第68話 内部から壊されている
「事故かねえ。ここで待ってても意味ねえだろ」
ラウール殿下が頭を掻きつつ呟き、俺を見る。それからそっと、俺に近づいて耳打ちする。
「なあ、先生ってもしかしてこの国の人間か? 連中の態度が違う」
と、その視線が騎士の方へ動く。
それにいつの間にか、城内が騒がしくなってきているようだ。門を守っていた騎士のところに、数人の騎士たちが近寄ってきて、何事か小声で話をしている。漂う緊張感と、その会話に自然と混ざるリカルド先生。
まあ、一目瞭然だな。
集まってきた他の騎士たちも、先生に対しては礼儀正しく、明らかに目上の人間に対する態度だし。
「あの様子で関係者でなかったら逆に驚きますね。どうします、殿下。どうやら捜索が始まるようですけども」
ブルーハワイも俺たちの会話に参戦。
耳を澄ますと一人の騎士がオスカル殿下の乗った魔導馬車に異変が起きたと言っているのが聞こえる。この世界の魔導馬車にはGPSみたいなものがついているんだろうか、少し前に魔力の波動のようなものがあった時、居場所を知らせる魔法が壊れたんだとか。
次期国王となる予定の王子に起きた異変なんだから、国の一大事だ。どうやら王城の騎士たちがほぼ総出で捜索に出るとか言っている。そんな会話をしている間にも、次々と他の騎士たちが姿を見せ、集まってくる。
甲冑を着た騎士、魔法騎士らしい軽装の騎士、様々だが、甲冑と剣の鞘がぶつかるがちゃがちゃいう音が物々しさを感じさせた。
「手伝えるんだったら手伝うけどな。どうせ暇だし、何があったのか気になるし。それに事故じゃなかったとしたら、女と二人で逃避行でもしたってのか? そんな面白いこと見逃すのがもったいねえ」
緊迫感のある空気を消し飛ばすような勢いなのがラウール殿下だ。そしていつも冷静に辺りを見ているのがブルーハワイ。
「そういうの、野次馬根性って言うんですよ、知ってましたか?」
「知ってる知ってる。俺は身の程を弁える男だ」
明らかに言葉選びを間違っているラウール殿下だが、乗ってきた馬車に戻ると大ぶりの剣を手に戻ってきた。さすが魔法騎士科の生徒だけあって、いつでも腰に剣を下げられるよう剣帯ベルトも日常的につけているようだ。
さらに、ラウール殿下はもう一振りの剣をブルーハワイに渡してニヤリと笑う。
「まさか、ここまで来て帰ろうなんて言わないよな?」
「……仕方ないですからね」
そんな会話を傍で聞いていると、この二人は何だかんだで仲がいいんだろうとは思うわけだ。
「リヴィア、俺たちと一緒に行くか? 何かあっても守ってやるよ」
ふと、ラウール殿下が俺の視線に気づいてそう言ったが、俺が何か言葉を返す前に背後から声が飛んできた。
「リヴィアは私が連れていく。それより、勝手に動かれても困るから、お前たちも一緒に来い」
リカルド先生が俺とラウール殿下の間に立つ。さすがだなあ、と俺は他人事のように考える。できる男というのは、『婚約者(偽)』を守るのもスマートである。
それに、俺はラウール殿下に守ってもらうほど弱くはない。
「そうですね、わたしは先生と一緒にいます」
俺はリカルド先生の背後から覗き込むようにしてラウール殿下に笑いかけ、こう続けた。「それにわたし、守ってもらうのではなくて戦う系女子なので」
「そういうところも好きなんだが」
「だから、私の目の前で何を言っているんだ」
ラウール殿下とリカルド先生の間にまた険悪な空気が流れた気がするが、それが決着する前に騎士たちが「出発します」とリカルド先生を呼びに来た。
そして、俺たちも行方不明のオスカル殿下を探しに出ることになったのだ。
「ケルベロス君の見せ場がなくて寂しいです」
そんなことを、リカルド先生の召喚した黒いドラゴンの背中に乗りながら言う俺。いや別に、ドラゴンに乗るのは楽しい。あっという間にファルネーゼ王国を出て、森や草原を見下ろすことになって、それにわくわくしているのも否定できない。
しかし、俺だってケルベロス君がいるのに。あのもふもふの背中に乗るの、超テンション上がるんだよなあ。
ハリーは俺のブラウスの中で大人しくしているし、ケルベロス君も子犬の姿のまま俺の腕の中である。
「グラマンティに戻ってから暴れろ。今は大人しくしておけ」
俺を守るようにしてドラゴンの背に乗っているリカルド先生は、呆れたように笑う。そして、すぐ左横を飛ぶ白いドラゴンの上にはラウール殿下。それに少しだけ遅れるような位置で、ブルーハワイの呼び出した青いドラゴンがいる。
さらに、ファルネーゼ王国の騎士団の人間もそれに続く。
地面の上を走る馬は、騎士が乗る魔導馬。空を飛ぶのは魔法騎士が操る召喚獣。ドラゴンだったり巨鳥だったり。
これはこれで、なかなかの壮観。
「どの辺りで行方不明になったのか、解るんですか?」
俺がリカルド先生を見上げつつ訊く。吹き付ける風で俺の髪の毛がばさばさいう。短く切ってしまったせいで、それほど邪魔には感じないものの、たまに視界を奪われるのが厄介だ。
「ああ。位置は城で確認してきた。すぐ見えてくるぞ」
と、リカルド先生が指で示した先には、森が途切れたところにある大きな川の河原。近くに広い道があって、結構馬車が通っているのか道そのものも整備されている感じがする。
しかし、一体何があったんだろう。
魔力の波動が襲ってきた時は、俺たちがもうファルネーゼ王国に入ってからだ。つまり、その時点でオスカル殿下と淫乱ピンクは到着していなかったことになる。
「ファルネーゼ王国お抱えの魔法使いが言うには、弟は生きているらしい。連れはどうか解らないがな」
「んー……」
淫乱ピンクが死んでいたら、ジュリエッタさんは悲しむだろう。真面目だしな、彼女。
それに、ジュリエッタを困らせている問題児だとはいえ、俺も死んで欲しいとまでは考えていないし、できれば無事でいて欲しい。
俺が首を捻っている間に、リカルド先生の召喚獣は草原に降り立った。風圧で辺りの草が揺れる。
さらに続いて、ラウール殿下とブルーハワイ。
王城の他の人間が見る前に、俺たちは川の傍の道で、オスカル殿下と淫乱ピンクが乗っていた馬車が倒れているのを見た。
青い魔導馬も倒れていて、馬車そのものも魔物か何かに襲われたかのように大破している。
「死体はありませんね」
散乱する馬車の破片を避けて近づいたブルーハワイが、剣の柄に手を触れつつ中を覗き込んだ。そして、最悪の事態はなかったと確認すると少しだけ緊張を解いたように息を吐く。
「血痕もなしか?」
「ええ、ありません」
ラウール殿下がブルーハワイの言葉に奇妙な顔をしながら黙り込む。そして、リカルド先生に視線を投げた。
「おそらく、襲われたんじゃないと思うぞ。これ、内部から壊されてるみたいだしな」
そう言った言葉を確認するように、リカルド先生が馬車に近づいて見下ろす。そして、小さく頷いた。
つまり、オスカル殿下か淫乱ピンクがやった?
俺は眉を顰めながら考える。
「行先を変更したのも弟……殿下のようだな」
リカルド先生は、倒れた魔導馬に手を伸ばし、何やら調べているようだった。魔導馬の上に魔方陣が現れ、そこに細かい文字が浮かび上がる。
「最初はファルネーゼ王国へ直行だったはずが、途中で書き換えられている」
「例えば、淫……ヴィヴィアン様が『トイレに行きたい』とかごねて、川に寄ったとか」
「お前、結構夢がないな」
俺の言葉にラウール殿下もちょっと引いたらしい。よくやった俺。美少女のイメージを壊すにはいいチャンスだ。
「だって、どうしても我慢できなくなるってことがあると思いますし」
「トイレに行きたくなったとしても、馬車を壊して出て行くというのはあり得ない」
「……そうですね」
詰めが甘かった。簡単に論破された俺。情けない。
でもまあ、こんなバカなことを言っているものの、さっきから背筋がぞくぞくするんだよな。それを誤魔化すためにおちゃらけていると言ってもいい。
背中の短剣は壊れた馬車を見た時から震えているし、リカルド先生も何か異変に気付いているようだ。緊張感のある視線を近くに見える森へ投げ、俺を見た。
「リヴィア、行けるか?」
「はい」
俺はそれに頷いた。
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