第65話 幕間 9 ヴィヴィアン

「友達を連れて行く?」

 わたしの前に立っているオスカル殿下は、少しだけ困ったように笑った。その視線が宙を揺らぎ、できれば断りたい、という雰囲気を醸し出している。普通だったら、それを気にしてわたしから「やっぱりいいです」と撤回すべきなのかもしれない。

 でも、絶対に押し通す!

 だって、やっぱりオスカル殿下と二人きりになるのは避けたいんだもの!

「でも、ヴィヴィアン。僕はできれば君と――」

「連れて行きたい子は、ほら最近、リカルド先生と婚約したっていう子なんですよ!」

 わたしは彼の台詞を遮り、絶対に彼が興味を持つであろう言葉を選んだ。「銀髪の可愛い子で、どうやってリカルド先生を口説いたのかも知りたいから、最近、声をかけてみたんです。そうやって話をしてみたら、意外と気が合っちゃってー」

「……リカルド、先生の」

 ふと、オスカル殿下の瞳が冷える。

 解ってるんだ、オスカル殿下がリカルド先生に劣等感を持ってるんだってこと。だから、その劣等感を拭い去るためにリカルド先生に関わる人間を『自分の力で』排除したくなる性格だってことも。

 だからきっと、上手くいく。


 わたしが狙った通り、僅かな逡巡の後、オスカル殿下は頷いてくれた。

「そう言えば、君の友達を紹介してもらったことないよね。解った、いい機会だし、一緒に行こうか」

 その言葉に、わたしは笑顔だったけど内心ではちょっとムカついていた。

 そうなのよね、最近思ったけど、わたしには女友達がいない。恋のライバルがいないという点ではいいことだけど、利用できない駒がいないということでもある。

 だから、あの銀髪の子――リヴィアとかいう子が声をかけてきたのは都合がよかった。探りを入れてみると、彼女は炎の塔の地下に住んでいて、身内と呼べるのはおじいさん一人。身分も低いだろうから、彼女がもし『事故』で行方不明になったとしても、大して問題にはならないだろう。


 気になるのは、リカルド先生の存在。婚約者がいなくなれば、真面目な彼はきっと探すだろう。

 本当に、わたしの知らない間に婚約していたのは誤算だった。でも、これもまだ間に合うんじゃないだろうか。だって、わたしはヒロインだもの。最終的に選ばれるのはわたしのはず。

 だから。

 上手いことリヴィアをオスカル殿下と二人きりにするように仕向けて、既成事実を作ってもらってしまえばこっちのもの。

 大丈夫よ、きっと。

 オスカル殿下は絶対にお兄さんの恋人に興味を持つ。そして、奪おうとするはず。そういう病んでる感じの性格だったから。


 婚約者――リヴィアの裏切りを知って、傷ついているリカルド先生を慰めるのはわたしの役目。

 そうすれば、わたしはヤンデレルートにいかなくても済むんじゃないの?

 ヴァレンティーノ殿下は諦めるけど、わたし的に、次点はリカルド先生、なんだよね。ラウール殿下は、わたしの好みから言うと筋肉が付きすぎてて厭。暑苦しい感じがするのが難点だし、元々、痩せている人の方が好きだし。そういう意味でも、リカルド先生は痩せていてイケメン。やっぱりこっちでしょ!


「楽しみにしておきますねえ」

 わたしは満面の笑みでそうオスカル殿下に言ってから、ふと気になっていたことを小声で訊いた。「あの、お姉さまのことは」


 ――いつ、殺してくれるの?


「今はタイミングが悪いからね、もうちょっと待って」

 オスカル殿下は苦々し気に言葉を返してきた。召喚獣の暴走の後、お姉さまの周りの警備が厳重になった気がするのは確かだ。ヴァレンティーノ殿下やその取り巻き連中がお姉さまを守るように一緒にいるし、事を急げば失敗する可能性も上がる。

 彼に言う通り、タイミングは悪いだろう。

 仕方ないのかもしれないけど、早く片づけたくてイライラしてしまう。


「それも、楽しみにしておきます」

 わたしは僅かな毒を言葉に含ませ、彼と別れて一人で歩き出す。

 放課後のグラマンティ学園は平和だ。試験が終わって誰もがだらけきってる。中庭に沸いて出るアイテム回収している生徒とか、友達や彼氏と並んで歩いてる女とか、何なの? そんなに幸せアピールしたいの?

 わたしだって、早く幸せなハッピーエンドを迎えたいのに、何でこうなってるの?

 色々なことが上手くいかなくてムカついたから、久しぶりに勉強を頑張ったし。

 いいところを見せておかないと、きっと攻略対象から好感度も下がるだろうし。

 何だかこのゲーム、ハードモードになったんだろうか。難易度設定なんかなかったはずなのにさ!

 本当、納得いかない!


「ヴィヴィアン」

 そこに、久しぶりに聞いたような声がかかって、わたしは足をとめた。いつの間にか、魔法騎士科からやってきたラウール殿下が、何となく人目を避けるようにして辺りを気にしながら歩いてくる。

 そう言えば、あの側近みたいな人がいない。相変わらず、お小言を言う部下から逃げる構図なのかな。気が強いくせに、こういう小さいところも厭。

 でもとりあえず、攻略対象者だから媚だけは売っておかなきゃ、とわたしは微笑んだ。

「どうかなさいましたか? ラウール殿下」

「ちょっと話を聞いていたんだけど、君はリヴィアと一緒にファルネーゼ王国へ行くのか?」

「え? ああ、はい」

 ――何? 盗み聞きしてたってこと?

 思わず口元が引きつりそうになるのを必死に押しとどめ、無邪気に見えるであろう角度で首を傾げて見せる。それが何か? と態度で示すためだ。


「リヴィアも行きたいって言ってるのか? 彼女、婚約したばかりだよな?」

 ラウール殿下の形のいい眉が顰められて、いかにも不機嫌そうな目つきになる。

「そうですねえ。でもわたしとは仲がいいからなのかな? 今回の件も誘ったら行ってみようかって言ってましたよ。婚約したばかりとはいえ、きっと、彼女もまんざらじゃないんですよ」

「何が?」

「だってほら、リヴィアって面食いみたいだし。リカルド先生だけじゃなくて、オスカル殿下も気になってるみたいだし! 結婚するならやっぱり、オスカル殿下の方が裕福な生活できそうですしね!」

「はあ? そんなわけないだろ」

 ここで明確な、彼の焦りと怒りがその双眸に見えた。


 ここでもまたムカつく。

 誰もかれもリヴィアって! そう言えば、このラウール殿下もリヴィアを気に入ってるって噂があったんだっけ。この様子を見ると、どうやら本当みたい。

 って言うかさ。

 リヴィアって一体なんなの?

 それほど面白い会話ができるわけでもないし、ただ顔がいいだけのモブよモブ!

 ああいう手合いは、さっさと退場してもらった方がいい。利用できるだけ利用したら、後は適当なところでポイよポイ!


「そんなに気になるようでしたら、ラウール殿下も一緒にどうです?」

 わたしはつい、そんなことを言ってみた。「一緒に行けば、会話できるじゃないですか。リヴィアにどうしてリカルド先生と婚約したのか訊けるチャンスですよね?」

「……それは」

 言葉に詰まったように、ラウール殿下が低く唸る。

 でも、悩んでいるのは見て取れた。

「ラウール殿下とリヴィアが仲がいいなんて、わたしは全然気づかなかったから意外なんです。興味ありますよ、わたし」

 そう言いながら、必死に頭を働かせた。


 ラウール殿下も今回の夏休み旅行に加わったらどうだろうか。

 わたしの目的は、あくまでもオスカル殿下とリヴィアを恋人同士にすること。そこは、リヴィアの同意がなくてもいい。ちょっと、オスカル殿下がヤンデレモード発動して、無理やりリヴィアとヤってくれたら最高なのよ。


 そうすれば――。

 リカルド先生が傷つくだけじゃなく、ラウール殿下も傷ついてくれるかなあ?


 この様子だと、ラウール殿下もリヴィアのことが好きなのは間違いない。

 だったら、わたしが慰めるのはリカルド先生とラウール殿下二人、ということになる。ゲームでの好感度もきっと簡単に上がるはずだ。

 ラウール殿下はわたしの好みからは外れているけど、まあ、リカルド先生と上手くいかなかった時の滑り止め受験的な感じにすればいい。保険はいくつあってもいいのだ。


「それに、ファルネーゼ王国がどんな国なのか、気になりません? やっぱり、国同士の付き合いって、あるじゃないですか。その国の知識があるのはいいことですよー」

 と、ついでにそれっぽい言葉も並べてみる。

 何だかほら、こんな簡単な言葉を投げただけで、わたしも政治に興味あるんだ、ってアピールできるし。ちょっとできる女、的な?

 可愛らしく見えるように両手を胸の前で組み、自慢の胸も軽くアピール。

 そうだ、わたし、勝ってるところ、あったじゃない。リヴィアもジュリエッタお姉さまも、胸が小さい。女としての魅力、あれで半減よね?

 そうよ。わたしだって、やればできるんだから!

 お姉さまにもリヴィアにも負けてたまるもんか。わたしが最終的に幸せになれれば、それでいいの!


「そうだな……、検討してみよう」

 やがてラウール殿下が強張った表情でそう言うと、わたしは心の中でガッツポーズを決めた。ほら、やっぱりわたしの願った通りになるのよ!

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