているようだが、陛下はどうやら諦めていないらしい。何かと彼に話しかけていたが、俺が婚約者だと知ると言葉を失っていた。

 そんな陛下のすぐ後ろには、俺が初めて見る、俺以外の神具が立っていた。

 すげえ美女。

 銀髪と赤い瞳の二十代後半くらいに見える彼女は、何の感情もその顔に乗せることなく、ただひっそりと陛下を守っている。

 何と言うか、人間ではなくて人形みたいな感じがする。意思疎通が難しそうだな、と思ってしまうというか。

 彼女を見慣れていれば、陛下が先生と俺の婚約を喜ばないのは当たり前なんだろうと思う。一応俺、ここに来てからできるだけ猫をかぶって大人しくしているし、人間味がなさそうと思われているんだろう。


 ファルネーゼ国王陛下は、特にヴィヴィアンに対して謝罪の意を強く表明し、この国に滞在している間、色々と便宜を図ってくれるようだ。呪具が彼女の魔力を奪ったのは間違いなく、その魔力回復のために努力してくれるんだとか。

 いっそのこと、ここに永住してしまえばいいのに、と思ったのは秘密だ。

 ヴィヴィアンは相変わらず頭の中が花畑なのか、こんな状況になったというのに何の根拠もないくせに楽観的だ。魔力なんかすぐに戻るでしょ、だってわたしはヒロインなんだもの、というのが彼女の意見である。

 本当に残念なヒロイン(疑惑あり)だ。


「明日は街の観光に行こうと思うのだが、どうだろうか」

 食事がある程度進み、デザートが運ばれてきた頃に先生が皆の顔を見回して言った。

「観光?」

 ラウール殿下がそう言葉を返しながら、ふと何か思い出したように笑った。「そういえば、ファルネーゼ王国は魔力織の布が有名でしたか」

 陛下がこの場にいるからだろう、さすがのラウール殿下も先生には敬語で話をしている。仕草もまた、俺と同じで借りてきた猫状態だろうか。あまり余計なことを言わないように気を付けているようだ。

「その通り。気に入った織物があれば、それで服を仕立てるもいいだろうし、マントにしてもいい。それに、この国では面白い魔石も売りに出ていることが多い」

「土産物によさそうですね」

 そうラウール殿下は返してから、俺を見つめて微笑んだ。「リヴィアにプレゼントしても?」

「却下します」

「遠慮しよう」

 俺とリカルド先生の言葉が重なり、俺の隣でヴィヴィアンが舌打ちする。何とも言えない夕食が終わった。


「夜会も行われるんですってね」

 夕食後、お風呂を済ませた後にヴィヴィアンが俺の部屋に押し掛けてきた。まあ、オスカル殿下がいない現状では、彼女も会話する相手が俺しかいないということなんだろう。

 しかし、さすが転生者というべきか、とても貴族の令嬢とは思えない行動をしてくれる。

 ヴィヴィアンは今、俺の部屋のベッドにうつ伏せになり、この城の図書室から借りてきたと思われる本を読みながら、足をぶらぶらさせていた。

 行儀悪いな、こいつ。

「夜会ですか?」

 俺がお風呂の後の濡れた髪の毛を魔道具を使って乾かしつつ首を傾げると、彼女は枕をばしばしと叩きながら俺を睨む。

「まあ、わたしたちを歓迎してくれてるんでしょ? たくさんの貴族を招いての夜会。豪勢な食事とダンス、出会いの場よね? だから、あなたは大人しくしておいて!」

「はい?」

「あなたはもうリカルド先生とラウール殿下がいるんだからいいでしょ? 新しい男を引っかけないでよね、ってこと!」

「引っかけ……」

 言葉遣いの悪さに突っ込みを入れたいから、顔芸で苦々しさを表現するも、やっぱり彼女には通じない。

「まあ、あなたには解らないでしょうけど」

 そこで、ヴィヴィアンが本を放り出して身体を起こした。どうやら彼女が読んでいた本は、この国での流行りの服飾に関してのものだったらしい。華美なドレスやアクセサリーの絵がページに描かれているのも見える。

「この世界はね、ゲームなの。可愛い主人公が、カッコイイ男性と出会って、好感度を上げていくシステムなのよ」

「意味が解りませんね」


 ――可愛い主人公って誰のことだ。


「いいのよ、解らなくて!」

 彼女はそこで乙女みたいな可愛らしい仕草で両手を胸の前で組み、何かに祈るポーズを取る。「きっと、今は続編に突入したのね! 続編なんかあるとは思わなかったけど、きっとそうよ。夜会で素晴らしい男性と出会って、そこでわたしは玉の輿に乗れるはずだわ。今更、リカルド先生やラウール殿下との好感度を上げるのも難しいでしょうし、オスカル殿下は問題外だし」

「……ブルーハワイ様はいかがでしょうか」

「誰それ」


 そういや、名前何だっけ、と俺は考えこむ。

 オル……何とかロレンツィ、だった気がする。


「ええと、オル何とか様です」

「オル……ああ」

 淫乱ピンクはそこで手を叩き、苦笑した。「オルフェリオ様ね、ラウール殿下の腰ぎんちゃく」

「腰……」

「彼も一応、攻略対象なんだけどね、基本的に王子の側近的なキャラクターは、全員影が薄いのよ。ヴァレンティーノ殿下の側近のダンテ様もそう。みんな貴族で、優良物件なのは確かなんだけど、将来的なことを考えるとちょっとねー」

 淫乱ピンクは、俺のことを単なるこのゲームのモブと認識しているらしく、何を言っても問題ないと思っているようだ。ゲームの言葉――攻略対象だのなんだの、ぽんぽん口にする。

「やっぱり、ハッピーエンドを迎えるなら、相手は王子様とかものすごく裕福な男性がいいでしょ? イケメンなのも外せないし! わたしだったら、絶対に上を狙えると思うのよね!」


 無駄にポジティブ。


「それに、絶対にお姉さまより幸せになって見返したいし。とにかく、この国に滞在中は、それなりの男性と仲良くならないと納得いかないわ」

「そうですか」

 もう何も言うまい。

 俺はぐったりとしているが、淫乱ピンクは上機嫌な様子で「ドレスやアクセサリーは用意してもらえるんですって!」とそわそわしている。

 しかも、売約済みの俺には夜会ではできるだけ地味にして、目立たないようにね、と釘を刺すことも忘れない。

 さすが恋愛脳、帰りたいと泣き言を言っていた直後にこれとは、全く恐れ入る。


 俺をこの旅行の間に、何かとんでもないことをしようとしているのもバレたわけだが、未遂だったから問題なし、とばかりにそれをなかったことにするのもどうかと思う。

 夜会でちょっと痛い目にあって、その性格を叩き直されてくれないだろうか、と期待しつつ、俺はそっとため息をついた。

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